風天の嵐 7

〜はじめのつぶやき〜
過保護な方がよかったんですよねぇ。あーあ。

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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「よ。神谷」
「原田先生。お疲れ様です。今日はお家に帰れるみたいですね」

他の幹部達も総司同様に駆けまわっていることはセイも知っていた。平隊士では探り出せない話を聞きだすにはそれなりの立場もいる。原田はここしばらく家に戻っていなかった。
おまさも狙われるだけの条件が揃っている。気が気ではないのは原田も同じで、おまさのことは実家に預けて、決して一人にはならない様に言い含めている。

疲れているのは何日も同じ着物を着ているからだけでなく、その顔に浮かんだ疲労でよくわかった。

「おー。俺はなぁ。しょうがねぇんだけど、おまさが心配してるだろうから、少し顔を見せにいってやりてぇんだよ。顔見せて、着換えたらまた戻ってくるつもりだけどな」
「無理しないでくださいね」
「おう!まかしとけ。それでな。総司もやっぱり今日は戻れそうにねぇんだよ。お前、もし家に戻るなら俺が送って行ってやろうと思ってな」

総司も表に出たまままだ戻ってはこない。昼間のやり取りがあるだけに、今日は遅くまで屯所にも戻ってこないだろう。それを教えるためと、もし家に戻るならば送っていくという原田にセイは礼を言った。

「ありがとうございます。原田先生もお疲れでしょうに」
「このくらいなんでもねぇよ。それよりどうする?その体じゃ、ここにそのまま泊まってるのもしんどいんじゃねぇかと思ってな」

そこはさすがに子供のいる原田だ。そうそう傍にはいてやれなかったがおまさを見ていただけに多少はわかってやれる。
とにかく一人でほっと気を抜きたくて、セイは原田の言葉に頷いた。

「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて送っていただいてもいいでしょうか」
「よっしゃ!すぐに支度はできるのか?俺はいつでもいいぞ」
「じゃあ、急いで支度しますね」

そういうと、セイは手回りの品をかき集めて風呂敷にまとめ始めた。屯所にいれば、小者達にも気を遣わせ、こうして原田達にも気を遣わせてしまう。それよりは少しでも早く家に帰って一人になりたかった。

支度を整えたセイを連れて屯所を出た原田は、隣を歩くセイにいつもと変わらない呑気な顔で笑いかけた。

「神谷ぁ」
「はい?」
「無理するなよー。あんま無理すっと、うちのおまさみたいになかなか産後に痩せないってぼやく羽目になんぞー」
「ひどっ。原田先生、それはひどいですよ」

一緒になって笑ったセイは、原田の気遣いに少しだけ癒された気がして嬉しかった。
屯所に近いということは原田の家にも総司達の家は近い。いくらもしないうちに到着すると玄関先でセイは礼を言った。

「ありがとうございました、原田先生」
「おう。お前も総司が帰ってくるまで戸締りしとけよ?」

玄関先から家の中に入るまではと、譲らない原田を見送るとセイは一人家に入った。

「はぁ……」

深いため息はようやく一人になって吐き出せたたくさんの思いが混じっている。土間のすぐわかる場所に置いてある手燭に火を灯すと、セイは部屋に上がった。
刀を納戸に置いてから、部屋の行燈に火を灯し、ついでに火鉢にも火をつけると手燭を消す。
新しい水を汲んで火鉢に乗せると、もし総司がもどった時のために飯を炊く。屯所に戻れば、そこで夕餉を食べてくるだろうが、その時はその時だ。

握り飯にしておけば残ったとしても後で自分が食べればいい。汁物の支度と作り置きの惣菜を膳の上に乗せると、飯が炊けるまで部屋に上がった。

小さい棚の上には縫いかけの赤子の肌着がある。
屯所から持って帰ってきたものを片付けるのは後回しにしてそれを手に取ると、火鉢の傍に裁縫道具と共に広げた。

赤子ができたとわかってから、初めは嬉しくて、ようやく総司を喜ばせてあげられると思ったものだ。
子供が大好きな総司にずっと申し訳ないと思っていたのだから。
だが、色々あって、こうして産み月が近くなってくると不安になってくる。その不安を、男の総司に分かれというのは無理だとセイもわかってはいる。

自分さえ初めてのことでわからないことだらけなのだ。
日に日に変わる体調も、何もかもが慣れないことで。何も変わらないという振りが精一杯だったセイも、そろそろ限界だった。

「ごめんね……。こんなに大事に思ってるのに」

腹に手をあててそっと囁くと、小さな端切れを手にする。赤子のための小さなおもちゃのために針を動かし始めた。ちりめんの端切れに糸を回し、端をきゅうっと引くと小さな花びらの破片になる。

いくつもそれを繋げていくと小さな花が出来上がる。

「私は、母親失格かな……」

こんな大変な時に総司の手伝いができないどころか心配をかけてばかりいる。
ややができる前ならばと思ってしまったセイは、無心に針を動かした。少しでもこの不安を吐き出すように。

だからこそ、セイは反応ができるのと同時に動きが遅れた。

感覚に触れる異常を早々に鍛え抜かれた感覚が警報を出していた。しかし、余計なことをしては心配をかけてしまう、自分は駄目なのだという心が動きを鈍らせた。

「……あっ」

針を動かしていたセイは、おかしい、という感覚に遅まきながら顔を上げた。この家の周囲に多い人の気配がする。
何かあったのか、隊士達が来たにしては何かがおかしい。総司が屯所から戻らないのに、隊士だけが来るというなら余計に何からあった場合しかない。

針と端切れを置いたセイが立ち上がった時、がたん、と大きな音がして、裏口の戸が外された音がした。総司が戻らない時は、必ず厳重に戸締りをしていたはずなのにそれが外されて、戸が引きあけられると、複数の足音が雪崩れ込んできた。

「……っ」

かろうじて立ち上がったセイが納戸の戸へ手を掛けたところに、覆面の男達が現れた。

―― あの時の!

千野を襲った男達と同じ覆面にセイが目を見開いた。覆面の男達は脇差を構えて部屋の中に入り込んでくる。

「腹の子の事を考えろ。今抵抗すれば無事では済まないぞ」

状況がわからないセイではない。今、刀も手にしてない、自由に動けもしない自分が簡単に逃げられるとは思えない。

「何者です?この家の主を知ってのことですか」
「侍であればそれでよい。お前は先日の女の代わりだ。黙って来ればよい」

ひたとにらみ合いになったが、総司が目的ではないらしいことが分かったセイは、彼らが例の人攫いだと確信した。

「我々が何者でも関係あるまい。駕籠を用意してある。お前はただ腹の子のことだけを案じていろ」

頭の中で様々なことが駆け巡るが、どうにも不利な状況に変わりはない。今この場で無理をするより、時を待つ方が得策に思えた。

すっと屈みこんだセイは広げていた端切れを針山の上に二つに折ってその中に小さな鈴をくるむと、二本の針で突き刺した。これで相手が侍であること、駕籠に乗せられることが伝わればいいと咄嗟にそれだけを行った。、

「……」

厳しい顔で再び立ち上がったセイは、まっすぐに男達を見据えると、彼らへ向けて足を踏み出した。

 

 

 

 

– 続く –