いつかの夢と現実~前編~<拍手お礼文 挑発2>

BGM:Dream Come True  LOVE LOVE LOVE
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「神谷さ~ん」

小者たちのくすくすという笑い声が響き、診療所の中ではくるくると動き回るセイがさっくりと総司の言葉を聞き流している。
何度目かの嘆きに小者の一人がセイの残りの仕事に手を出した。

「神谷さん、後は私達がやっておきますからどうぞお帰りになってください」

小者の言葉も聞き流したセイは、淡々と薬を調べて決まった薬包を用意して、腹を壊して病間で寝込んでいる隊士の分として枕元においた。
すぐそれからいつもは小部屋で行っている雑務の書き物をはじめてしまった。

部屋の隅でじっとりと蹲っている総司の圧迫感に耐えられなくなった小者達が徐々に苦笑いを浮かべて顔を見合わせると、セイの目の前に一同が座った。

「「「神谷さん」」」
「なんでしょう?」
「「「お願いします」」」

つまり仕事にならないので、諦めて今日は帰れということらしい。
はぁ~、と深いため息をついたセイは仕方なく筆を置いて、土方や近藤から頼まれた書き物を閉じた。
ほっとした小者達が、やれやれと肩をすくめたところに、足音もにぎやかに原田がやってきた。

「よ~ぅ。神谷、まだいてよかった!ここんとこ切っちまって…よ……ぅ。いや、……」

いつもどおりの様子で診療所に登場した原田が二の腕を切れた竹刀のつるですっぱりと切っており、傷は浅いものの血がだらだらと流れていた。軟膏をと言いかけて部屋の隅からのどろどろした気配に気づいて徐々に尻すぼみになる。

「ああ、随分すぱっと切れちゃったんですね。こちらへどうぞ。すぐに軟膏を用意しますね」
「いや……、その、帰るところだったんだよな。いい!わかった!こんなもの舐めてりゃ……」

舐めておけばいずれ、血は止まるし直るといいかけて、今度はセイのじろっという目に言葉を切った。

「すぐ!用意しますからココへ」

有無を言わさぬ口調に、両方からはさまれた原田がどうしようもなく困った顔で小者達に助けを求める視線を向けた。
しかし、せっかくセイが帰ることに頷きかけた瞬間の出来事に、小者達もしらじらとした顔を向けてそれぞれが仕事に戻っていく。

「や、あの、う……」
「原田さん……。私が傷口をしばってあげましょうか」

地の底から聞こえるような総司の言葉に従うと、そのまま首まで絞められそうで原田が飛びのいた。
背後で、ばんっ!と薬棚と思い切りよく閉めたセイが振り返った。

「沖田先生!仕事の邪魔はしないでくださいね」
「邪魔って、邪魔って事はないじゃないですか!私は貴女の体を心配してですね」
「私は病気でも何でもありません!皆、世の中の子を産んだ女子達は皆、普通にしているんです!!もう、……原田先生からも何か言ってくださいよ」

セイと総司の怒鳴りあいにようやく事態が飲み込めた原田が総司を振り返った。

「あのなぁ。心配する気もわかるけどよ、総司。お前だってガキの頃……って覚えてねぇか。おまさも特にいつもどおりに動いてたぜ?よほど、漬物石でも抱えて歩くとかするわけじゃねぇしよ。過保護も程ほどにしろよ」
「そうは言っても、おまささんは女子として家にいて普通にしていたのと、神谷さんの普通じゃだいぶ違います!」

家を守って、家事だけをこなしている分にはそこまでうるさく言わないといいたいのだろうが、今の総司は何をするにも異常なくらいにうるさい。
セイは南部や松本に相談しつつ、知識もあるだけにどの程度までなら大丈夫だと自分で判断しているつもりだが、それが総司には納得できないらしい。

黙々と軟膏を作っているセイの態度をみても、小者達の態度をみても、それが多少のことではないことがわかると、原田が総司の肩に手を置いた。

「あのな?総司、お前明日ちょっと時間あるか?」
「時間、ですか?まあ、昼過ぎなら少し空いてますけど」
「じゃあ、その時間俺に付き合えよ」

薬を仕立てて、布に軟膏を塗りつけたセイが原田の顔を見た。チラッとセイをみた原田は任せろとばかりに片目を瞑って見せた。
総司の過保護さに辟易していたセイは黙って原田の腕に軟膏を湿布して油紙を巻いた。
原田の手当てを終えたセイはようやく帰り支度を始める。これ見よがしに書き物を手荷物に含めていると、背後から小部屋に総司が現れた。

「セイ……」
「心配してくださるのはありがたいんですけど!程度問題です!」

ため息をついた総司は、とりあえず大人しくセイの支度が終わるのを待った。
風呂敷に荷物を包み込むと、セイがようやく立ち上がった。総司がぱぁっと顔を輝かせてセイの荷物に手を伸ばすと、ぷいっとセイはその手を無視して小部屋から表に出た。
しゅん、と肩を落とした総司はとぼとぼとセイの後について屯所を後にした。

その後ろ姿を眺めていたのは、隊士達だけでなく原田はもちろんのこと、土方、永倉、藤堂達幹部の姿である。

「困ったもんだ」
「でも、前からああだよね?」

総司がセイに対して過保護なくらいなのは以前から変わらないが、それにしてもセイの妊娠が分かってからの総司は異常なくらいの過保護ぶりである。
どうしていいのか分からないというのが大きいのだろうが、セイがいくら言っても聞きはしない。
もちろん、セイが元々無理をするということもあるのだろうが、一番隊組長という立場も、忘れてしまったような有様にはセイ本人だけでなく、彼らも苦い顔をしていた。

「とにかく任せたぞ」

土方が原田を振り返り、つられて周りにいた者達も原田の顔を眺めた。頭をかいた原田は首をすくめた。

「俺じゃねえからなぁ。まあ、おまさなら大丈夫だろ」
「そうだよね。原田さんだったら心配だけど、おまささんだったらさ」
「俺じゃ駄目だってか?」

ぐいっと藤堂の頭を原田がはがいじめにしてぐりぐりと脳天をこづいた。

「そうじゃないよ、そうじゃ!でもさぁ~」
「……ま、そうだな」

すぐに飽きたのか、ぽいっと藤堂を放り出した原田は、セイに手当てされた腕をさすりながら原田はくるりと隊士棟へと身をひるがえした。

 

 

– つづく –