紅葉の伝言 7

〜はじめのお詫び〜
うっきーのお妾さんはセイちゃんに似ている気がしますー。

BGM:土屋アンナ 暴食系男子

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三日後、屯所に紅葉の枝に結び付けられた文が届けられた。

あの町人が何者かは一部の幹部を除いて極秘とされたがさすがにただものではないことは伝わっている。使いの者の扱いも格段に変わった。門脇の隊士がひどく丁寧に、セイが不在のため誰に取り次げばいいのか尋ねた。

笑いを噛み殺した使いの者は総司に取り次いでくれるように頼んだ。

隊士に呼ばれて総司が転がるように隊士棟から出てきた。
その総司に使いの者は紅葉の枝を渡しながら、伝えた。

「来迎寺までおいで下されば、若がお待ちしております」

来迎寺は若州屋敷の近くで新門一家が分宿しているひとつである。そこで浮之助が待っているというと、使いの者は帰って行った。
本当ならばあの翌日から非番のはずだったが、それも取り上げになっていたために、総司は隊士部屋に戻って羽織を手にすると副長室へ向かった。

「土方さん」

総司が障子を開くと、ぎろりと土方が睨みつけた。

あの後のことは思い出したくもない。急いで緘口令を引き、一部の幹部を残して全員を幹部棟から去らせた。
その上で、セイや総司が浮之助として懇意にしていたことを聞き出すと、近藤は胃痛を、土方は頭痛を訴えた。もっとも、浮之助が誰であるかが分かった時点で、セイが隠していたことは皆が納得した。

特に、セイが読むなら読め!と置いて行った文箱を開けた総司は震える手で一つ一つ開くたびに目眩がしそうだった。さすがにこれは他の誰にも見せられないといい、しまいこんだものの、それをセイが総司に言うに言えなかったことも理解した。

結局、総司とその場にいた永倉、原田は散々土方に油を絞られて向こう一月の非番なしを言い渡された。

そして、その日の夕方、全体集会を開き、隊内に土方が厳重な緘口令をひいて、この件に関する一切を口にすることを禁じた。その上で、近藤が、誤解を生む状況だったのは仕方がないとしてもセイに対して問題のある態度をとったものはきちんと謝罪をするように、と付け加えた。

それ以来、土方はひどく機嫌が悪い。

「あのぅ……あの方から文がですね……」

ぴくっと土方の眉が上がった。こめかみに青筋がたっている。

「来たのか」
「はぁ……」
「で?」
「来迎寺までお呼びだそうで……」

はーっと盛大な溜息が聞こえた。それはそうだろう。総司とてため息ならいくつでもつけそうだ。

「……行って来い」
「いいんですか?」
「良いも悪いもあるか!!この赤っ恥さらしやがって!とっとと嫁を連れて帰ってこい!」
「そんなに怒らなくったって…もう充分過ぎるくらい怒ったじゃないですかぁ」

ぶつぶつとこぼしながらも再び立ち上がって、部屋から出ようとした総司に、土方がぼそりと言った。

「明日までは暇にしてやる。ちゃんと明日には連れて帰ってこいよ」

なんだかんだと言いながらも、土方もやはりセイには甘い。
総司は肩をすくめただけで副長室を後にした。

袂に入れていた紅葉の枝を取り出すと、文を外した。

『そろそろ頭も冷えたか?こちらも少しは頭が冷えたようなので迎えに来なよ。  浮

追伸』

ほとんど一筆箋のような文だったが、最後に付け加えられた一文を読むと、総司はぴくっと土方ばりに、こめかみがひくついた。
文だけを懐に入れると、手にしていた紅葉の枝は悔し紛れにぱしっと中庭に投げ捨てた。

 

 

