折り紙と狐

〜はじめのお詫び〜
あー、もう勝手にやってくださいよ、くらいないちゃいちゃです。頑張って書き直し

BGM:Faye Wong  Eyes On Me

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繕いものをしているセイの隣でごろりと横になっていた総司に何かを思い出したセイが顔を上げた。

「総司様、今度のお休みの時、山科の方へ行きたいんです」
「構いませんけど、どうしたんです?」
「話に聞いたので折上稲荷神社というところに行ってみたくて……ちょっと遠いんですけど」

セイの顔を見上げて腹這いになった総司は、少し考えて頭の中でどのあたりなのかを思い描く。

「はあ、確かに少し遠いですけど……いいですよ。朝早めにでれば大丈夫でしょう」
「いいんですか?嬉しい」

いつも総司をたてて強請ることなどあまりないセイが言うことに総司が否があるはずがない。嬉しそうにしているセイを見て、総司もにこっと笑った。

このところ平穏な日々が続いていて、大きな捕り物もないので、二人も穏やかな日々を過ごしていた。ようやく落ち着き始めた二人は夫婦らしくなってきたといえなくもない。お互いを慈しみあうような空気が二人の家を包み込んでいる。

 

四日後の午後から非番になった総司は、診療所に顔をだした。小者もセイも忙しく立ち働いていて慌ただしい。

「忙しそうですね。何かありました?」

診療所が慌ただしいというと、何事かと思ってしまう。セイがため息とともに近寄ってきた。

「沖田先生、ごめんなさい。ばたばたしていて。病人で忙しいんじゃないんです。ちょっとごめんなさい」
「いいですよ。待ってますから」

ぱたぱたと走り回っているセイに、総司はぽん、と頭の上に手を置くと奥の小部屋に入っていった。その姿を見送ることもできない位急いでセイは仕事に戻っていった。

ようやく一段落したところで、ぐったりとセイが小部屋に現れた。セイをまってぼうっとしていた総司は、その姿に苦笑いした。

「どうしたんですか?一体」
「もう!あの鬼副長ったら!!急に夕刻から黒谷に向うのに滋養のものを持っていきたいなんて言いだして!何をどうも言わずに体裁のいいものを整えろだなんて、まったく勝手なんだから!!」

ぺたりと座りこんで、疲れきっているらしいセイはそれでも怒りだけは忘れないらしい。思いきりむくれているセイに、総司は可笑しくて笑いだした。

「本当に相変わらずですねぇ、貴女と土方さんってば」
「そういう問題ですか?!」

座り込んでいた割りに、急いでセイが立ち上がって帰り支度を始めるのをみて、いつものように急がなくていいと声をかけた。

「ゆっくりでいいですよ?」
「すみません。急ぎます!だって、残っていたら今度は鬼副長に何をいいつけられるかわからないですもん!」
「あっはっは。そっちですか!」

急いで荷物をまとめたセイは、総司と共に屯所を後にした。総司はいつものようにセイの手から荷物を取り上げると、すっと手を握った。

「帰り道はゆっくりでいいですからね。ここまでは土方さんも追いかけてきませんよ」
「それ、本当に来そうで怖いからやめてください」

そんな話をしながら二人はゆっくりと歩いて家に戻る。夕餉の支度をゆっくりとするセイを総司が手伝って、二人は夕餉を済ませた。セイが後片付けをしている間に、疲れているセイを気遣って総司が床の支度を済ませてしまった。

「すみません、総司様」
「構いませんよ。いつも言ってるじゃないですか。屯所では自分でやってることですし気にしないでって」
「そうなんですけど」
「それに、疲れた原因が土方さんじゃ余計にね」

総司の夜着を整えていたセイが不意に手を止めて総司を見上げた。

「なんか変なこといいました?」
「……ちょっと悔しい、です」
「は?」

聞き返した総司に答えずにセイが総司の着替えを手伝う。されるがままに着替えさせられたものの、何が悔しいのかわからなくて、総司は困惑した。総司 の着物を片付けて、自分も衝立の陰で夜着に着替えたセイが戻るまで、横にならずに待っていた総司は、目の前に座ったセイの手を握った。

「あの、私、何か貴女を怒らせるようなこといいました?」
「そうじゃないです。ただ、総司様が副長の身内みたいな言い方をしたから……」
「ああ……だって、九つのときからの兄分ですもん」
「そうですけど!!仕方ないんですけど…」

