挑発

~はじめのお詫び~

勝つか負けるかじゃないんだけど、意地っ張りは恋愛のスパイスっていうか。
BGM:Qeen&Elizabeth Love Wars
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

「う、わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

屯所中に響き渡るような絶叫に皆が何事かと集まってくる。
が、その場には真っ赤になった一番隊組長の姿のみ。

「沖田先生?どうしたんですか?」

組下の相田が心配そうに沖田の顔を覗き込んだ。

「や、あの、……なん、い、か……」

相当動揺しているのか、ほとんど何を言っているのかわからない。わかるのは耳まで真っ赤になっていることだけだ。

「何を騒いでる?」

巡察から戻った斎藤が人垣の向こうから現われた。かすかにため息をつく。この男がこれだけ動揺するとしたら、理由はわかりきっている。真っ赤になっているところからして、原因はあの小さいけれどいつも騒動のタネになる隊士が原因だろう。

そういえば、幹部棟だとしても、その当人の姿がない。

「神谷はどうした?」

さらにたたみかけるような斎藤の問いに、総司は赤いを通り越してどす黒いくらいになって、口元を押さえながら床の上にめり込んだ。

すぅっと障子があいて、その奥の客間からお里が顔をだした。かろうじて堪えているが眼尻には笑いすぎて涙が滲んでいる。

「失礼さしてもろてます。神谷はんならいらっしゃいますえ」

「?」
「あっ、斎藤さん駄目!!!」

斎藤が、お里が顔を覗かせた部屋へ向かおうとするのをがしっと足を押えた者がいる。総司がはっしと斎藤の足を掴んでいるのだ。どす黒い顔はそのままで。

「うるせぇな!!何騒いでやがる!!!!」

そこに、幹部棟の奥から土方が現れた。どうやらこの騒ぎの元になる出来事を知っているらしい。顔を出していたお里に気づき、軽く頷いた。

「御苦労です。支度はできましたか?」
「はい。ご期待以上やと思いますえ」

さすがに土方を相手に、かつての天神を思わせる応対っぷりでお里がすっと体を引いたように見えた。その瞬間、土方が部屋の中を覗いたようで…………—–

……ぼむっ

音がしそうなくらい、鬼の副長の顔ががっくんと大きく壊れた。あんぐりとあいた口がふさがらないようだ。

「土方さん!!!!!」

怒り狂った総司が斎藤の足から手を離して、土方に詰め寄った。他の隊士の手前、ぼそぼそと声を落として何事か文句を言っている。真っ赤に赤面した男と土方が声を潜めて文句を言いあっているが、周りの面々には全く事情がわからない分、苛立った斎藤が二人の隙をついて障子をすらりと開いた。

「「「「………!!!!!!!…………」」」」

そこには、かつての特命で女子姿をしたセイが、再びいた。土方の命令で女子ならばどんな身分の宴席に侍ることもできるために、その訓練をしろと言いつけられて渋々従ったセイの姿。

着付けや立ち振る舞い、もろもろの指南役にお里を招き、わざわざ屯所で支度をしたのは、休息所でするとなればまともに鍛練しないのでは、という疑いをもったからだ。それに、前回の特命では、斎藤でさえ女子姿のセイに惑わされ、まっとうな分別を誤った。となれば、他の隊士たちを含め、セイの任務姿に惑わされぬようにする必要があった。

ところが、それを上回ってしまったのがこの女子二人である。お里は勿論協力することにやぶさかではなかったものの、この際、総司にセイのために少しでも覚醒してほしかったのだ。そこで、嫌がるセイに着付けや髪結いをしながら切々と言い含めた。

「あんなぁ、おセイちゃん。任務なんやから仕方ないかもしれんけど……それやったらええ機会やない?」
「お里さんってば!!絶対鬼副長の嫌がらせだってば!!!」
「落ち着いて、おセイちゃん。ここで騒いでもどうしようもないやろ。それより、ここでおセイちゃんの姿が変装の腕前のせいやと思てもろたらかえって疑われなくなるんちゃう?」

はた、とセイがお里の顔を見た。確かに、ただ似合いすぎるのではなく、土方や皆の予想以上だったら、これがうまく変装できるせいだと思ってもらったら。もっと自分でもできる仕事があるかもしれない。
武士が女子姿などあり得ないのだが、それも特命として役に立てるのだと思ってもらったら華奢だ、女子のようだと言われることも役にたてるなら。

一瞬迷いが生じた。
そこに、お里が言う。

「それにな、お仕事なんやろ?そやったら、普段のおセイちゃんを知ってはる皆さんも驚くくらいになってみたらどない?」

ということで、お里の尽力と一瞬でも女子としてみてもらいたいというセイの気持ちから今に至るのである。
太夫となれば、どこの店に誰がいるかは当然知られているが、天神であれば誤魔化しがきく。

そこにいたのは、天神姿で悔しさと恥ずかしさに薄っすらと頬を染めて、潤んだ目を向けているセイの姿があった。セイを探しにきた総司がうっかりと事情を聞く前にその姿を見てしまったのだ。それがあの絶叫である。

さらに言いつけた土方もあまりの姿に唖然としてしまっただけでなく、斎藤やそのほかの面々も赤面するくらいの美女振りである。ふと、お里がセイを促した。襟足に塗られた白粉も艶っぽく、広めに開かれた胸元の半襟と襦袢が恐ろしく色っぽい。

