風天の嵐 30

〜はじめのつぶやき〜
なんで再会してらぶらぶする前に何をしてるのかしらねぇ

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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「なるほど。よくわかりました。ちなみに、皆さんに目を付けた高村ぎんは町屋にいたところをうちの隊士が捕まえて、こちらで尋問を始めています」

土方の話にもどこか迷惑そうな姿に土方も総司も時折顔を見合わせては、よくわからないものを感じていた。一通り話を聞き終えたところで、のぶが腹を撫でながら無愛想に問いかけた。

「そちらはいいかもしれませんけどね。そもそも私達をなぜ新選組が話を聞くんです?お上の代わりに助けて下すったっていうんですか?」
「そういうことになります」
「それで?私らはこれからどうなるんです?」

家に帰りたいのではないのかと、新選組の面々が顔を見合わせた中でセイが口を開いた。

「お帰りになりたければ隊の者が皆様をお送りします。攫われていた間の事についてお身内の方々がご不審になる場合は、私がご説明に参上いたします」
「ふん。やっぱりおきれいな神谷さんですねぇ。どうも御親切に。ですけど、私達に家に戻れってことはまた地獄に戻れといいたんですかね?」

明らかに揶揄するようなのぶの言葉に、セイが中腰になってのぶを睨みつけた。
どこまで行っても誰かのせい、誰も何もしてくれないだろうという口調に我慢が出来なくなったのだ。

「じゃあ、私がお家まで行って離縁してもらうように言えばよろしいですか?!その後どうやって暮らしを立てるおつもりです?それさえ、誰かが手を出してくれるのを待つまでそうやって言い続けているつもりですか?はるさんだってそうです!かなさんだってっ」
「ちょ、神谷さん!落ち着きなさいって」

いきり立ったセイを慌てて総司が押さえようとするが、興奮状態のセイは聞くような状態ではない。肩を押さえた総司を押しのけて、懸命に言った。

「先生は黙っててください!私だってそうですよ。自分だけじゃどうしようもないことがあることだって、わかってます!だからって嘆いてばかりじゃ駄目なんです!はるさんも、のぶさんも万寿さんだって!!」

まだ無事に助け出されてろくに話もできていないのに、興奮状態のセイに驚きながらもとにかく宥めようと総司が噛みつくセイを抱き止めた。
土方は、捕えた高村ぎんの話も聞いていたために、薄らとセイが怒ってる理由が何とはなしにみえてはいた。

「あの高村という占い師は、昔、武家の出だったそうだ」

抱きかかえられた総司の肩をぎゅっと掴んだセイが、ぴたりと止まる。顔を背けていたはるが顔を上げた。

「身分違いの家に嫁いで、散々な目にあったらしい。そこから、しばらくの間の事はわからんが数年前から占い師として徐々に名を上げ始めたようだな。鳴澤家の家中の者に斬られた女は、高村の実家からついてきた女だそうだ」
「だからって、だからってそんなの。駄目です!」

だから、許せというのか。
だから、彼女達を攫って厚遇して、現実から逃げる道を与えてそれでいいはずがない。

「神谷様のおっしゃることはわかりますが……、神谷様の様に誰もが強いわけではありませんわ」

その伸びた背筋から絞り出すようにはるが呟く。たしかに、育ちも環境も違う、考え方も何もかも違う。

「この人は、決して強いわけじゃありませんよ」

黙ったセイの代わりに総司が口を開いた。セイを抱えたまま、首を振ってはるのほうへと振り返ると、穏やかな笑みを浮かべて様々なことを思い返す。

「今までもたくさん、たくさん辛いことも悲しいことも歯を食いしばって頑張ってきたんです。だから、この人の言うことはきっと間違ってないと思いますよ」

自分は女子ではないから、わからないことも多いと言いながらも、総司は確信を持っていた。いわゆる武家とは違うとはいえ、セイの立場だとて十分複雑で、難しい。それでもセイはいつもその小さな手に抱えきれないものを抱えて頑張っているのだ。

