風天の嵐 28

〜はじめのつぶやき〜
一か月以上ぶりのですね

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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セイ達が閉じ込められている部分は邸内の一番奥だったが、どことなく伝わってくるざわめきにセイは起き上がった。布団の下から手の中に小さな挟みを握りこむ。

たかに示されて、母屋には三番隊の半数を回し、おかしな動きをさせない様に抑え込んだ。二番隊が奥向きの方へと回り込んで、奥向きだというのに複数の侍が周囲を囲んでいる部屋を見つけた。

「そこの部屋を改めさせてもらおう!」
「何?!貴様らは何者だ!」

屋敷の入口でのやり取りを知らない、奥にいた武士たちは、ばらばらと永倉率いる二番隊の目の前に集まって来る。彼らに向かって、永倉は落ち着いた態度でもう一度繰り返した。

「我々は新選組だ。この屋敷内に不審な者達がいるということで探索に参った。御用人殿もお許しいただいているのだ。検分にご協力いただきたい」
「む。だ、だがこちらには殿の……」

ざわざわと顔を見合わせた侍達を押しのけて、永倉は障子を開けた。そこには赤子と共に寝かされたかながいた。永倉は、怯えさせない様に少し離れたところから屈みこんで近づいた。

「我々は新選組の者です。貴女は、こちらのお屋敷の方ですか?」
「いいえ……。攫われてこちらに連れてこられた者です」

ようやく助けが来たと涙を浮かべたかなが、永倉を見上げていた。頷いた永倉は、後ろにいる侍達をじろりと見ると二番隊の面々が、さらに彼らを押しのけるように強面の顔を前面に出しながら、部屋の中に入ってくる。
かなを運ぶために戸板を外そうとしたが、それもまた屋敷の物を持ち出すとなると事が面倒になると思った永倉は、かなに向かって、様子を尋ねると、羽織を脱いで着せかけた。

全く身動きができないわけでもないため、かなと赤子をそれぞれ抱き上げて運ぶことにする。隊士達にそれぞれ、指示を出し、門を出てから駕籠に乗せることにして怯えさせない様にそうっと連れ出しにかかった。

「他にこちらには、攫われた方はいらっしゃらないですか?」

最後にかなに向けて確認した永倉は、この棟には詳しくないが、他に攫われた女達は座敷牢にいるはずだと答えた。

「なるほど。助かります。……よし、そうっとな」
「承知!」

隊士達が赤子とかなを抱えた隊士を取り囲んで手を出させない様に屋敷の外へと向かった。残った侍達をじろりと永倉が睨みつける。彼らにもお家のため とはいえ、よからぬことをしているという自覚はあるらしく、永倉の眼光から逃れるように俯いたり、気まずそうに視線を外していた。

「俺も武士だからな。お前らの主人に対しての忠義はわかる。だがな!お前らの誰一人として殿様を止めようとする気概のある奴はいなかったのか!!」

腹に響く一喝を残して永倉も奥へと向かった。

 

 

土方と共に奥へと向かった総司と一番隊の面々は、駆けつけてきた家中の侍達に手を触れることなくその眼力で押しのけていく。土方と総司が進むにつれて、じりじりと道をあける家中の者達の先頭に件のセイが見かけた腕の立つ男が現れた。

「いかに、一橋公の仰せであっても、こちらはお家の内々のことにございますれば」
「何を言う。我々の仕事は市中の治安を守ること。その人々を脅かしておいて何が内々の事だ!!」
「さて。その証などどこにございましょうや」

にやりと強気で笑った男に向かって、背後から隊士達を追い抜いてきた永倉が土方の傍に並んだ。土方と男のやり取りはもちろん聞こえている。

「証なら今ほど俺が助け出した女子がその証になるだろうよ」
「いたのか?」
「ああ。赤ん坊を連れて一人だけ向こうにな」

永倉と土方の会話に、男の強気な態度が崩れ始めた。すでに他の家中の者達は互いに顔を見合わせてこそこそと姿を消している者さえいた。

男が僅かに手を添えた刀の鯉口をきりかけたところに、総司が大きく踏み出すと、自分の刀の鍔をあてて男の刀を押さえ込んだ。

「無駄なことはしない方がいい。このまま素直に私達を通せば、殿様にもお家にも傷はつかないでしょう。だが、邪魔をするなら容赦はしません!」

総司の気迫にもたじろぐことなく、男はにぃ、と笑うと総司の肩口を強く押して突き放した。他の者達は皆、主への忠義というより、他の者達は、自分一人が逆らった時のことが恐ろしかったのだが、男は皮肉気な様子を見せた。

