紅葉の伝言 4

〜はじめのお詫び〜
瞬間沸騰型の旦那ってこわっ。まあ、それも嫁さんの方が怖い気がしますが!

BGM:土屋アンナ 暴食系男子

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夕刻、仕事の終わった総司が診療所の小部屋に行くと部屋の主は不在で、小者の話によると、薬種問屋まで外出したらしい。
もうまもなく戻りますよ、といわれて小部屋ではなく小部屋の外に面した階段に寄りかかるように座った。いくらか冷たさのまじり始めた風が吹く。
そこに座って初めて部屋の中にあった赤に気づいた。

紅葉の一枝だ。

―― どうしてこんなところに

黒谷ならば、朱に染まりだした枝もあるだろうが、まだこの辺りではここまで赤くはない。

―― 後でセイが戻ったら聞いてみよう

そう思いながら部屋の入り口でぼうっとセイの帰りを待っているところに、小者が現れた。

「沖田先生、神谷さんは」
「ちょっと薬種問屋さんに行ったみたいですよ。もうすぐ帰るようですが」
「そうですか……」
「どうしました?」

総司が聞くと、小者は慌ててなんでもないと言って去っていこうとするのを引き止めた。

「ちょっと待って!なんです?一体」
「あー……いや、その使いがきていてですね。いつも直接神谷さんに会って渡すといわれているので……」
「使い?」

言い難そうにしている小者から聞き出すと、表に出た。そこには、使いだといって町人風の男が立っていた。

「すみませんが、神谷さんは外出していてもうすぐ戻るところなんです。貴方は?」
「そうですか。それでは又明日にでも寄らせていただきますので」
「私は一番隊組長の沖田です。神谷さんへの伝言なら代わりに承りますが?」

にこにこと笑みを浮かべた男は、商人風ではあったが、明らかに町人ではない匂いがした。わざと名乗った総司に、穏やかに首を振ると、ご本人さんにお伝えするようにいわれていますので、といって頭を下げた。

「それじゃあ、貴方が来たことだけでも伝えておきますよ」
「いえいえ、それには及びません。又、寄らせていただきます。失礼致します」

そういうと、一分の隙もなく男は帰っていった。総司は門内にもどると先ほどの小者を捕まえた。

「今の人は誰ですか?いつも来るんですか?」

困った顔で小者は、セイに誰にも言わないでくれと頼まれていたことを話した。

「時々、文を届けにみえるみたいで……、その……たまにですけど」
「それ、いつからですか?」
「さぁ……。かれこれどのくらいですかねぇ」

総司の様子にまずいと判断したのか、小者はそれ以上はよくわからないと言葉を濁した。
自分の知らない文が届いている。
このところの気を遣い過ぎた疲労感から妙に総司は苛立った。

眉間に皺を寄せた総司が、セイに関してだけは理性の外にあることを隊内で知らないものはいない。
小者は慌てたように逃げ出したのと入れ替わりでセイが戻ってきた。
外を回って小部屋に戻ろうと歩いてきたセイは外にいた総司を見て、急ぎ足になった。

「沖田先生、すみません。お待たせしましたよね。思ったより手間取ってしまって」
「お帰りなさい」

総司を待たせているだろうと思って急いで帰ってきたセイは、そこにいた総司の姿に申し訳なさが先にたって総司が不機嫌そうなことに気づくのが遅れた。荷物を置きに小部屋に入ったセイの後について小部屋に入った総司が後ろ手に部屋の障子を閉めた。
荷物を置いたセイが、顔を上げると総司が障子の前に立っている。

「沖田先生?」

どうしました?といいかけたセイに、眉間に皺を寄せてはっきりと機嫌の悪さが見て取れる総司が使いが来たことを口にした。

「貴女に直接伝えるのだと言ってましたよ」

さっと、セイの顔色が変わった。静かに総司がセイに近づいていく。

「時々現れるそうですね。どういうことですか?何処の誰です?」
「あ、あの……」
「言い訳は聞きませんよ。この紅葉ももしかしてその使いの方が持ってきたものですか?」

普段は、恐ろしいくらい鈍いのにセイに関してだけは驚くほど鋭い。
セイの視線が彷徨った先にあった紅葉がそうだと察した総司は、ぐいっとセイの腕を掴んだ。

「総司?何してんだ?」

先ほどの小者が総司の機嫌が悪くなったことでまずいと思ったのか、通りかかった原田と永倉を呼んだらしい。外から障子を開けて二人が顔を覗かせた。
わざと呑気な口調で原田が割って入った。

「なんだよ、穏やかじゃねぇなぁ」
「放っておいてください。私とセイの問題ですから」
「おおっと、いきなり旦那に戻るなよ。ここにいる間はまだ神谷だろう?」

そういうと、原田はセイを掴んでいた手を離させた。原田が小声でどうした、とセイに言うと、セイが首を振った。

「すみません。先生方。なんでもないんです。私がちょっと沖田先生を怒らせてしまっただけなので」

そういうと、セイは薬種問屋から持ち帰った荷物を置いて、急いで帰り支度をした。気まずそうに原田と永倉は総司とセイをかわるがわる眺めたが、セイがいいというのでは仕方がない。
不意に、総司が動いた。
半間の押入れに向かった総司が、小柄を抜いたのは一瞬で、すぐに羽目板をはずしたのが見えた。セイが慌てて駆け寄った。

「ちょ、ちょ、待って!!」

呆気にとられた原田と永倉が見ている前で、羽目板の奥から総司が文箱を取り出した。小柄を持ったままの総司にセイが手を伸ばしたために、ぴっと手を切ったものの総司の手から文箱を取り返した。
畳の上に、セイの手から血が落ちた。

花や枝に結ばれた文は恋文と相場は決まってる。説明しなことにはとんでもない誤解を生んだままになることは分かっていても、今ここでこの文箱を開けられるわけにはいかない。二人だけならまだしも原田と永倉がいる。

「貴女にそういう人がいるとは思いませんでしたよ」

そういうと、そのまま総司は小部屋からでて行った。文箱を抱えたまま、セイは立ち竦んでいた。このところのぎくしゃくした二人の間だけに、すぐにはどうしていいか思いつかなかった。
総司の後を永倉が追いかけて行き、原田はセイの手に懐から手拭を出して、切った場所にきつく結んだ。

「お前、何やってるんだ」

原田の顔にも明らかに不機嫌さが漂っている。確かに、今目にしたことだけでいえば、セイをずっと心配している総司がいるのに、誰とも知らない相手から文を受け取っているのがばれたのだ。
酔い潰れるほど総司が酒を飲んでいたことを考えてもセイがしていることは原田には裏切りに思えた。

「総司じゃなくても呆れるぜ」

そう言い残すと原田も小部屋を出て行った。
一人、残されたセイは片手で大事に抱えていた文箱を思いきり叩きつけたい気になった。

 

 

 

– 続く –