黙って聞いていた原田が壁に寄りかかったまま皆を見ていた。

「まあうちのおまさもあれだけどよ。やっぱり気のもちようなんじゃねえの?それでも駄目だったら駄目だってでっかい声で言えばいいんだよ。言いに来いよ。少なくとも俺らができる手助けはしてやるぜ?」

原田の言葉を聞いた女達のなかで、万寿が初めて口を開いた。囚われている間も、セイが何を言っても誰が語りかけても一言も口を開かなかった万寿が一筋涙をこぼして呟く。

「今まで……。誰もそんなこと言ってはくれなかった」

懐から手拭を取り出した土方が、立ち上がると、万寿の前に屈みこんでその手に手拭を握らせる。その温かい手に万寿がぽろぽろと泣き出した。
セイが、何度も何度も繰り返していたことが初めて、わずかでも彼女達へと届いた気がした。

「……セイ?お前ぇどうした?」

先程から総司に抱えられて大人しくなっていたセイの様子に原田の傍でその有様を見ていた松本が腰を上げた。総司も自分が抱えていたセイの顔を覗き込んだ。総司の腕に顔を伏せたセイの、総司の腕を掴んだ手が白くなっている。
ずるっとセイの体が沈み込んで、総司がつられて屈みこむ。

「神谷さん?セイ?!」
「……う、……そ。痛い……」
「……!!セイ、お前腹が痛いのか?!」

総司の傍に松本が駆け寄って、セイの体に腕を回した。まだ産み月にはひと月半ほど早い。
だが、セイが腹を押さえて蹲ってしまった。松本が顔を上げて怒鳴った。

「沖田!セイを小部屋に運べ。土方!産婆を呼んで来い!!今すぐだ」
「セイっ?!」

すぐさまセイを抱え上げた総司が部屋を回って小部屋に向かう。松本がその先に立って小部屋に走り込むと、すぐさま布団を広げた。そこにセイを寝かせると総司も松本に蹴りだされる。

「てめぇも表に出てるんだよ!お里を呼んで来い!お産にゃ女手がいることぐらいわかんだろ?原田のとこの嫁も手を借りろ!」
「はいっ!!」

松本に怒鳴り飛ばされて、転がるように総司が表に駆けだしていった。横向きになっていたセイを強く呼ぶと、痛みの合間に目を開けた。

「ちっとばかり早いが、生まれるってもんはしょーがねぇ。気張れよ!セイ」
「……はいっ」

腹を押さえながらセイは、身に着けていた女物の袴を解いた。痛みが治まっている間は、いくらか動くことが出来るが、ぎゅうっと腹が緊張していた。松本も手を貸して襦袢姿になると、再び痛みが始まる。

「んんぅっ」
「まだだ!まだだぞ。息を吐いて痛みを逃がせ!おい!誰か、女手が来たらこっちへ連れて来い!」

小部屋の表に向かって怒鳴った松本は診療所側の襖と表への障子を閉めた。
小部屋の外では、土方の命を受けて、原田が家に駆け戻り、実家に茂を預けたおまさが近所のおかみさん達と一緒に駆けつけてくる。お里も正坊を総司に頼ん で、屯所へと駆けつけてきた。正坊を八木家に預けに総司が向かうと八木家の妻女も手がいるだろうと一緒に屯所に向かうことになった。

屯所では、セイ達、攫われていた女達が助けられたとほっとしていたのもつかの間、一気に緊張が走った。屯所中にセイが産気づいたという話が広まり、隊士達がばらばらと診療所に集まり始めた。
診療所の小者達がすぐさま、いつもは手当のために使うぼろをかき集めてくる。気の利いた者が賄に走り、湯を沸かせと叫んだ。

「ったく、大晦日だってのになんてこった!」

捕り物を嘆くのか、セイが産気づいたことを嘆くのか誰かの声が聞こえる。皆がそわそわと落ち着きを無くしていた。

 

 

– 続く –