阿修羅の手 6

〜はじめのつぶやき〜
さて、先生はまた隠し事したと怒るのでしょうかねぇ

BGM:嵐 Happiness
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「お待たせいたしました」
「ああ。行くか」

立ち上がった斉藤に続いて小部屋を出たセイは、荷物を手に歩き出した。以前とは違い、斉藤の一歩後ろを歩くセイを気遣いながら、ゆっくりと歩く斉藤について歩く。

「家に帰る前に、むこうに寄るのだろう?」
「はい。申し訳ありません」
「何を謝る?送ると申し出たのは俺のほうだ」

はたから見ればほとんどわからないが、斉藤にしてはわずかに笑ったようだった。
セイが嫁に行って、より一層斉藤には遠慮をするようになってしまったことは斉藤にとって、寂しくもある。セイが幸せであることに越したことはないのだが、それでも少しも甘えないというより、遠慮が先に出るようになった気がするのだ。

「たとえ嫁に出しても俺はお前の兄代わりのつもりだが」

その言葉を聞いたセイは、不意に笑い出した。総司にも同じことが言えるが、総司夫婦の周りには父代わりや兄代わりがどれだけいることだろう。

「今日は、父代わりにも長兄にも叱られかけたところです」
「また何かやったのか?」
「ひどい!何かやった前提というのはあんまりです」
「そうか。正直者なのですまん」

真顔だが、明らかにからかっている斉藤に向かって、ぷぅと頬を膨らませたセイは、それでも斉藤に向かって生真面目に話し出した。

「実は、稽古をつけてほしいとお願いしに行ったら、話をする順番が違うと言われてしまったんです」

ふむ、と袖に手を入れた斉藤が腕組みをしたまま頷いた。さもありなん、というところだろう。これまでセイは何度も同じように総司に相談する前にことを運ぼうとしてかえってことを大きくしてしまってきた。

「私も、色々と考えたんですが……」
「うん?」

本当は、申し訳ない気がして総司には言い出しにくかったのだ。
小さく呟いて俯いてしまったセイは、足元に視線を落として進む足が遅くなる。

「申し訳ない?」

身を縮こませたセイを見た斉藤は、ふっと笑ってその顔を覗き込んだ。

「少し、寄り道をしてもいいか?俺も手ぶらではどうにもな」

セイからすれば、とんでもないと思っていたが、手ぶらでは総司にもこれから迎えに行くお里にも恰好がつかないと言われれば、断る理由もない。セイにとっても総司のために甘味を買って帰りたかったので二つ返事で頷いた。

お里の家に向かうには少し遠回りの道を辿った斉藤とセイは、甘味処でいくつか買い置きの甘味と、斉藤はそれにかさならない様に寿樹にも食べさせられるようなものを選んだ。

「お気を遣わせて申し訳ありません。斉藤先生」
「なに、これはお前にではない。寿樹とお里さんのところにだ」

治平飴といわれる、柔らかな飴というより、寒天で固めたグミのような色とりどりのものを手にした斉藤は、セイと共に歩いていく。

「近頃は、また一層やんちゃになったのではないか?」
「え?私がですか?」
「馬鹿者。……寿樹のことだ」

とんだ勘違いにかぁっと赤くなったセイは、恥ずかしくなって早口に語りだす。

「はい。それはもう。なんでも興味を持ち始めて、危ないものはすべて棚の上にあげておかないと、なんにでも手を出してしまいます。以前、副長がいらしたときには副長の大事な横笛を手にして振り回す始末で……」
「ははっ。それは鬼副長も怒るに怒れんだろう」
「目一杯怒って、寿樹も散々泣かされた挙句、一番副長に懐いてしまった気がします」

寿樹にとっては、一番嘘も偽りもない、対等な相手のような気がしたのだろう。
土方の姿がある限り、土方の傍を離れないという懐きっぷりである。総司はまるで自分の姿を見ているようで笑い転げていたが、セイと土方本人は苦虫をかみつぶしていた。

「まあ、一番信用のできない相手になつくところが大物の素質十分というところだな」
「冗談じゃありませんよ。まったく」

憤慨したセイは、斉藤を追い越すと一足先にお里の家の玄関を開けた。

「お里さーん」
「はぁい。おかえりなさ……。あら、斉藤先生」

台所仕事でもしていたのか、手を拭きながら現れたお里は、斉藤の姿に少しだけ目を丸くした。総司が一緒でないときは誰かしら、ほかの隊士が付いてくるのはよくあることだが、斉藤が顔を見せたのは久しぶりだった。
少しの間とはいえ、三月近く屯所に通っていたのだから、斉藤達幹部の顔は見知っている。膝をつくと、二人を奥へと誘った。

「どうぞ、おあがりやして。ちょうど今さっき起き出したばかりのところで……」

斉藤を先に促すと、セイもそのあとから草履を脱いだ。元気な声が聞こえるところから、ご機嫌らしいことはすぐわかる。

「ほぉら。寿坊、母様のおかえりですえ」

正坊に遊んでもらって、きゃっきゃと笑っていた寿樹は、セイの姿を見ると、立てるようになった姿を自慢するように見せるのがこのところの日課となっ ていた。目の前の正坊の頭に手を置いて、ぐいっと押さえつけるようにすると髪をつかまれて痛いと叫ぶ正一に構わず、にこにこと立ち上がった。

「寿樹!正一の頭から手を放しなさい!」

てっきり褒められるとばかり思っていた寿樹は、突然母に叱られて、びくっとなると見る見るうちに目にいっぱいの涙を浮かべてぼろぼろと泣き出した。

「わぁーん」

立ったままで盛大に泣き出した寿樹の手の下からようやく抜け出した正一が痛ぇといって、頭を押さえて転がった。急に叱られて、仲良しの正一が何やら 痛がっているのも合わさって、寿樹はわんわんと泣き出すが、セイは、両手を差し出して抱っこを求めてくる息子に向かって首を横に振った。

「正坊にごめんなさいをしなさい!」
「うわーん」
「寿樹!」

叱るセイを止めたものかと、斉藤が立ったままのセイを見上げたところで、一番早く立ち直りを見せたのは正一だった。ぐりぐりと引っ張られた頭を揉みながら、起き上がると、寿樹の目と同じ高さに膝をついた。

「寿樹。大丈夫や!ほら、な?兄ちゃん、ちょっと痛かった。お前、この手でこういう風にしただろ?」

わんわん泣き続ける寿樹の片手を取ると、自分の頭にもっていって、髪の毛を引っ張るふりをして見せる。泣きながらも大好きな正一の言うことに頷いた寿樹は、正一の真似をして髪の毛を引っ張った。

「あ。こら」
「うぎゃぁぁん」

加減なく自分の髪を引っ張った寿樹はその痛みに、一度泣き止みかけたところでまた、大声で泣き出す。セイは、その様子を黙って腰に手を当てたままで見ていた。

 

– 続く –