いつかの夢と現実~後編~<拍手お礼文 挑発3>

BGM:Dream Come True  LOVE LOVE LOVE
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昼過ぎに屯所を出た総司は原田に言われて原田の家に向かった。いくら、原田に言われてきたとはいえ、主の不在に上がりこむような真似はしない。
玄関先でおまさを呼ばわった総司は、いわゆる京の町屋の奥から出てきたおまさと茂だけでなく、非常ににぎやかな一団に取り囲まれることになる。

「あっら~、いやぁ、沖田総司いうたら新撰組の中でも鬼の中の鬼やいうけどええ男はんやないのぉ~」
「?!」

総司が挨拶を口にする前に、先におまさと近所のおかみさん達にあっというまに取り囲まれた。土間のところに各々、腰掛けたおかみさん達は、若い、おまさと同年くらいの者からいい年の産婆やおまさにとっては、頼りになる先輩達である。

その一団からがっちりと囲まれてしまった総司はへらっと笑顔を浮かべたものの、どうしていいのかわからず、おまさに助けを求める視線を向けた。
あまりに不安そうに引きつった総司に、おまさは苦笑いを浮かべた。

「すんません、沖田先生。うちからお話するより皆さんから話を聞いてもらった方がええんやないかと思って……」
「なにいうてん、おまさちゃん。お侍はんや、新撰組やいうても、男はんは皆一緒や。女子のことなんかほんのすこぉししかわかってへん」

そうだ、そうだと頷く皆が、口々に話始めた。総司はおまさの傍に座り、茶を勧められて皆の話を聞くことになる。

「なんや、奥方はんに赤子ができはったそうやて、おまさちゃんにききましたえ」
「そやそや。そんで私らに話聞きたいて」
「ちゃうわ、私らに説教してほしいんやて」

からからと、世の男達が恐れる新撰組の沖田総司に向かって、皆陽気に笑った。
それというのも、おまさの旦那である原田の人柄を知り、鬼と呼ばれる新撰組もかわらぬ人であると知られたからということが大きいと思われる。

「沖田先生も新撰組の中では偉いんですやろ?そんなんいうてもやっぱり、初子やいうことやし、しゃあないなぁ」
「ほんまになぁ。赤子ができるのは病気やあらへんのえ」

苦笑いを浮かべて、神妙に聞いているふりでも、明らかに総司が困惑したまま話半分に聞いているのは女達にも伝わったらしい。そこは女達の方が男の機微には敏いのかもしれない。

「あんなぁ。女子には皆、子を産み、育てる力が生まれたときから備わってますのんえ」
「いざという時には男はんよりも肝が据わってるのは女子や。それを舐めてかかったらあかんえ」
「そんなものですかねぇ。私にはよくわかりませんが……」

そこにおまさが真面目な顔で総司に言った。腕の中では茂がすやすやと健やかな寝息を立てている。

「沖田先生。失礼を承知で申し上げます。おセイさんをちゃんと信じてくださいまし。赤子が産れるいうのは、女子にとっても不安があってあたりまえなんどす。そこを十月十日かけて腹を据えるんどす。それを沖田先生がそんな風におろおろしてはったら、おセイさんの立つ瀬がありまへんえ?」
「せや。原田先生かて腹の底はどないやわからんかったけどなぁ。旦那はん方の方が気が弱い時があるのとちゃいます?」

おまさがまっすぐにぶつけた言葉が総司の顔を変えたのを見て、女達が頷いた。

「沖田先生が思うより、もっとずっと不安なのは本人のほうや。それを旦那はんの方がおろおろしててどないしますのん?」
「せや。そういうときはどーんと構えて女子を安心させなはれ」

にこにこと笑う女達に、圧倒されるばかりの総司はぼそぼそと口ごもった。
皆がセイの事を、セイの仕事を知らないばかりに当たり前の女子の事を言うのだと総司には思えた。 セイは普通に女子が家にいて家事をしているのとは違う。女の身でありながら医者という仕事、そして、その仕事場となるのは鬼の住処といえる新撰組なのだ。
また、新撰組という場において、男の姿で人を斬っていたこともある。

ぱあん。

勢いよく総司の目の前でおまさよりも年かさの女が手を叩いた。

「ちょいと。あたしらはね、おまさちゃんからも話を聞いてるんだ。日頃何をしているのかわかってないかもしれないけど、沖田先生と一緒になるにはおセイはんは随分と迷ったはずさ。それでも一緒になったからにはとことんまで腹をすえてるはずだよ?」
「そうやねぇ。沖田先生は私らとご内儀はんとは違うと思ってはるんやろうけど、なんも違わん。生きて、働いて、当たり前に暮らしてるのはかわらんよ?」
「惚れた男はんの赤子を守らない女子やないやろ?」

―― ああ。そうですね。神谷さん

総司は目を軽く伏せて、微笑みを浮かべた。ここにもたくさんのセイの姿がある。
確かに、自分は戸惑ってそれゆえに不安に思っていたようだ。

あのセイが自分と総司の子を宿したまま、ただ意地だけで無理をするはずがない。唐突に、何も思い込みなく思い浮かんだ事に、自分でも驚く。そんなことにも思い至らないほど自分もどうしていいのかわからなかったなんて。

膝の上に両手を置いて、頭を下げた。

「すみません!皆さんのお話、ごもっともでした!!」

ぺこっと頭を下げたところで総司は女達には敵わぬと心底から思った。どれだけ剣術の腕が立とうとも、彼女達には男が太刀打ちできるものではないのだろう。

刀を手にして、立ち上がった総司に女達は口々に叱責と、激励を言いながら肩口を気安く叩いて、帰って行く。その賑やかさに目を覚ました茂がまじまじとした顔で皆が帰って行くのを見ていた。

「沖田先生……。赤子が本当に生れてくるまでにはまだまだありますえ?」

くすくすと笑いだしたおまさがひそひそと囁くと、ぼっと赤くなった総司は口の中でもぐもぐと言い訳をしながら、おまさに礼を言って転がるように原田の家をでた。

「そ、そんなことはですねっ。別に私は考えてませんしっ」

一人真っ赤な顔で屯所へと戻る道筋で、一人ぶつぶつと呟きながら総司は前につんのめるようにして歩いて行く。

『腹帯をまくようになったら、堪らんて左之がいうてましたけど、それまでは我慢どすえ?』

確かに、赤子ができたとわかってから、松本にも内々に文が届き、がっちりと釘を刺されていた。セイには内密にと言われて確かに、セイから言いだしづらい内容に冷や汗をかいたものだ。

屯所近くまで戻ると、原田が今か今かと待ちかまえていた。

「よう!総司。お前……なんだぁ?赤い顔して」
「いや、その、おまささんやおかみさん達にがっちり叱られまして……」
「ははぁん。あいつらに色々言われやがったな?」

どうやら原田にも心当たりがあるらしい。にやりと笑った原田が総司の肩をたたきながら屯所へと入って行く。
二人の後ろ姿を診療所から見かけたセイは、首をひねりながら診療所の中へ戻って行った。

 

– 終わり –