年の瀬の花手毬 1

〜はじめのお詫び〜
続きものダブルでいきます!!クリスマスですもんね

BGM:ORANGE RANGE  *~アスタリスク~

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「じゃあ、ちょっとお願いしますね」

セイはそう言うと、脇差だけを手に屯所を出た。
新撰組では、南部が不在の時には不動村の医師の診察を請うこともあるし、薬問屋との付き合いも多い。セイの人柄もあって、それぞれに良い関係を築いていた。

啓養堂の奥方が具合を悪くしていると山崎から聞いたセイは、見舞いに尋ねることにした。特に啓養堂とは懇意にしている新撰組だけに、隊からとして見舞いに行っていいと土方からも言われた。

途中、柚餅を自慢にしている鶴屋に立ち寄って土産にするつもりで屯所を後にした。道々に歩きながら、見舞いとはいえ鶴屋の柚餅は総司も好きな菓子である。余分に買っておこうと思っていた。

副長室で土方から指示を受けた時に、総司も同席していたので行く先は分かっているはずだった。しかし、鶴屋で柚餅を買い求めたセイは啓養堂に現れる ことはなかった。啓養堂には見舞いに行くと使いが出ていたので待ち受けていた店の者が、いつまでたってもセイが現れないために日延べしたのかと屯所に問い 合わせをかけたことで、そのことが知れた。

啓養堂の小者からセイがいつまでたっても現れないことを聞いた門脇の隊士は、すぐに総司の元へ走った。

「沖田先生、啓養堂の小者が来ています」
「はい?」

隊部屋でセイが帰るのを待っていた総司は、顔を上げた。幹部棟に通された啓養堂の小者がセイが来ないことを告げると、土方と総司の顔色が変わった。
今と違って、顔かたちが知れ渡っているわけではないにしても、セイは新撰組の幹部でもあり、一番隊組長の妻である。いつどのような者達に狙われてもおかしくはないのだ。

「総司。あいつは鶴屋に立ち寄ってから啓養堂に向かうと言っていたな」

土方が腕を組んで総司の顔を見た。啓養堂の小者が二人の顔つきに恐れをなして、自分が鶴屋に行きましょうか、と言いだした。それを聞いて、下手に騒ぎ立てるより小者に頼んだ方がいいと判断した土方は頷いた。

「すまぬが頼まれてくれるか」

土方の言葉に小者は、転がるように屯所を走り出た。それを追うように黙って総司が立ちあがると土方がそれを止めた。

「総司。待っていろ。すぐに今の啓養堂の小者が戻ってくる。それを待て」
「そういうわけにはいかないでしょう。騒ぎにするわけにもいきませんし」

静かに答えた総司に、土方が止めるまでもなく廊下にいた斎藤がすっと障子を開けた。総司の前に立ちはだかるようにして座った斎藤を前に、総司は仕方なくその場に座った。

「沖田さん。まだ帰りが遅いというだけだ。知らせを待とう」

斎藤の言葉に総司はため息をついた。徐々に屯所の中にもセイが戻らないという話が広がって、ざわざわと不安が広がり始めた。
そろそろ日が暮れ始めて、師走の冷え込みも重なって一層、その肌寒さが身に染みる。

 

しばらくして啓養堂から使いが来て、セイは鶴屋に立ち寄ったことまでは確認できたらしい。総司と土方のため息に斎藤が目を向けた。

「どう思う?総司」
「まあ、大丈夫だと思います。ちょうど私の一番隊が夜番ですからついでに探してみますよ」

思ったよりは取り乱していないものの、その心配や動揺は過去の例をみても容易に想像がつく。この二人に持ち込まれているということは後が面倒な気がして、斎藤は遅れたため息をついた。

 

 

その頃。

―― 絶対、総司様にも副長にも怒られる……

はぁ。

こちらもため息をついたセイが、どこぞの店の物置小屋に閉じ込められていた。

事の起こりは鶴屋にセイが立ち寄ったところから始まる。鶴屋は贔屓に大店の店を抱えており、上客が多い。
セイが見舞いの分と余分の持ち帰り分を頼んでいる間に、呉服問屋の井筒屋の娘、お鈴が店の下女と共に買い求めに現れた。
髪飾りや下女に手をひかれて現れた可愛らしい姿に思わずセイが微笑んだ。

