残り香と折れない羽 19

〜はじめのお詫び〜
襲撃。

BGM:氷室京介 SLEEPLESS NIGHT 〜眠れない夜のために〜

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総司が自分が夜番や出張などで不在の折は、セイを屯所に泊まらせていることは皆が知っていた。
それだけに、武田がセイを狙いやすかったともいえる。

武田は、外から診療所の小部屋に回ると、そっと様子を伺った。灯りがなかなか消えないのは、斎藤が巡察から戻るのを待っているからなのか、それさえも、もはや武田の腹立たしさを増長させるだけだった。

生意気にも局長や土方、さらに試衛館派の幹部たちに可愛がられ、結局沖田の妻におさまった揚句に医師として変わらず隊にいる。自分はこうして堕ちて行くのに、と思うと、それまでの自分の立場や扱いへの不満が急激にセイに向かった。

憎い、懲らしめてやる。そんな思いで頭の中が一杯になる。

わずかに隙間をあけて中の様子を確かめると、うとうととセイが横になっていた。
辺りに、人の気配はない。小者も夜は診療所にはいない。今が絶好の機会だと思われた。

 

障子の隙間をもう少し開けると、静かに手近にあった行燈に向けて脇差を抜くと灯を消した。しばらく前から暗闇に潜んで、小部屋の様子を伺っていただけに、突然暗くなった小部屋の中でも目が慣れている。
眼を覚ましたセイが立ち上がりかけた所に、帯のあたりを強く掴んで引き起こした瞬間に、腰から鞘ごと引き抜いた刀で思いきり下腹を突いた。

「ぐえぇっ」

セイのうめき声があがる。

―― ざまあみろ!女子の分際で、新撰組にいるなど、思い上がりもはなはだしい者に、俺は罰を与えたのだ!!

武田の身が満足感に打ち震えた。

壁際まで小柄な体は軽々と打ち付けられ、痛みと衝撃に苦しげな息が聞こえる。続けて、吐き出す音が続き、セイがぜいぜいとなんとか息をしながら咳き込んでいる。起き上がることもできないでいるセイに静かに近づいた。

そして、懐を漁ってセイが持つという鍵をみつけると、もうセイには用はないとばかりに放り出した。振り返り、文机の後ろの壁一面にある、浅野が言っていた棚を探し始めた。
同じような棚にも関わらず、鍵穴を隠す仕掛けがあると聞いていただけに、すぐにその場所を見つけることができた。そして、奪い取った鍵で棚をあけると、確かにそこには冊子が積まれていた。

全部を取り出すと、用意の紙燭に行燈の下にあった火打ちで火を付ける。
表に書いてあるように、五番隊の冊子を見つけると、次々とめくった。しかし、そこには平隊士のことしか書かれていなかった。

「……くそっ」

小声でつぶやくと、セイを引き起こして問い詰めようかと思った。
しかし、今セイに見られては、誤魔化しがきかず、敵に回すのは総司を筆頭に試衛館派の全員になってしまう。仕方なく、その場は諦めることにした。

腹立ち紛れに、もう一度殴りつけてやろうかと黒い感情が湧きあがったが、そこにかろうじて意識を奮い立たせたセイが誰何したのだ。

「はっ……だ……れっ……」

慌てて武田は小部屋から逃れ出た。
浅野から聞き出した、隊士の覚書は幹部の者の分もあると言っていた。しかし、先ほどの覚書には自分を含め幹部達のことは何一つ書かれていなかった。
となれば別に覚書があって、棚にあった冊子は偽装のために置かれていたのかもしれない。

武田は急いで診療所から離れると、隊士棟へ戻った。見つけられなかった覚書も自分が殴りつけたセイも、このままにはしておけない。一つを疑い出した心は、次々に疑いの元を見つけて膨れ上がっていく。

武田は、その後のことを浅野に探らせた。土方達が隠しても浅野の上は山崎がいる。何かあれば、必ず山崎の耳にも入るだろうし、そうなれば聞き出すこともできるだろう。

浅野が探ったところでは、セイは次の日斎藤とともに屯所を出た後、松本法眼の元に預かりになったらしい。
殴り付けたことが原因なのかはわからないが、武田は己が与えた罰よりもそのことをセイが誰にどこまで話したのかが気になり始めた。

隠されているかもしれない覚書よりも、屯所内で襲われたことをセイが騒ぎ立てるのではないかと思ったのだ。しかしなぜか、セイを連れ出したという斎藤を含め誰も動揺していないように思われた。

「くそう……なんにしても小憎らしい」

武田は思い出すたびに一人ぶつぶつと呟いていた。もはや組下の者たちも、普段は武田の元へ近づきはしない。一人恐ろしい形相のまま、独り言をつぶやく武田には、必要以上に周囲に近づく者などはもういなかった。

どうして、転がり落ちはじめたものは、自分自身でさらにその勢いを加速させていくのだろう。

浅野にしても武田にしても、きっかけは大したことのないことだった。違う道も選ぶことができた。ただ、自分たちが選んだ道だけに彼等は今そこにいた。

 

 

武田に殴りつけられて以来、浅野はすべての罪を武田にかぶせて、万一発覚しても後を濁さないようにすることを画策し始めた。
自らの行動は当然、武田の指示であることが分かるように、表向きはなるべく疑われることがない様にするためと武田を納得させて書付で指示をださせるように変えた。

筆跡が物を言う時代のことだ。こういうものが残っていれば自身の非は少なからず減じるだろう。

それに、書付によって指示を受けていれば武田との無駄な接触が減って、先日のように八つ当たりを受けることも減る。
すれ違い様に、さりげなく結び文をやり取りする武田と浅野の姿は、元々嫌われていた武田と、監察方で人の目を引くことが少ない浅野だけに、皆の目には特に目立つものではなかった。

だが、密かにその姿を見張っているものがいる。

武田がセイを襲ったときも、その後の武田と浅野の様子も、そして今一人で苛立ちを口にしている武田の姿を捉えているのも新井だった。

新井にとっては浅野の動きも武田の動きも、隊の中の動きを操りたい彼らにとってはとても面倒なことだ。
隊の中を操りたい彼らにとって、彼らの動きが隠れ蓑になることもあれば、今回のセイを襲ったことのように、ともすれば大騒ぎになりかねないような真似は困る場合もある。
土方達の動きが表立っていない場合は、逆に要注意なのだ。表立っていないということは、隠密裏に不審者の洗い出しが行われているということになるからだ。

自分自身、時折、山崎の目が光っていると感じることはある。自分が伊東一派に属している限り、それはあることで、尻尾を捕まれるようなことさえしなければ大丈夫なのだが、危険はなるべく避けたい。
この場合、敵ではないことを信用させるためにも、浅野と武田の動きは捕捉しておくべきことだった。

 

 

– 続く –