紅葉の伝言 2

〜はじめのお詫び〜
ごめんなさい。前後編は嘘ですね。5話くらいいきそう。

BGM:土屋アンナ 暴食系男子

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「どうしてあげたらいいかわからないんですよ~」
「情けないこと言うなよ…」

総司の嘆きに全員が頭を抱えた。いくらなんでもあまりに情けないだろう。背中を丸めるようにして、手酌で飲んでいる総司を皆が呆れた目で見ている

「そもそも、何をどうしたらいいのかわからんのだ」
「……なんというか…その…」

口ごもった後に総司はぼそぼそと言い始めた。

「あの人、眠りながら泣くんですよ。でも、本人は自覚がないから起きれば一生懸命笑うし、いつものようにしようとするんです。辛いなら辛いって言ってくれればいいのに、そんなこと一言も言わないで大丈夫だって言い張るんですよ」

「「「ああ…神谷ならなぁ…」」」

その場にいた者達が全員同じ感想を口にした。確かにセイならばそれはやるだろう。
そして、何でもないと言い張るだろう。それが分かっていても、今回ばかりは、女子の心の傷に触れるために分かっていてもそれを口に出すのも憚られる気がするのだ。

「大丈夫っていうのが嘘だって言ったら、それはそれであの人をまた追い詰めちゃうじゃないですか。だったら後は、話には触れずにいつもどおりにしているしか……」

頭を抱えた総司に、セイを知るだけに皆が同じことを考えた。

「あのさ、例えばこう、櫛とか簪を買ってあげるとか何か気持ちが変わるようなことしてみるとか?」
「おう、それそれ。着物の一つや二つ作ってやればいいだろう」

どんよりとした総司が、恨めしそうに藤堂と永倉を見た。

「そんなの考えましたよ。お里さんに頼んで選ぶのを手伝って貰って」

長い髪に合うように、櫛を選んでセイに渡したところ、セイは嬉しそうな顔をするどころか、困った顔をしていた。

「ありがとうございます。あの、とても嬉しいんですが、気を遣わないでくださいね」

そう言うと、その櫛を大事そうに胸に抱えていたが、結局それはいまだにセイの髪にはさされていない。確かに、今のセイの結い方では使うことはできないのだけれど。
結局、その後の着物もセイにやんわりと却下されて買わず仕舞いになっていた。

「むー。そりゃ手強いな」
「確かにあいつはそういうところがある」

斎藤までもが、思わず同意してしまった。セイの性格を皆が知るだけになかなか一筋縄ではいかないことが容易にわかる。不器用な総司なりに、なんとかしようといつもどおりにしながらも務めて平静にしていた努力を聞くと、皆が唸ってしまった。

「あれっ、じゃあさ、まさか…」

藤堂ががばっと総司の首を掴んで耳元で何かを聞くと、そのまま総司が真っ赤になって取り繕い始めた。

「いや、それはっ!!ちがっ、あの、だからですね」
「えぇぇぇぇぇ!!!!」
「ほんとにちょっと待って!!こんなのあの人にバレたら殺されますよぅ!!」

二人の会話に、察しのいい兄分二人は笑うどころか心底心配そうな顔になった。斎藤だけが憮然としている。
話を持ち出した藤堂がそのまま追及すると、総司が畳にのめり込みそうになって、懇願した。

「なんでそんなことになってんのさ?」
「ほんっとに勘弁してください!!こんな話をしたってばれたら私、本当に家に帰れなくなりますよ」
「いいから!だって、襲われたって言ってもそういうんじゃなかったんだろ?なんでさ?」

 

