紅葉の伝言 3

〜はじめのお詫び〜
いくら野暮天でも男同士の飲みの話題なんか知れてますよねぇ(笑

BGM:土屋アンナ 暴食系男子
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「おはようございます。総司様、起きられます?」

頭が重くて、瞼が持ち上がらない。
くすくす笑っている声の主が仕方なさそうに一度離れると、すぐに戻ってきた。額から目にかけて冷たい手拭いを乗せられて、夢の中から戻ってくる。

「うわ……なんだろう」

まだ覚醒するには間があるようで、そう寝覚めの悪いほうではない総司は自分が今置かれている状況を思い出そうとした。濡れた手拭いに手を当てると、それを持ってきてくれた手が頬に添えられた。

「冷た……っ」
「起きないと遅れちゃいますよ?」

手拭いを押し退けると朝の光が目に突き刺さるようで、総司は目を瞬いた。セイが笑いながら覗き込んでいる。

「飲み過ぎたんですよ、総司様」

セイにそういわれて昨夜の記憶が戻ってくる。そういえば溜め込んでいた鬱憤を晴らすように珍しく過ごしすぎてしまったようだ。帰ってきたときの記憶がまったくない。

「斉藤先生と藤堂先生が運んできてくださいました」

昨夜の記憶を思い出している総司にセイが笑いながら教えた。そんな姿など、初めて見たのだ。うわぁ、といいながら頭を抱え込んでいる総司の手を引いて上体だけ起こさせると、セイがもう一度繰り返した。

「お辛いと思いますけど、起きてくださいね。遅れちゃいます」

ぱたりと落ちた手拭いを持ってセイが台所に去った。
記憶がないほど飲むなんて本当に久しぶりで、総司はまだ重い頭を振って起き上がった。
ぼーっとしたまま顔を洗うと、セイが膳の上に乗せたのは味噌汁だけだった。

「多分、まだ召し上がったりできないでしょう?根深汁にしました。気をつけて召し上がってくださいね。熱いですよ」

本来の根深汁ならばぶつ切りのネギのところだが、それさえも億劫だろうと思ったのか、細かく刻んだネギが沢山入っていて飛び上がるくらい熱い汁をふーっと吹きながらすすり込むと、まるでタガで締め付けられていたような胃と頭が一気に覚醒した。

「はぁ・・・覚えてないんですけどそんなに飲みすぎましたかねぇ……」
「そのようですね。総司様がこんなになられるの、初めて見ました」

そういうと、自分はもう済ませたのかセイは総司の傍に座っている。徐々に覚めてきた頭でセイを見ると、にこっと笑い返して来た。
昨夜の話題が思い出されて、総司は気まずそうに視線を逸らした。

だるい体のまま着替えを済ませると、セイと共に総司は屯所に向かった。屯所では原田と永倉がぐったりとしていた。斉藤と藤堂は朝稽古を済ませたらしい。
酒を抜くために総司は稽古着に着替えて、道場へ向かった。

 

セイはいつものように診療所で仕事を始めた。
といってもその日の患者は二日酔いの永倉と原田の二人である。これが土方に見つかれば間違いなく雷が落ちるだろう。くすくすと笑う小者に頼んで、二人のためにわざわざ熱い味噌汁を作ってきてもらった。

「飲みすぎですよ?お二人とも」
「そうは言ってもよぅ。総司だって二日酔いだろ?」
「みたいですね。でも稽古に向かわれたみたいですよ」
「俺らはあいつみたいに若くないの」

よくわからない言い訳を口にして、二人は味噌汁をすすると再び横になった。
寝かせておけばそのうち酔いも抜けるだろう。静かに放っておくように言うと小部屋に入って、書き物を始めた。
しばらくして、傍に置いてある文箱に入れておいた紅葉の枝にあっと思い出す。昨日とどいた文の返事をまだ書いていなかった。

セイは立ち上がると、半間ばかりの押入れを開けた。小柄で羽目板をはずすとそこには総司にも秘密にしてある文箱が一つ。
その中から一番上の結び文を取り上げると残りは元通りに仕舞った。

祝言の日に届けられた貝合わせの道具に添えられた文のあと、総司が礼の文をしたためて届けてはいたが、表向きはそれきりになっている。
しかし、実はセイ宛に非公式な文が定期的に届くようになったのはいくらもしないうちだった。
初めて届けられた文同様に、戯れ歌や戯言付きで届く文を総司に見せられるはずもない。もちろん、総司にも他言無用にしろと書かれている。
しかも、届くたびに高価な簪や櫛が添えられていたり、時には甘味が添えられていることもある。さすがに食べ物は頂いたものの、簪や櫛は丁寧な礼と共に送り返していた。

そして、先日の怪我の後、落ち着いた頃を見計らったかのように文が届いた。
セイの怪我を心配する文に大丈夫だと、どうせ経緯は耳に入れているのだろうけれど、かいつまんだ話を書いてわざわざ屯所の外に文を出しに行った。
当然、若州屋敷宛ではなく、指示されたとおり新門一家が滞在する京の屋敷宛に送った。それだとて、かなり危険だと思わなくもなかったのだが。

いくらなんでも、浮之助本人にすぐに渡るとも思っていなかったところが、すぐに本人から返事が届けられ、滋養になるといって高麗人参が添えられていた。
これにはさすがにセイも驚いて、近況を知らせる代わりにこんな高価な贈り物はやめてくれと書き送った。

それから一度はその後の様子を送ったものの、相手を考えるとなかなか出しかねていたら、催促の文が届いたというわけだ。

いつの間にか半年を過ぎた最近まで続けられてきた文となると、もう総司にも本当に言うに言えなくなってくる。
まじめに書いているわけでもないだろうが、この文の内容を目にした総司が怒らないはずがない。
こんなものを家に持って帰るわけにも行かないために、返事を書くにもここで書くしかない。

顔を見せろといわれても、清三郎であれば揚屋や貸し座敷へ上がることもできただろうが、今のセイではそれも難しい。

どう返事を書くか迷って、結局体調は元に戻ったから心配しないでください、と書くだけに留めた。
とにかく返事を出すことに気を取られて、そのままセイは文を懐にしまって、外出してしまった。

 

その姿をたまたま午後の巡察に出ていた総司が見かけていた。

「ちょっとすみません。このまま先に進んでくださいね」

山口にそういうと、総司は町飛脚をわざわざ頼んでいるセイの元へ向かった。

「神谷さん、お使いですか?」
「ひゃっ、ああ、沖田先生っ」

すっかり一番隊の巡察のことを忘れていたセイは、飛び上がるように驚いた。あまりの驚きように、総司のほうが不思議そうな顔をした。

「どうかしました?」
「いえいえいえいえっ、ちょっとびっくりしただけです。あ、じゃあお願いします!」

そういうと急いでその場から総司を連れて離れた。久しぶりに傍にいても平気そうなセイが嬉しくて、総司は深く追求せずにセイの後をついてその場を離れた。

「沖田先生、巡察お疲れ様です」
「神谷さんこそ、お使いなんて減ったんじゃないんですか?」
「あ、ええ。ちょっと」

言い淀んだセイに、総司は頷いた。セイの文使いとなると、近藤や土方達の内密なものなのだろう。
ぽんぽん、と頭を軽く叩いてじゃあ、というと総司は巡察に戻っていった。

セイはその後姿を一抹の後ろめたさを感じながら見送った。

 

 

 

 

– 続く –