阿修羅の手 15

〜はじめのつぶやき〜

BGM:嵐 Happiness
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屯所に引き上げた後、後始末に追われる斉藤や総司とはちがって、セイは診療所で試した薬籠の使い勝手と、改良するべき点などを小者達と話し合っていた。

その間も、手が空いた者から打ち身や傷の手当てに隊士達が顔を見せる。ひどいものはセイがみて、大したことがないものは小者達が対応していても、今日は一日忙しい日であった。

そんな中で、打ち身の者達に処置するための膏薬を先に塗っておくことはできないかと布を広げていたところに、立石が顔を見せた。

「あの……」
「はい。どうしました?怪我の具合がよくありません?」

もう治りかけているとはいえ、怪我をしたままで出動したために悪化でもしたのかと顔を上げたセイに、ひどく気まずそうな顔を向ける。
怪我人が座る円座に腰を下ろして、しばらく黙りこくっている立石に、怪訝な顔を向けたが、その相手をじっとしているほどセイも暇ではない。

用件を言わない立石をそのままにして首を竦めたセイは、再び油紙で膏薬を塗った布を包み込む方法を試していると、あのう、と小さな声が聞こえた。

「はい?」

ようやくかと、顔を向けたセイに向かって、萎れた菜っ葉のように立石がぺったりと床に手をついて頭を下げる。

「……申し訳ありませんでした」
「……は?」

いきなり頭を下げられてもわけがわからない。
眉間に皺を寄せて、セイが首を傾げていると、どうやら診療所の前に来て陰に隠れていた新人隊士達がざざっと立石の後ろに並んだ。
ざっと十人ばかりが目の前に手をついて並んだ光景に、セイが呆気にとられていると、立石がもう一度顔を上げる。

「新参者で何もわからないのに、神谷さんの事を馬鹿にするようなことを言ってしまい、申し訳ありませんでした!」

すっかり面食らったセイが、何と答えていいか戸惑っていると、今度は違う気配がして診療所の入り口から姿を見せたのは土方だった。

「お前らなぁ。仮にも武士たる者、相手の力量を図らずに舐めてかかってる奴もいたらしいが、神谷は幹部だ。俺の話を聞いてなかったわけじゃあるまい?」
「申し訳ありません!」

セイだけでなく土方に向かって一斉に下がる頭を前に、ふう、とセイは息を吐いた。
どうやら昼間の出動で、セイの様子を見ていた立石だけでなく、三番隊の隊士も含めていろいろと思うところがあったようだ。

「皆さんのお気持ちはわかりました」

すっと座りなおしたセイのぴんと伸ばされた背筋に下ろした髪が揺れる。

「私は、巡察に出るわけでもありませんし、実戦に出ることもありません。ですが、同士の一人として私と皆さんでは役割が違うんです。私の仕事は皆さ んの健康や、日常の細々した怪我やそういったものを管理することです。地味で大した仕事には見えないかもしれませんが、小者の皆さんと同じように、必要な 仕事をしているのは皆さんと何も変わりません」

だから気遣いも無用だと言ったセイに腕を組んだ土方が顎をくいっと引いた。

「お前なぁ。次は余計なことを言う奴の口を縫い付けると言ってやれ」
「無茶を言わないでください」
「まあ、それもいの一番にお前が縫う羽目になりそうだけどな。お前は、四の五の言わずに、寿樹を子守りと一緒にさっさと戻せ。それから、暇を作って全体稽古か各隊の稽古に顔を出すように」

何もかもをひっくるめてひとまとめにした土方に、今度こそセイの口があ、と開いたまま固まってしまう。わざと新人隊士たちの前でそれを言っておいて、鬼の副長の一睨みで新人隊士達を追い払ってしまう。
一連のことを見ていた小者達は、なるようになったと満足そうに頷き合う。

「ふ、副長」
「これは命令だ」

言うだけは言ったと、小者達にひらりと手を上げて土方は診療所を出て行ってしまう。小者達に声をかけられたセイは、我に返ると小者達へと顔を向けた。

「今……。鬼副長がなんかいってましたよね?!」

思わず口をついてでた言葉にどっと笑いが起こった。

結局それから、捕り物のせいで屯所に泊りになるらしいから寿樹はお里に頼むようにと、総司から言伝が来たので、仕方なくお里宛に文を書いた。

そうそうあるわけではないが、今までも捕り物などで立て込んだ場合は、お里達をひっくるめて診療所に泊まらせるか、セイも身動きできない時は頼みにしてきた。小者に急ぎと文を頼んで口頭で返事をもらってきてもらう。

「承知しました。ご安心してお仕事にお励みくださいとのことです」
「どうもありがとう」

礼を言ったセイも、忙しそうに動き回っている。町方に引き渡す前に死なれては困るため、取り調べの最中に幾度かセイも呼ばれて、浪士の手当てを行っているうちに、あっという間に日が暮れて夜になってしまった。

夕餉の頃には一段落したために、小者達も診療所からは下がっている。一人、静かな小部屋の方で休んでいたセイのもとに、総司がやってきた。

「神谷さん、夕餉まだですよね?」
「ああ、そういえば。忙しくてすっかり忘れてました」
「はは。そんなことじゃないかと思いました」

一人ではなく、相田に手伝ってもらってセイと総司の二人分の夕餉を運んでくると、相田だけが下がっていく。

「一緒に食べようと思って、運んでいただきました」
「すみません、わざわざ。呼んでくだされば隊部屋まで参りましたのに」
「いいんですよ。今日はがんばっていただきましたからね」

総司を手伝って、場所を作ったセイは運ばれてきた膳を整えた。隊士達はすでに隊部屋で夕餉を取り始めているという。

「私も初めは向こうでいただくはずだったんですけどね」

相田たちが気を利かせて総司にこちらに来るようにと言ってくれたらしい。着替えも済ませてさっぱりした総司をみて、セイはまだ着替えもしていなかった自分が恥ずかしくなる。

「すみません。まだこんな格好のままで」
「構いませんよ。表の、診療所用の風呂をさっき小者の皆さんが用意してくれていたので、夕餉を終えたら入っていらっしゃい。たまにはゆっくりとね」

家ではさすがに風呂はないので、ゆっくり湯につかることができるのは屯所で風呂を借りるくらいなのは相変わらずのことだ。それもたまにことなので、正直に言えばありがたい。

「昔みたいにちゃんと見張りをしてあげますから心配しなくていいですよ?」

ぷっと吹き出したセイがありがとうございます、と澄ましていうと、そろって夕餉に向かった。

– 続く –