確かに、セイは女子として襲われたわけではない。
ただ、あの後、一度セイから望んで抱かれた時、ひどく痛がって辛そうにしていた。それから、セイが怯える様子に男の自分が思う以上に心の傷が深いことを否応なく思い知らされたのだ。
総司を拒否しているわけではないのはわかる。だが、夜になれば怯え、緊張に強張る体を無理に抱くことはできなくて、胸に抱えて眠るのが精一杯だったのだ。
それさえ、最近になってようやく腕に抱えられても落ち着いて眠ってくれるようになったのであって、直後はピリピリと張りつめた神経に、ほとんど眠らずに過ごしていたことを知っている。
知っているということは自分も眠れずに起きていたということでもあるのだが。

こればかりは時間をかけるしかないと分かっていても、男としては辛いこともある。

 

「そりゃ……まあ、そうだろうねぇ」

心配というより、同情の視線が総司に集まる。一人、飲んでいた酒がなくてなって、追加を頼むと、一番飲んでいた総司に藤堂が酒を注いだ。

「ごめん。俺、のけ者だったなんて拗ねてたけど、神谷のこと考えてあげてなかったよ」
「いいんですよ。あの人も藤堂さんに、皆に嫌な思いをさせたくなかったんですから」
「そうかもしれないけど……、旦那の総司にまで甘えられないんじゃ……。時間が解決するのを待つしかないのかな」

ぐいっと注がれた酒を飲んだ総司は、確かに酔いたかったのだろう。そのまま、次の酒を注いだ。

「今日、一人で帰っていてくれって言ったら、ほっとしてたんですよねぇ……。一緒にいて守ってあげたいんですけどねぇ」

一緒にいたい、守りたい相手に、傍にいないことを安堵されてはさすがに辛いだろう。それも無意識なのだからよけいに始末に悪い。
二人でいる時も、眠るときに総司が抱えて眠るくらいで極端に総司に近づかれることに怯えているセイに無理に近づくこともできない。

切ない気持を理解したのか、それからあとは皆がその話題に触れずに酒をひたすら飲み続けた。
原田は酔い潰れてしまい、永倉と共にそのまま寝てしまった。藤堂は屯所に戻るといい、斎藤と共に、こちらも酔い潰れた総司を家まで担いで行った。

 

そんなに遅くならないといいながらも、四つを過ぎても帰らない総司をまってセイは夜着に着替えずに待っていた。

久しぶりに一人で夕餉をとり、それから総司の着物に火熨斗をあてて、思い立ったように香を移していた。屯所に置いておくための着替えと、幾日か分の着替えを整えて、ついでに自分の着物の手入れをしてもまだ総司は戻らなかった。

床の支度はしてある。先に休んでいたとしても総司は怒るような人ではないのは分かっているが、セイはほつれのある総司の稽古着を繕いながら待っていた。

 

家に近づく足音で静かな夜半に誰かが訪れたことがわかる。
針をおいて、玄関に出ると、斎藤と藤堂が総司を担いでいた。

「遅くにすまんな」

斎藤がそう言うと、セイ一人では抱えていけないだろうと、部屋まで総司を運んでくれた。斎藤も藤堂も相当酒気が匂うだけに、総司が潰れているのも珍しいとはいえ、不思議ではない。

セイは、急いで冷たい水を汲んで二人に差し出した。

「お手数おかけして申し訳ありません。先生方も明日は普通非番じゃないでしょうに……」
「たまにはこういう日も必要だよ」

二人とも、だいぶ肌寒くなったとはいえ、揚屋から屯所近くのこの家まで総司を担いできたのだ。額にはうっすらと汗をかいており、うまそうに水を飲んだ。
飲み終えるとセイに総司の刀を渡して、玄関に向かった。

「すみません。ありがとうございました」
「気にするな。じゃあな」

斎藤がいつものように、セイの頭をぽんぽんと叩いてから藤堂とともに屯所に戻って行った。
セイは、床に寝かされた総司の傍にいくと、袴だけはなんとか脱がせると、布団をかけてその傍に座った。

灯りを落とした部屋の中で、総司の髪をセイがそっと撫ぜた。

「気を遣わせてごめんなさい……」

総司が眠っているからこそ、セイはそう呟いた。

 

 

– 続く –