やっと何でセイが機嫌を損ねていたのかがわかって、総司の口元が緩んだ。上目遣いに恨めしそうな顔をしていたセイはそれをみて頬を膨らませた。

「笑わないでください!どうせ私は番外ですけどっ、悔しいものは悔しいんです」
「ご、ごめんなさい。番外って?」

笑いをこらえた総司が謝りながら聞き返した。
総司に手を引かれてその胸に寄り添いながらセイが指を折って数え始めた。

「だって、局長が一番で、二番目はあの鬼副長がお好きでしょう?その次は斉藤先生に、山崎さん、それから原田先生と永倉先生に藤堂先生ですもんね。私は番外なんです」

セイが数え上げたのは確かに総司の好きな人ランキングの上位を占めるものではあるのだが、今更それを数え上げるセイに堪えきれずに総司が噴出した。

「貴女ってば……。本当に…、可愛いこと言いますね」

そう言いながら総司は指を折ったセイの手を開いた。

「隊士としての神谷さんは近藤さんと土方さんの次に大好きですよ?」
「副長の次、なんですね」

ぷくっと膨れたセイの頬をつついて、上向かせるとセイの頬に唇を落とした総司が耳元で囁いた。

―― 女子は貴女以外考えられませんよ?

「あ、当たり前じゃないですか。そこで局長と同列だったら怖いですっ」
「うわ、衆道の気はありませんてば」
「あったらもっと怖いですっ」

膨れたセイを抱きしめたままで、総司が倒れこんだ。つられて横になったセイを総司が覗き込んだ。

―― 愛しているのは貴女だけなんだからいいでしょう?

疲れているセイをゆっくり休ませようと思っていたものの、こんな可愛らしい悋気ともいえないようなことを言われてはそれも難しい。
結局、朝早く起きることは予定のままに終わってしまった。

遅く起きたセイは、目が覚めてから至極残念がった。半分は元凶でもある総司が申し訳なさそうにしていると、苦笑いで本当は弁当にしようとしていた稲荷さんを昼代わりに差し出した。
裏を返したものと返していないもので散々迷った挙句に、裏を返していないほうに手をつけた総司が、行きたがった理由を知りたがった。

「どういう経緯なんです?」
「ご存知ないですか?天子様が即位される時に、お城の女官の皆様が次々と病に倒れられたそうなんです。そのときにご祈祷されたところらしくて、皆様が快癒 された後、その霊験にあやかるように長命箸を収められたそうです。女性の味方をしてくださるというので、だったら私もお参りしたかったんです」
「へぇ、そんな話があるんですね」
「本当は日があえばお火焚祭りにいきたかったんですけどね」

お火焚祭は長命を願い、感謝し不幸を燃やし尽くす神事だという。
熱いお茶を入れながら、セイは晴れた外の遠くを見やった。

「働く女子を守ってくださるなら、私が守りたいものも守ってくださるんじゃないかなって思ったんです」

セイが行きたがった理由を聞いて、総司はセイと同じように晴れた空に目を向けた。開け放った障子の向こう側は秋晴れの空がのぞいている。

「じゃあ、次こそ必ず行きましょう?私も、働く女子を守ってくださるようにお願いしに行きたいです」

くすっと笑ったセイが悪戯っぽく付け加えた。

「仕方ないので、総司様の兄分の皆様のことも守ってくださるようにお願いしなくちゃいけませんね」
「そうしてあげてください。少しは性格もよくなるかもしれませんよ?」

今度は裏を返したほうに手を伸ばして楽しげに総司が言う。
総司と、あの兄分達の性格を考えると苦笑いしか出てこない。

「総司様も、皆さんもこれ以上性格がよくなったら私が困ります!」
「えぇ~。私をはじめとしてみんな貴女のことを大好きなのに~」
「それとこれとは違いますよ~」

穏やかに笑いあう二人に、秋風がさらりと吹いている。ふと、手をぬぐった総司は懐の懐紙を取り出して小柄で切ると、何かを折り始めた。
意外にも器用に総司が折った物は狐の形になっている。セイの手を引いて、手のひらの上に乗せた。

「総司様、上手ですね。狐?」
「稲荷神社なんですよね?お稲荷さんもいただいたし」
「なる……。すごーい」
「今日、連れて行ってあげられなかったお詫びです」

セイは、大事にそれを箪笥の上におく。思い立って後三つ作ってください、と言い出した。

「いいですけど……?あ、なるほどね」

すぐに納得した総司は、さくさくと折り始めた。
きっと明日屯所に行ったら、セイがさりげなく局長室と副長室に狐を置いておくのだろう。それと自分の小部屋にも。

 

ある非番の日の出来事でした。

 

 

– 終わり –