風天の嵐 29

〜はじめのつぶやき〜
一か月以上ぶりのですね

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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「先程の男が母屋まで全力で走って行って、中年の女をあっという間に斬り捨てた後、井戸に!」

鍵を井戸に投げ込んだ男は永倉と斬りあった挙句、斬り捨てられたという。それを聞いていたたかは、両手で顔を覆ってしまった。

「なんということを……」
「どうしたの?義母上様?何かよくないことなの?」

ここまで来ても事の次第をよく理解できない雛に黙って頷いたたかを家中の者達が支えに回る。手すりから手を離した総司は、たかを振り返った。

「この先へ進んでよろしいですね?」
「もちろんです。沖田殿。どうか、殿を、お許しください」

たかの言葉に、行く先を遮っていた侍達が一斉に身を引いて、廊下の両脇に並ぶ。その前を総司が大股で歩き出した。続いて隊士達が両脇の侍達を睨みつけながら歩いていくと、奥へと続く入り組んだ廊下の先に日中だというのに灯りが灯った座敷牢が見えた。

「……っ!」

走り出した総司は格子越しに女達の姿を確認して、すぐ隊士達を振り返った。鍵がないために座敷牢を開けることが出来ない。先程、足袋のまま外を走っていた隊士がもう一人追いついてきて木槌を手にしていた。

「すぐに!鍵を壊してください!」

総司の声に奥の座敷牢から次々と錠前を木槌で叩き壊していき、座敷牢にいた女達へ手を差し伸べて助け出していく。セイのいる座敷牢の目の前に立ちながら背を向けていた総司は、他の座敷牢すべてが開けられた後、セイのいる座敷牢の鍵が壊されてからゆっくりと振り返った。

「……先生っ!」

ずっと、総司の姿を目にしてから格子を掴んでいたセイが、身を屈めて座敷牢の戸から出ると、まだ立ち上がり切る前にその手を掴んで総司が引き寄せた。

「……無事で、よかった……!」

耳元で懐かしい総司の声を聞いたセイは、一気に張りつめていた気持ちが溶け出して、涙が溢れてくる。もう会えなかったらどうしようと、何度も思った総司の懐かしい匂いに、その羽織を思いきり掴んだ。

「……せんせぇ……」

抱き寄せた肩をどれだけ強く抱きしめてもまだ足りない気がしたが、セイの体を思えば、ゆるゆるとその腕を解くと見慣れた泣き顔がそこに在った。

「先生、せんせ……」
「セイ……。やっと会えましたね」

泣きながら頷くセイをもう一度抱きしめて、優しくその背中を撫でてやる。総司の羽織を掴んでいた手が不意に緩んだ。

「セイっ?!」

緊張の糸が切れたセイが、ずるずると崩れ落ちて、慌てて総司が屈みこんだ。疲労や精神的にも追い詰められていたセイが気を失って倒れたのだ。
驚いたものの、気を失っているだけだとわかると、総司は自分の羽織を脱いでセイを包み込んだ。

「どうした?!」

廊下の端から顔を見せた土方が顔色を変えて近寄って来る。首を振った総司はセイの顔から眼を離すことなく、そのまま抱き上げた。

「緊張していたんでしょうねぇ。気を失っちゃいました」

総司の久しぶりに見る穏やかな顔に、土方は肩を竦めた。一瞬、ひやりとしたものがほっと安心に代わる。

「……驚かせやがる」
「すみません」
「帰るぞ」
「ええ」

セイを抱きあげた総司がようやく笑みを見せた。

「帰りましょう」

すでに、他の隊士達にもセイが無事に助け出されたことは伝わっている。皆、セイの顔を一目でも見ようと邸内の者も表で待っていた者達も今かと待っていた。
屯所までそれほど離れていないために、総司はそのままセイを抱えて屯所へ向けて歩き出した。

 

 

セイが目を覚ました時、見慣れた部屋にすべて夢だったのかと目を瞬かせた。総司に抱えられて屯所に戻ったセイは、診療所の小部屋に寝かされており、連れ帰った女達は診療所の方にいた。攫われていた間に障りがなかったか、すぐに松本が呼ばれて女達の診察を終えていた。

「目が覚めたか、セイ」
「……義父上?」
「おう。沖田は今ちょうど外したばっかりだ」

先程までセイの傍にいた総司は、女達の診察が終わった松本と入れ替わるようにして、今度は事情を聴くためにセイの傍を離れていた。

「無事でよかったな。セイ」

松本の言葉にあれが夢ではなかったと思ったセイは、半身を起こした。他の女達がどうなったのか、気になったのだ。

「あの、他の、私と一緒に助け出された方々はどうしました?」
「今、沖田たちが向こうで事情を聞いてる」
「そうですか……」

ぼうっとしているように見えてセイが何かを考えているのはわかった。本当は体の具合を診るのが先だとは思ったが、しばらくの間はセイを待った。考え事をしていたセイがはたと自分が着ていた着物を見て、あ、と声を上げた。

「着替えなきゃ……」
「お前、そりゃ、後でもいいだろうが……」

呆れた顔をする松本に、なぜか真剣な顔でセイが首を振った。手をついて立ち上がると、着替えを取り出してすみませんと言って着換え始めた。

「ちゃんとしてからお話したいんです」
「話?何をだ?何があったんだ?」
「とにかく、着換えていかなくちゃ……」

ばさっ、ばさっと着物を着換えたセイは、いつもの屯所での女物の袴に着替えると、隣の部屋を回って診療所に向かう。その後を松本が追いかけた。

診療所の中では、横になったかなと万寿、はるとのぶがそれぞれに座っており、土方と総司、原田がいた。永倉と斉藤はお藤の元へ赤子を連れて向かっていた。

「私も同席させてください」

髪を整えて、現れたセイに土方が顔を上げた。その顔をみて、総司を一瞥すると頷いた。

「……大丈夫なのか?」
「全然大丈夫じゃないですけど、私も関係者ですから」

口を開きかけた総司を制して、土方は再びはる達の話を聞きに戻る。一人一人の身元と、経緯を聞き取っている最中だったのだ。
後ろを回って、土方と総司が並びその後ろに立っていた原田の傍に座ったセイは、ひたと女達の顔を見つめていた。

 

 

– 続く –