風天の嵐 27

〜はじめのつぶやき〜
出合え、出合え~って今じゃ違う意味に聞こえますね

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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座敷牢の中で体を横にしていたセイは、布団の下に隠している糸切り挟みを握った。
ずっと、はるやのぶの話を聞いていて、一時はセイの迷いや、恐れ、不安だった気持ちは、心を大きく揺さぶっていたが今は反対に、強い心が育っていた。

座敷牢の鍵は、簡単な錠前ではあったが小さな糸切り挟みでどうこうできるものではない。だが、セイはあきらめていなかった。

必ずここを出て、はるやのぶ万寿にも伝えたいことがある。
今はうまく言葉にできていないが、どうしてもわかってほしい。

彼女達と違って、セイは武士であることを知っていた。
潔く、己を律しながら、何を守ろうとしていたのかを。命を賭けて男達が何を守っているのか、そして今は女としていても、セイが同じように命がけで守るものがある。

誰に言われたわけでもなく、誰が決めたわけでもない。それはセイが自分で決めて、選んできた道なのだ。

横になったままのセイに気づいて、見張りの男が顔を覗かせた。手前の座敷牢から中を見て回り、セイだけが横になっているのを見て、声をかける。

「具合でも悪いのか?産婆を呼ぶか」
「結構です。構うくらいならばここから出してください。後悔をするのはそちらですよ」
「後悔?面白いことを言う」

その身なり、立ち振る舞いからしても、どこかの大身の家中の者だということは推測がついていた。だとしても、彼らがこのままにしているはずがない。
床によこになったまま、セイは部屋を覗き込む男の方を見もせずに言った。

「面白いかどうかは身を以て確かめればよいでしょう。新選組はそんなに甘くはない。たとえ、こちらのお家がどれほどの大身であろうとも、必ずここに来ます。そうなったらただではすみませんから」

くくっと男が馬鹿にしたように笑う。その向こうで、呆れた顔のはるがセイの事を見ていた。セイは神谷と名乗り、沖田総司の妻であることは一言も話し ておらず、男もセイが新選組の隊士であることと、その家を突き止めはしたが、セイが初めから目当てだったから、その夫が誰であるかなど調べてもいない。

もう日もあまり残されておらず、目的からすれば最後の対象であったから余計にこれまでの女達と違って、そこまで周辺を調べなかったのだろう。

「新選組に出入りの医者とはいえ、たかが女一人にそんな真似をするのか?」

あざけるような男に向かって、セイは腕をついて半身を起こした。そして、裾を押さえながら身を捻った。

「どう思っていようと、変わりません。貴方方の方がわかっていないだけでしょう?新選組は京の治安を守るのが仕事ですから、私が攫われたからではありません。これだけの人を攫ってきた貴方方の事を野放しにはしておくはずがないというだけです」

セイの言葉にも男ははったりだと思ったらしく、相手にせずに戻って行った。しかし、セイは起こした半身をそのまま春のいる座敷牢へと向けた。男とセイの話を聞いていたはるがまだこちらを向いていたからだ。

「はるさん。はるさんは、どうして断らなかったんですか」

何をと言わなくても、はるが夫のために強いられたことを指しているのはすぐに伝わる。自嘲気味に薄く笑ったはるは、すぐに言い返してきた。

「どうしてもなにも、武家の妻として断ることなどできないでしょう?夫のためですわ」
「では、旦那様の事を想っての事だったと?」
「いいえ。泣きながら私に頭を下げて頼んでくる夫にも愛想はとうに尽きていましたわ。それでも、私から離縁することはできませんし、仕方がないじゃありませんの。私はもう諦めたのですわ」

それでも、武家の妻として、恥ずべき姿は見せまいとする姿や、どうにかしてこの状況から抜け出そうとしていたはるをセイは見ていた。
横になっていたといっても、着物をきちんと身に着けていたセイは、格子に近づいた。

「諦めたのは、他の誰でもない。はるさんじゃないですか。旦那様がはるさんにそこまで諦めるように強いたわけでもなく、たとえどれほど追い込まれても、決めたのははるさんですよ」
「決めたからどうしたとおっしゃるんです?」

しつこく食い下がるセイにはるが、苛立った視線を投げてから断ち切るように背を向けて部屋の奥へと戻っていく。その後ろ姿にセイはとどめの一言を投げかけた。

「まだわかりませんか?はるさんも、のぶさんもそうです。旦那様が、ご家族がと言いながら、その環境に身を置いて嘆くばかりで少しでも戦いました か?!大事なものはなんですか!それを守るために生きるんです!生きることに男も女も武士も商人も、医者も関係なんかありません!誰かのせいにして人任せ にしておいて、嘆くだけなんて。まだ何も始まってもいないのに!!」

セイの叫びは、座敷牢の中に冷たく響いた。彼女達の胸にどれだけ届いたのかはわからないが、ほんの一片でも届けばいいのにと、ただ願っていた。

 

 

邸内に踏み込んだ土方を筆頭にした新選組の面々は、大きな母屋と奥方のいるらしい棟を先に調べることにして、それぞれ二人組になって、正面から邸内へと足を踏み出した。母屋は当主のいる棟でもあり、そこに奥向きの用人が駆けつけてきて立ちはだかった。

「何者じゃ!者番、鳴澤様の家でござるぞ」
「存じております。しかし、この命は一橋公からのご指示でござれば」
「な、なに?!一橋公が何用でそのような戯言を!」

驚く用人に淡々と土方は告げる。当主が不在の折にはすべてを取り仕切るはずの用人にとってはにわかに信じがたい。目の前にいる黒い隊服に身を包んだ この下賤な連中に勝手をさせるなどとんでもないと、それでも立ちはだかる。腰の脇差など、何年も手を掛けたことがなかったが、その脇差の柄へと手を伸ばし た。

「とにかく、殿のご不在に貴殿らのような者達に邸内を勝手に調べまわったなどと……!ご隠居様」

用人がくどくどと土方達を追い出そうとしている処に、奥向きの棟の奥から老女が現れた。しずしずと現れた老女に土方の傍に立っていた総司は、どこかで見た気がして目を細めた。

「御用人殿。我が邸内に不届き者がいるとすれば、これはお家の一大事。事を少しでも内密に納めるために、一橋公がこちらの皆様方を寄越してくださったのでしょうから皆様方にお任せいたしましょう」
「し、しかし!ご隠居様!このような者達に!?」

帯のあたりで手を組んだ老女は、すっと用人の肩に手を置くとさらに一歩前へと進み出てきた。丁寧に頭を下げると土方になんと、礼を述べた。

「新選組の方々でございますね。この度は当家の不始末によりご足労おかけいたしました。お探しの者達はおそらく、一番奥の棟におりますでしょう」

その声を聞いているうちに、総司ははっと思い当たった。
いつか、山王社で手を貸した老女ではないか。

「貴女は……」

口を開きかけた総司にもう一度、今度は軽く頭を下げた老女、たかは奥の棟へと続く廊下を手で示した。

「こちらから、奥へと行かれますよ」
「かたじけない。いかにも、公におかれては、この件が表沙汰になることは望んでいらっしゃいません。我々に始末はおまかせくださいましょう」

たかに向かってい頷き、応えた土方は総司を振り返った。極力、家の中の者達を傷つけずにことを運びたいということはもとから土方達も目指している。

「さ、早くお行きになってくださいな」

促された土方は、小さくいくぞ、と声をかけると、どすどすと奥の棟へと歩き出した。

 

 

 

– 続く –