風天の嵐 9

〜はじめのつぶやき〜
上を下への大騒ぎですよ。そりゃーもう。

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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やはり駄目かもしれないという気持ちと、それを打ち消す思いが暗闇の中で総司を走らせていた。こんな状況でセイが行く先を知らせずに向かう先など心当たりがない。それでも屯所へ向かう途中だからと、お里の元へも足を向けた。

玄関先で声をかけるとしばらくして、袢纏を羽織ったお里が目を瞬かせて現れた。

「沖田センセ!こんな時間にどうしはりました?」
「お里さん。お休みのところすみません。神谷さんは来ていませんか?」
「おセイちゃん?いいえ、ここしばらくは顔も見てませんけど……」

こんな冷えた夜なのに、額に汗を浮かべ息を切らせている総司に、お里は怪訝そうな顔を向けた。
これまで、セイはたとえ総司と喧嘩になったとしても夫婦になってからは行き先を告げずに姿を消すことなどなかった。
そんなセイを探してこんな遅い時間に総司が訪ねてくることがおかしい。急に足元から忍び寄ってきた不安にお里が眉をひそめた。

「おセイちゃんに何か?!」
「いえ。何でもないんです。すみません。遅くに」

それだけ言って頭を下げると総司はすぐに暗闇の中へと走り去っていった。お里はその後ろ姿を不安げに見ていたが、入り込んできた冷気に急いで戸締りをした。

お里の家を離れると、もう一度自分の家の周りを見て歩いたが、セイがもどった気配はなかった。そう遠くない場所に構えた総司達の家から屯所まではわずかなものだ。
息を整える間もなく、屯所に向かって走り出す。灯りもなしに走りとおした総司が門に向かって駆けてくるのを見て、門脇の隊士達は反応が遅れた。

こんな夜中に駆けてくるものがいるということに身構えたものの、かなり近くなってくるまでそれが誰かわからなかったのだ。

「沖田先生?!」
「どいてくださいっ!!」

走り込んできた総司のために、脇の戸を開けるのが遅れる。慌てふためいた隊士が戸を開けるのももどかしく、門の中へと入った総司は、駆けこんだ勢いのまま大階段を駆け上がり幹部棟へと急ぐ。
その足音にあちこちの隊部屋から様子を見に顔が覗く。

一番隊の部屋の前を通り過ぎて、幹部棟へと向かうと総司は副長室の前で声を掛けた。

「土方さん。遅くにすみません」
「総司か。どうした?」

休んでいた土方は総司の声にぱち、と目を開けて起き上がった。障子を開けた総司が険しい顔を覗かせた。

「夜分申し訳ありません」
「なんだ?」
「家に、誰かが侵入した気配がありました。セ……、神谷さんがどこにもいないんです」
「!!」

半身を起した姿から、土方は完全に起き上がった。行燈に火を灯している間に、足音の主が総司だと知って、藤堂と永倉が廊下に現れた。

「私が家に着いた時は灯りが付いたままで、火鉢もそのままになっていたのでそれが何時頃だったのかはわかりません。でも飯を炊いていた途中だったのでしょう。焦げついたものが釜のそこにこびりついていて、草履が乱れたままになっていました」
「どこにもいないのか?」

冷えた夜気に総司の汗が立ち上る気のように総司を包み込んでいた。廊下に膝をついた総司の傍に藤堂と永倉が囲むように立つ。土方の問いかけに、すでに思いつく場所を回ってきたのだと答えた。

「家の中も家の周りも見ました。松本法眼のところもお里さんのところにもいません」
「そんな……!あれだよ、診療所は?!もしかして残ってるとか。俺見てくるよ」

原田に送られて帰ったセイがいるとは思えなかったが、すぐに藤堂が駆け出していく。開けられたままの障子のために、部屋の中の暖かな空気はすっかり冷え切ってしまっていた。
中へ入れという土方の声で総司と永倉が部屋の中に入る。

「件の奴らだと思うか」

険しい顔で腕を組んだ土方が問いかけた。総司の様子を見れば、思いつく限りの場所を走り回ってきたことくらい聞かなくてもわかる。ばたばたと乱れた足音で藤堂が戻ってきた。

「夕方原田さんと帰ったっきりだって……!」
「神谷まで攫われるなんざ、冗談じゃねぇ……」

藤堂に続いて永倉の声が苦渋に満ちて響いた。突如としてその場に広がった沈黙に皆が重苦しいものを感じる。部屋の端に座った総司が膝の上でぎゅっと拳を固く握りしめた。

セイを探しながらなぜなのか、誰なのか、どうしてなのか、ずっと考えてきた。

「私が狙いなのか、神谷さん自身が狙いなのか今の時点では判断ができません。あるいは先日の一件で目をつけられたのか……」

総司の目は何もない畳のヘリをじっと見つめていた。それは、薄暗い部屋の中で答えを探しているように見えた。
土方は立ったまで困惑した顔の藤堂を振り仰いだ。

「平助。今夜の夜番の者以外を……いや。斉藤を呼んで来い。それから監察の者もだ」

頷いて駆け出していく藤堂に続いて、再び探しに出ようと総司が立ち上がるのを土方が止めた。

「待て。総司。お前一人で飛び出して行っても見つかるわけじゃねぇ。今は待て」

総司のぐっと刀を握りしめた手に力が入った。

そんなことはわかっている。

それでもじっとしてなどいられないのだ。永倉がその肩を押して部屋の奥へと押し戻した。

「総司。神谷のことだ。大丈夫にきまってんだろ?」
「……今のあの人はただの体じゃないんです!!」
「んなこたぁ、わかってる。だからってお前が今、一人でじたばたしてても始まらねぇよ」

永倉がまっすぐにその目を見て呑気にも聞こえるくらい、のんびりした口調で総司を諌めた。唇を噛み締めた総司が強く、鞘を握りしめる。

慌ただしく動き回る足音が徐々に増えて屯所の中が少しずつ起き始める。藤堂に起こされた斉藤がきちんと着替えて監察の者よりも先に副長室へとやってきた。
先ほどの足音ですでに目を覚ましていた斉藤は、手早く羽織まで纏っていた。

「お呼びと伺いましたが」
「斉藤。神谷が消えた」
「……!!」

こんな時間に何事かと思ってはいた。だからこそすぐに夜着から着替えていたのだ。
藤堂が三番隊の隊部屋に駆け込んできたときには、ちょうど羽織の紐をむすんでいたところだった。
腰を下ろすまでもなく斉藤はその場にいた者達を順番に眺めた。

「いつです」
「原田が送って行ってから総司が家に帰るまでの間に」

それは短くもなければ長くもない。まさに、隙を突かれたというべきくらいの時間である。
今度は総司に代わって手短に永倉が状況を説明する。眉間に皺を寄せた斉藤が黙ってそれを聞いた。
斉藤が聞き終えて振り返った先では土方は黙って何かを考えていた。

 

 

– 続く –