ふうっと息を吸い込んで、お里に教えてもらったように柔らかな所作で手をついた。

くらり…………………………ごくり……………

その場にいた男たちの全員が思わず、引き寄せられて、こくっと喉を鳴らした。
いち早く立ち直ったのは最も女慣れした土方だった。

「………!!てめぇら!!散れ!!!!これも仕事なんっ……」

言いかけた土方に、背筋が凍るような殺気を向けてきたのは、はじめにこの姿のセイをみた一番隊組長である。冷ややかな冷気と怒気をまき散らして、土方を睨みつけている。

「……~っわかった!!!!神谷っ!!特命は中止だ!さっさと着替えて女を送ってけ!!!」

セイの姿を隠すように、土方は障子を閉めて足音も高く自室に引き上げていった。
まだ衝撃の冷めやらぬ隊士たちが、徐々にその場から離れるなか、原田や永倉、藤堂の三人は腕をくんだまま、顔を見合わせると、ぱっと廊下にかがみこんで障子の隙間をうかがった。

「か~み~や~。もう一遍だけ拝ましてくれ~~~」
「俺も~~~死ぬまでにもう一度~」

斎藤はその姿に『俺も見たいぞ!!神谷!!』と思ったものの、その姿を他の男らに見られるのがものすごく嫌だと思った。同じことをすぐ隣で、もっと殺気をこめている男が一人。

3人組が妖気漂う1番隊組長と3番隊組長に追い払われるのはそのすぐ後のことで。

室内では。

「ひ~~ん。お里さ~~ん。やっぱり変だったんだよ~」
「そやないて。皆さんあんまりおセイちゃんがきれいやて驚いてはったんよ」
「そんなことないよ~絶対、沖田先生呆れてたよ~」

半べそをかきながら着替えるセイに、お里はため息をつく。

―― 困ったもんやなぁ。どんだけ自分が人目を引くくらいの女子か自覚がないのも困りもんや

「失礼、お里さん」

襦袢姿のセイと小物をしまっている最中のお里がびくっと驚いた。障子の向こうから総司の声がした。
障子をあけることなく、そのまま声が続く。

「支度ができましたら、私がお送りします。ここにいますので、声をかけてください」

その部屋の主を守るように、廊下に座った総司は障子を背にして瞑目した。
室内のかすかな衣ずれの音に全神経を集中しながら、閉じた目の奥で先刻の姿を思い浮かべる。
潤んだ目が一瞬見上げたのは自分。

「沖田先生」

しばらくして、すらりと開いた障子の間から、いつもの若衆姿のセイが現れた。本人は気がつかなかったが、ちらっと総司が首元に視線を向けた。

「お騒がせして申し訳ありません。大変お待たせしました」
「行きましょう。私も一緒に送りますから」

そう言って、お里を家まで送り届ける間、なんとも気まずい空気で言葉も弾まず、後でまた連絡すると、お里に伝えて、早々に引き返した。その帰り道。

「ちょっと寄り道しませんか」

そういう総司の後をついていくと、いつもの川面の傍へ。
すとんと定位置に座った総司が、手を引いて隣にセイを座らせた。そのままじっと総司の目がセイを見つめる。

思わず赤くなって、目を逸らそうとしたセイの頬を、伸びてきた手が押さえた。見つめる目がいつもとは違う何かをセイに伝えてくる。堪え切れなくなってセイが目を伏せようとした時。

「さっきの神谷さん。とても綺麗でしたよ」
「……えっ」

セイの頬を滑り落ちた手が、そのまま背中にまわされて思いきり抱きしめられる。急に、正面から抱きしめられて、避けることも逃げることもできず、首筋からさぁっと朱が走る。

「お、沖田先生?」
「だめですよ。神谷さん」

耳元で、いつもの柔らかい穏やかな声とは違う、低い男の声がする。抱きしめた腕はそのままに、総司は唇を寄せる。

「いつも、傍にいるって言ってくれるのに、ああいうときは私の知らないところで、他の男の言うなりになるんですね」

ほんのりと赤みがさしていた頬から耳までが、今度ははっきりと赤くなる。それを見ながら、総司は耳朶に唇を這わせた。

―― 本当にこの人は。男というものを分かっていない

いつも、いつも邪気のない笑顔で、ふとした仕草でこちらの心中をかき乱していくのに。
知らぬ顔で己の挑発に気づかない無邪気な貴女。

這わせた唇をそのまま首筋にそって、鎖骨まで辿る。

「……ち、ちが……います。あれは……副……長が」

微かに震えながら、それでも思いきり押さえ込んでいるせいか、抵抗せずにいるセイが懸命に伝えようとしてくる。顔をあげると、今にも泣き出しそうな目とぶつかった。

「誰に言われても一緒です。貴女は私のものでしょう?」

くすっと笑って、軽く瞼に唇を寄せた。今度は、ぎゅっと目を瞑ったセイに、低い声が追い立てる。

「白粉の匂いがまだしますね」

出がけに気がついた、落としきれなかった白粉の跡。首筋の、襟で隠れるか隠れないかの辺りを唇でたどり、ぺろりと舌で舐めた。びくっと身を引こうとする体を引き寄せて、そのまま強く吸うと赤い花びらのような跡が残った。

「お、きたせんせい……」
「印をつけときましたから。もう、あんな姿も今みたいな無防備な貌も、他の誰にも見せないでくださいね」

柔らかい耳朶を最後に軽く噛むようにして、言い聞かせる。それでもきっと、この人はまた、無邪気に同じことを繰り返すだろうけど、そのたびに追いこんで駆り立てて、いつか本当にこの腕の中に捕まえるまで。

腕の力を緩めると、細い腕が押しのけるようにして目の前から離れていく。自分の頬と唇がなぞった首筋を押えて、セイが身を離した。

我知らず挑発するこの獲物を、狩りたてていく。
総司は、自分の中の雄を感じてますます離せなくなる愛しい人をどうやって手に入れればいいのか、本気で考え始めていた。

– 終 –