「邪魔立てといわれましたが、私も武士であれば主の命に従うのは至極当然の事。貴殿らのように主を持たない身にはわからぬであろうな」

男が懐に差し入れた手には座敷牢の鍵が握られていた。ぎゅっとそれを握りしめると、身をひるがえして渡り廊下から地面へと飛び降りた男が走り去っていく。

「追え!!」

土方の怒声によって永倉と数人の隊士がその後を追って、渡り廊下から飛び降りて走っていく。残った面々に向けてずいっと土方が踏み出した。

「さて。どうされますかな?」
「……」

じりじりとたじろいでいく皆を少しずつ、土方達が渡り廊下の上から最奥の建屋へと近づいていくその背中から、たかともう一人若い女が隊士達の間を抜けて現れた。
たかが連れてきたのは、この鳴澤家当主彬光の内室、雛であった。

「奥方様!!」
「皆様、どうしてここに集まっていらっしゃるの?」

どこか舌足らずな話し方は、見た目よりも幼いもので新選組の面々はその不釣り合いな話しぶりに顔を見合わせた。雛をつれてきたたかが脇から口を挟んだ。

「雛殿。殿様がお連れになった赤子達は、この者達が皆、攫ってきた母親から生まれたのですよ」
「義母上様?どうして?あれらは皆私の子だって殿はおっしゃったの。私が痛い思いをしなくて済むようにしてくださったっておっしゃっていたわ」
「いいえ。雛殿。赤子は母の体で十月十日、慈しんで育てるもの。人様を苦しめて、その母から取り上げてよいものではありませんよ」

たかと雛の会話を聞いていた土方は、今回の事情が薄らと分かった気がした。それは傍にいた総司も同じで、雛の幼い話しぶりに驚きと共に、黙って聞き入っていた。
たかは、雛の手をとると、その腹にそっと手をあてる。

「この腹で育てたややを、簡単にてにはいるものとしてはなりません。お分かりになりますか?」
「そう……なの?私はそんなことしていない」
「ええ。すべては殿が間違ってしまったのです。その間違いを正さなくては」

どこか間の抜けた受け答えをしていた雛は、宮家筋から娶ったのだったが、濃い血脈からなのか、少しばかりその心は幼いまま、大人になることはなく、それに困った当主彬光が、跡継ぎを得るために高村ぎんの提案に乗ったのだった。

女性に対して淡泊だった彬光は側室を持つことも面倒がっており、もちろん雛の血筋を考えれば側室を置くことも表立っては憚られる。そこで、高村ぎん が不遇な武家の妻女やしつけの行き届いた大店の嫁を狙ったのだ。産み月を計算し、いつごろ生まれるという話を作り、それに合わせて頃合いの孕んだ女を攫っ てくる。初めは、攫われるということで怯えていた女達も、閉じ込められていること以外、厚遇される環境に戸惑う者や、のぶのように受け入れる者さえいた。

「誠に、殿は浅慮が過ぎました。いかに不遇な者を狙ったと言っても人として道に外れたことに変わりはない。それもこれも、隠居所に住まい、先日まで はこのようなことも知らずにいたとはいえ、すべて私の育て方が間違っておりました。取り返しのつかないことになる前に皆様のおかげで間違いを正すことが出 来ます」

再び頭を下げたたかは、後ろを振り返るとお藤の生んだ子を抱いた侍女を手招きした。きちんと乳母をつけ、厚遇していたといっても、やはり死産を装って奪うなどあってはならない。
差し出された子を隊士の一人が抱きうけた。

そこに男を追いかけた隊士の一人が足袋のまま、駆け戻ってきて、下から見上げてきた。

「副長!」

土方と総司は共に渡り廊下の手すりに手をかけて下を覗き込んだ。

 

 

– 続く –

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