総司が来迎寺に向かうと、松蔵が待っていた。

「どうもご足労おかけしまして」
「とんでもありません。こちらこそ色々と……」

すぐに一室に通された総司が待っていると、浮之助本人ではなくお芳が現れた。

「お待たせしてすみません。新撰組の沖田様、ですね」
「あ、はい。お芳さんですね。ご面倒をおかけしました」

総司が頭を下げると、じいっとお芳は総司を見つめている。しばらくすると、ぷっと吹きだした。

「ああ、すいません。浮之助さんからうかがっていた通りだったのでつい」
「なぁ?お芳。この平目はしなびてるだろう?」

襖の蔭から浮之助本人が現れた。相変わらずにやにやと意地の悪い笑みを浮かべている。先ほどの文を思い出すと、眉間に皺がよりそうになるが、ぐっと堪えて総司は待った。

「よく来たね。頭は冷えたかい?」
「おかげさまで」
「ふふん。アンタが悋気おこして清三郎に当たりつけたって顔でも眺めてみたかったねぇ」
「……神谷さんはどこですか?」

わざと浮之助が挑発的なことを言っているのだとは分かっていても、どうにも不愉快さは拭えない。
しかし、いつもと様子がちがって、浮之助はお芳に柔らかな笑みを向けた。

「どうだ、この辺で教えてやってもいいかぃ?」
「ようござんす。これで、悋気の矛先も間違ってるようなら、おセイさんは帰さないところですけど反省してるようですしね!」

ふん、と腰に手をあててお芳が元気よく言った。確かに、火消しの娘らしい元気の良さが漂っている。そのままお芳は部屋を出て行った。すぐに手下の者がお芳の言いつけで酒を運んできた。
腕を組んでいた浮之助が総司の目の前に座り込んだ。

「だそうだ。よかったな。お許しが出たぞ」

そう言って浮之助は屈託なく笑った。

「清三郎から事情を説明しにきてくれと文がきて、あいつにもその話をしたら、えらい剣幕でな。俺の方がどやされる始末さ」
「そうだったんですか」

運ばれてきた酒にさっさと手をつけながら浮之助は総司に向かって言った。

「お前、大事にしてやんなよ。さんざん恋い焦がれた嫁だろ?だからこそってのもあるんだろうけどさ。そこはあいつの夫らしくもう少し器のでかいところみせてやんなよ」
「……はぁ」
「お前は幸せ者だよ。命がけで守る主君と命がけで守り、守られる女がいる。お前の様なやつがこの先時代がどう変わろうとも、世の中を作っていくんだ」

浮之助の言葉は重みを伴って総司に届いた。何一つ思い通りに進めることができないはずのこの人が、こうして仮初めの姿でいられるときこそ、貴重な一時だろうに、その時間の中に自分やセイも含まれている。
総司は、深く手をついて頭を下げた。

そこに、お芳が戻ってきた。
浮之助の隣に座ると、総司に向かって文を差し出した。

「浮之助さんに持たせていたら中身、絶対のぞくから私が預かってました」

目の前に差し出された文を開くと、一枚の紅葉の葉がはらりと落ちた。
セイの手で書かれた総司への文だった。

総司がそれを読む間、お芳は浮之助に酌をして待っていた。途中で薄く赤くなった総司に浮之助が苦笑いを浮かべてお芳とともに静かに待っていた。

読み終わると、はぁ、と息をついて真顔に戻った総司に、お芳が簡単に書き添えた地図を渡した。

「市中から外れの方にうちの組が持ってる紅葉屋敷があります。こじんまりした寮なんですが、おセイさんはそこにいます。お一人でいらっしゃいますから、迎えに行ってあげてください」
「ありがとうございます」

再び手をついて頭を下げると、総司はセイからの文を懐に入れて、立ち上がった。すかさず手下の者達が現れて、総司を案内していった。

部屋に残った浮之助はお芳の膝の上に頭を乗せて、ごろりと横になった。

「どうだ。あいつら、面白いだろう?」
「面白いですけど、可愛らしいって方が似合いじゃありませんか?」

それには浮之助は答えなかった。浮之助は自分が得られなかったものをあの二人に見出していた。

 

 

– 続く –