風天の嵐 6

〜はじめのつぶやき〜
過保護な方がよかったんですよねぇ。あーあ。

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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「ご無沙汰しています。松本法眼、南部医師。このところ忙しくてなかなか顔を出すこともできなくて、申し訳ありません」
「随分、不義理な娘婿だよなぁ。沖田。忙しいのは結構だが、ちゃんとこいつの面倒も見てやれよ」

にやりと笑った松本に、総司は汗を手の甲で拭いながら頷いた。南部が冷たい水を汲んで差し出すと、総司は一息に飲み干す。
外は寒いのに額の汗を手の甲で拭ってもすぐに流れてきて、懐から手拭を取り出すと、汗を押さえた。
呼吸を整えると、セイに向って手を伸ばした。

「さ、行きましょうか。本当にお世話になりました」
「いえいえ。またゆっくり来てくださいね。神谷さん」
「ありがとうございます」

駆けつけてきた総司に気を遣って、山口と相田は先に玄関から表に出ていた。セイの手を引くと背を向けた総司に向かって松本が声をかけた。

「おう、セイ。次はもっと穏やかな顔でゆっくり顔を見せに来いや。沖田とな」
「……すみません。ではまた」

松本にからかわれても、総司が着てくれたことが嬉しくて頬が緩むセイは軽く頭を下げた。
表に出て歩き始めると今度は総司が口を開いた。

「すみませんでしたね。遅くなってしまって間に合わないかと思いましたよ」

山口と相田はしばらく先を歩いている。セイは、なるべくいつもと変わらない顔で首を振った。

「大丈夫だったのに、心配性ですね。沖田先生」
「当り前でしょう?」

真剣な顔を向けられてセイはぽっと赤くなった。総司の大きな手がぎゅっと握ってきて、再び歩き出す。その仕草にすこしだけ素直になったセイが小さな声で詫びた。

「今朝はすみません。ご心配おかけしない様にしようとは思ってるんですけど」

その声音に籠る頼りなさは、仕事の合間を縫って駆け付けた総司には苛立ちを与えてしまった。松本や、南部は理解していても総司にはセイの不安は理解できてはいない。セイが、精一杯の虚勢を張って元気にしていることに気付いてはいないのだ。
ぎゅっと掴んだ手がほんの少しだけ総司の苛立ちを伝えてきていた。

それがセイには普段以上に心に刺さっていることなどわからないまま、総司はついそれを厳しい口調で言ってしまう。

「わかっているなら少しは考えなさい。貴女も仮にも幹部でしょう」
「……はい。申し訳ありません」

心の中では不安といたたまれなさで泣きそうだったが、セイは無理やり笑顔を作った。苛立った総司にはその笑顔がさらに逆に見えてしまう。

仕事に出ていた先に、わざわざ隊士が知らせに来てくれたことさえ気にはなっていた。そのおかげでこうしてセイを迎えに来ることが出来たわけだが、結局はセイの気まぐれに振り回されたような格好になっている。

「わかっているなら、次からはもう迎えには行きません。貴女の我儘に他の隊士達も振り回すわけにはいきませんから」
「もちろんです。そんなつもりありませんから大丈夫です。お仕事の邪魔をして申し訳ありません」

厳しい顔の総司からセイはするりと手を引いて、立ち止まると頭を下げた。少し先を歩いていた山口達にも二人の話は聞こえていて、振り返った山口達にもセイは頭を下げた。心の中の不安と動揺がそのままお腹に伝わって、徐々にまた張っているなと思ったが、無理にそれを押し殺す。

ため息をついた総司は再び手を差し出した。

「もう、いいですから帰りましょう」

顔を背けた総司にはセイの泣きそうな顔が見えなかった。山口と相田は顔を見合わせたが、にこっと笑いかけたセイが再び歩き出したことでそれを総司に伝える機会を無くしてしまう。
それぞれの心中の複雑な思いはそのままに屯所に向かって歩き出した。

 

屯所に戻ったセイは総司達に頭を下げて、仕事に戻りますと言うと診療所へ戻って行った。心配していた小者達にも頭を下げて、一度、小部屋に入る。

「大丈夫。うん。このくらい、なんでもない」

自分に言い聞かせてセイは目を閉じた。深く息を吸い込んで、お腹に手をあてる。
今までも何度も辛い思いを味わってきた。それに比べたら、今はこうして総司の傍にいて、そう遠くない未来にはややにも会えるのだ。

幸せすぎるから少しの不安が堪えるだけだと、何度も自分に言い聞かせた。

副長室にセイが戻ったことを報告に向かった総司は土方にそれを伝えた。

「そうか。まあ、それならいい」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「お前が謝ることじゃねぇ。ここにいる限りは、あいつは一番隊組長の嫁っていう立場じゃなくて、隊医であり、幹部でもあるんだ。当り前の事だ」

総司がどう思っているのかなど、土方には手に取るようにわかる。総司達夫婦の面倒を今まで伊達に見てきたわけではない。
私的な対応ではないのだときっぱりと告げた後、思い出したように付け加えた。

「それに、お前まだあいつには言うなよ。いずれわかることだろうが……」
「……わかってます」
「その後、何かわかったか」

首を振って、これといった報告がないことを伝える。
なぜ、土方や総司達が余計にうるさいほどセイに言ったのか。

もはや神隠しなどではない。攫われているのは武家や商家でも大店の家の娘や若妻で、しかも妊婦や赤子を生んだばかりの者もいた。
そこには理由が必ずいる。

「目的は赤子なのか、その母親もなのかわからんが……」
「ええ」

特定の人物が目的ではない人攫いなど、調べれば必ずわかるはずだ。土方は、行方が分からなくなった人別を見ながら厳しい声で言った。

「なぜ浮かんでこねぇんだ……」

調べれば必ずわかるはずなのに、それがこれだけ調べてもなかなか浮かんでこない。それが余計に焦りに繋がっていた。

 

小部屋に籠っていたセイは、しばらくするといつも通り仕事を始めた。
薬を作り、不足を確かめたり、文を書いたりと、落ち着いたセイの仕事ぶりに小者達も安堵して、いつも通りの仕事にかかっていった。

仕事の合間に、セイは千野のために滋養をつけるための何かをと思っていた。
人参を少しばかりと、滋養になる物をそろえると小者に頼んで千野の元へと届けてもらうことにした。本当は自分で届けたい気持ちでいっぱいだったが、今はそれができる状況ではない。

「確かにお届けしてきます。神谷さん。今少しの辛抱ですからね」

小者が同情を寄せて、セイの代わりに荷物を届けにと診療所を出ていく。
頷いたセイは、なるべく余計なことを考えないように、心穏やかに過ごそうとしていた。

 

 

 

 

– 続く –