残り香と折れない羽 12

〜はじめのお詫び〜
お待たせしました!!帰ってきました!!

BGM:ROYAL PHILHARMONIC ORCHESTRA 楽しみを希う心
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さらに翌日、斎藤は探索の最中に会津公がお戻りになることを耳にした。昼過ぎには到着されるということで、近藤以下、新撰組も間もなく帰営するだろう。

どこかでほっとしながら、引き続き山崎から頼まれた探索を続けた。

 

同じく屯所でひどく不機嫌なまま仕事をしていた土方の元に、隊士が駆け込んできた。

「副長!局長がお戻りです」
「本当か!」

気が急くまま、土方は足早に廊下を抜けて大階段から迎えにでた。門のすぐ内には近藤と一番隊がざわざわと皆に迎えられていた。

「帰ったぞ、トシ」
「近藤さん」

やはり、近藤が無事で戻ってくると安心するのか、土方の顔に素顔が一瞬覗いた。その顔を近藤は見逃さなかった。

「どうした?トシ」
「いや、無事で何よりだ。早く奥へ入ろう」

埃まみれの姿のまま、ここで近藤を留めておくことはない。土方は近藤を奥へと誘った。そこに、背後から総司が声をかけた。

「土方さん」
「総司、おまえも来い」

振り返りもせずにそれだけを言うと、土方は近藤の背中を押した。総司は、組下の者たちへ労いを言って休むように告げると、土方の後を追った。

先に局長室に入った近藤は埃にまみれた着物を着換えていた。廊下の端にはなぜか、原田と永倉が二人並んで庭を眺めながら茶を飲んでいる。

「よお、総司」
「お疲れさん、予想よりちょっと長かったな」
「たった一日じゃないですか」

労いをかける二人に答えながら、隊服のままの総司は、局長室に足を踏み入れた。

「来たか」

素早いことに、すでにそこには三人分の茶が入れられて、着替えている最中の近藤が難しい顔を向けた。

「なんだ、トシ。大阪はつつがなくすんだぞ。大樹公への謁見をされた会津公によると、どうも、この暑さのなか下向された大樹公はお体の具合があまり 芳しくないらしい。会津公もお疲れが重なっていらっしゃるが、たびたびお城に足を運ばれて、大事ない御様子を確かめられてからお戻りになった」
「そうか。兎にも角にも無事に帰って何よりだ」

ようやく着替え終わった近藤が座ると、土方は待ちかねたように口を開いた。

「ちょっと、近藤さんかいない間に面倒なことになった」
「なんだ?」
「例の、神谷がまとめていた隊士の覚書がなぜか隊内で噂として広まってしまったんだ。しかも、神谷個人の覚書としてではなく、監察方よろしく調べ回ってるとな」

それまで黙って控えていた総司が、膝を進めた。

「どういうことです?土方さん」
「近藤さんや総司が戻るまでに少しでもはっきりしたことを調べておければよかったんだが、まだ確証は何一つない。とにかく、誰も、俺達以外知らないはずの覚書の話が、あっという間に広まっていた」

それから、原田と永倉、斎藤がその話を聞きつけてセイの元へ行ったこと、おかしいということになって斎藤がセイの守りに入り、二人は隊内の噂の出所をそれとなく探っていたこと、山崎を使って調べている最中だということまでを土方はかいつまんで語った。

「それで?神谷君はどうしたんだ」
「……襲われた。診療所の小部屋でだ」

土方の言葉を聞いた瞬間、ざっと総司が立ち上がって廊下へ続く障子を開いたところに斎藤が立っていた。顔色の変わった総司を前に、斎藤がぐいっと肩を押して部屋へ戻した。

「どいてください!斎藤さん!!」
「話を聞き終わってからにしろ。神谷は今、松本法眼のところだ」
「……斎藤さん!!」

斎藤が無理やり総司の肩を掴んだまま、部屋の中に押し戻して座らせた。斎藤に向けて苛立ちを見せた総司を土方が止めた。

「総司、斎藤の言う通りだ。先に話を聞いてからにしろ」

そういうと、廊下で茶を啜っていた原田と永倉もいつの間にか、静かに部屋の前に移動したらしい。斉藤が入った後の障子が僅かだけ開いたままになっている。

「噂がこいつらの耳に入ってすぐ、おかしいとなって斎藤が神谷の守りについたんだ。その晩、斎藤が巡察で外した間、神谷は屯所の中だけに一人でも大 丈夫だと言ったらしい。そこを誰かが入って覚書を始末しようとしたのか、状況はわからないが神谷が襲われたのはその時だろう。その後、斎藤が戻った時に は、部屋の中も特に障りはなく、神谷も大事ないと答えたそうだ。俺はその晩、黒谷に行っていて、翌日戻った」

土方がそこまで話すと、後を斎藤が引き取った。

「俺と神谷が副長の帰りを待って、噂の広がりを報告すべく副長室で報告していた時だ。状況が状況だけに、あちこちで耳目も光ってる。副長が勝手なこ とをしたと怒鳴って、神谷を追い出したことにして、とにかく噂を抑えようとした矢先に神谷が倒れた。急ぎ、南部医師のところへ運んだのは俺だ。それまで神 谷も襲われたことを黙っていた為に、その時の仔細が分からない。だから、思うように探索も進んでいない」

部屋の外の二人もセイが襲われた話は初めて耳にした。僅かに開いていたはずの障子が半分ほど開けられている。

「そう言う事情だ。いいか、総司。きちんと着替えて、何事もなかったように家に帰る振りをして神谷のところへ行け。そうしたら、お前は神谷が落ち着くまで傍にいてやれ。何かあればこちらから繋ぎをつける」

びりびりとした空気を纏って総司が静かに頷いた。立ち上がった総司に向かって、斎藤が思わず声を上げた。

「沖田さん!」

振り返らずに立ち止まったその肩がぴく、と動いた。斎藤が吐き出すような言葉と共に頭を下げた。

「……すまん」
「……斎藤さんが謝ることじゃありませんよ。神谷さんを守ってくださってありがとうございます」

頭を下げた斎藤には顔を向けないまま、落ち着いた声音が答える。原田と永倉が心配そうに総司を見上げている脇を抜けて、総司は隊部屋へ向かった。

 

 

 

– 続く –