「母上と父上の分と……」
「お嬢様、一番小さい包みをいただきましょうか」
「はい!」

どうやらお鈴が自分の小遣いで両親のために買い求めに来たらしい。店の者に自分の者よりお鈴の方を先にするようにセイはそっと頼んだ。鶴屋の者も心得たとばかりに、微笑んでセイの元には茶と菓子を運んできた。
運ばれてきた菓子を乗せられた懐紙のまま、きゅっとひねったセイはお鈴を手招きするとそれを握らせた。

「こんにちわ。ご両親の分のお買い物ですか?」
「はい!お小遣いをいただいたので、母上がお好きな柚餅にするんです」

五つくらいだろうか。にこにこと嬉しそうに答えるお鈴は菓子をもらってありがとう、と答えた。下女がすぐに近づいてきてセイに礼を言う。

「ありがとうございます。申し訳ありません。頂戴いたします」
「可愛らしい娘御ですね」

そういうと、下女が井筒屋の娘、お鈴であることをセイに告げた。それを聞けばなるほどと頷ける。
幼女ながら、身に着けていた着物は立派な品である。しかも、ただ高級なものということはなく、年相応の品に抑えているところが両親の心栄えが知れた。

お茶を飲んでセイが待っていると、お鈴の分とセイの分はほぼ同時に運ばれてきた。支払いを済ませると、店を出掛けにお鈴はきちんとセイの前に来きて頭を下げた。

「お姉さんありがとう!」
「はい。どうぞ気をつけてお帰りなさい」
「はい!」

後ろについていた下女もにこにことセイに会釈をすると、連れ立って店を出て行った。鶴屋の手代が奥からでてきて、セイに待たせたことを詫びたが、セイは気にしないでくれといって、お鈴達の後を追うように店を出た。
途中までは道が同じだったようで、先を歩くお鈴と下女の後姿を見ながらセイは歩みを進めた。

と、その時、脇道から懐手にして身なりがいかにも浪人です、といわんばかりの数名がお鈴と下女を見て、後をつけるように歩き出した。どうやら金に困った不逞浪士が身なりのよいお鈴の姿をみて金を引き出そうとでも思ったのか。

治安維持は新撰組の仕事であり、これまでにも色々な事を目にしてきただけに、セイは少しだけ足を早めてお鈴と浪士達がどう動いても対処できるように近づいた。

―― まずいなぁ。夕方までに帰れるかなぁ

昼を取ってからでてきたものの、呑気にこの後の心配ができるところがセイのこのところの落ち着きぶりを表していた。
しばらく歩いていくと、家に帰る近道なのだろう。お鈴と下女は大通りから一本、道を逸れた。途端に、浪士のうち二人がお鈴達の後をついて道を逸れた。

あたりに人が少ないのを見て取ると、浪士はそれぞれお鈴と下女を後ろから抱えあげた。悲鳴が上がり、大通りからは何事かと人々が目を向けたが、脇道の前に残った浪士が三人ほどニヤニヤと立ちはだかっている。推測はついても、その先がよくわからなかった。

「失礼」

セイは平然とその三人の脇を通り過ぎて、お鈴と下女を抱えあげている浪士達の元へ向かった。他の町人達が遠巻きに眺めている前をすたすたと通るセイに立ちはだかっていた浪士三人も呆気に取られて見送ってしまった。

「てっ、てめぇ、いい度胸じゃねえか。女!!何者だ、貴様」

確かに、今のセイは髪も伸びているし、月代もない。女物の着物ではあるが袴を着けているところで町人ではないこともわかる。腰に差した脇差から医者であることは浪士達にもわかったのだろう。

見張りに立っていた男達はセイも人質にと思ったらしく、捕えにかかった。さすがに浪士五人を相手にお鈴と下女を連れて戦うのは分が悪いと判断したセイは、素直に捕まって機を待つことにした。
近くの料理屋になだれ込んだ男達は、店の者を脅して座敷を開けさせた。セイとお鈴を物置に閉じ込めると、下女には脅迫の文を持たせて井筒屋にむかわせた。

どうやら、男達はお鈴が店を出てきたところから後をつけていたらしい。

 

– 続く –