覚悟

~はじめの一言〜

挑発から続いております。
なんかシリーズ化している……。
BGM:Qeen&Elizabeth Love Wars

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「……だからそれじゃだめなんですってば」
「どうしてです?私はそう思いますけどね」

このところずっと、暇さえあればお神酒徳利といわれる二人は何やら話し合っている。二人のこんな姿はいつものことなので、どうせどこの菓子にするとかそんな話だろうと思うと、周囲の者たちもあまり気にはしていない。

次々と皆の洗濯物まで片付けながらセイが反論している。

「だって、それじゃあお傍にいられないじゃないですか」
「だって、それは本来のことでしょう?」

ずっと交わらない話に、深い溜息が聞こえた。

「神谷さん?」

洗濯物を片付けながら、セイがついたのだ。半分泣き出しそうな顔には、なんとか自分をおさえようとしているのが見て取れた。

「……もう少しだけお時間をください」

一緒に生きる道を探そう、と総司にいわれてからしばらくたつ。

あれ以降、どちらが決めたわけでもなく、お互いが触れ合うことなどはないまま、ただ真剣に話し合っていたのは、お互いが納得して生きる道について。

セイにとっては、今までのように、いつどうなるかもわからない隊務をこなす総司の傍にいたいのは変わりがない。
だが、総司にしても、ようやく想いが通じた相手を、危険な場所に置きたいはずもない。
だから、女子だということを話して、隊を退いてほしい、と願うのは当然のことだ。

それをセイには素直にそれに頷くことが出来ないでいる。

今だって、同じ一番隊ではなく、小姓として過ごしているならば、それが妻として家にいることと違うのかといわれれば、傍にいられないことは変わりがないかもしれない。それでも、屯所にいるのといないのとでは違う。
いざというときに、一緒に戦いの場に出て行けるかどうかの差は大きい。

セイとて、妻にと請われて嬉しくないはずがない。
愛しい男に求められて嬉しくないはずがない。

でも、今それを近藤や土方に申し出た場合、最悪の場合はその類が総司にまで及ぶ事は避けられないだろう。それを思うだけでも、このままで、と思ってしまうのだ。

泣きたい様な気持ちに、セイは再び溜息をついた。

一番隊が巡察にでている間に、土方から暇を出されたセイは、ぼんやりと川原に出かけた。周りを気にすることなく、一人で考えたかったのだ。

ぼーっとしたまま、いつもの川原に下りたセイの目の前に、昼寝中の斉藤がむくり、と起き上がった。

「わぁっ!!あ、兄上!」
「……珍しいな。副長に追い出されたのか?」

草の中から突然起き上がった人影に、セイは飛び上がった。日除けにしていた笠をどけて、斉藤が座りなおして、隣を指した。セイは素直にその隣に座り込んだ。

「一番隊は巡察中か」

聞くまでもないと思いながらも、思わず口にしてしまう。
そうでなければ、暇になったセイが一人でこんなところをうろついているわけもない。まして、このところ始終なにか、話し合っている二人のことだ。
ぼんやりしているセイの頭に、自分の笠を乗せた。

「良ければ、話してみろ」
「えっ……」
「このところ、沖田さんと話し込んでいることだろう」

そういうと、セイが見る見るうちに赤くなった。さすがにいくら兄上といえど、話せる内容ではない。
あの、いえ、と口ごもるセイをみて、斉藤は内心、そういうことか、と思い当たった。

あの騒ぎの後、しばらく皆がセイとはギクシャクしていた。変わらないのは原田や永倉たちのからかいくらいで、皆がセイを前にすると、赤くなったりどぎまぎしてしまっていた。

本人もそれをどうすることも出来ずに、悲しそうな顔をしながら、一人離れていく様を何度も見かけた。それはそれで、これまでのように、余計なことに巻き込まれる機会も減っていいのではないかと、斉藤は思ってしまったくらいだ。

それがようやく収まってきた頃、セイと総司が再び仲良く連れ立っていることが多くなった。それを見た他の隊士たちもようやく、以前のように接するようになってきたのだが……。

―― ついにデキたのか

それは斉藤だけが、セイが女子であることを知り、総司の恋敵であったからかもしれない。

それでも、以前のように心が波立つというより、静かに受け入れることができた。セイが、総司を慕っていることはわかりきっていたことだし、自分は忍ぶ恋でいいと思っていた。
そして、元気なく一人悲しい顔をしているより、少しでも笑ってくれていたほうがいい。

「……どんな立場になっても、お前はお前だと思うぞ」

ぼそり、と斉藤は口に出した。え、とセイが顔を上げる。急に何も聞かないうちに投げられた言葉にどきり、とする。

「例え、どんな立場になっても、お前はお前なのだ。それはきっと変わらないし、俺や沖田さんもお前がどんな立場になっても変わらないぞ」

つまり、新撰組の隊士であっても、沖田総司の妻となっても、セイはセイなのだと。

何も言ってはいないのに、斉藤からそう言われているような気がして、セイは目を見開いた。まさか、斉藤がセイを女子だと知っているとは思わなくても、今、まさに悩んでいることの答えを斉藤がくれたのだ。

「本当に、そうなのでしょうか……」

疑っているわけではない。

ただ、そうしてもいいのかと、誰かに背中を押してほしかったのかもしれない。

ぽん、と肩に手を置いて、斉藤は告げた。

「俺の勘に根拠はない。だが、これまでも大抵はずしたことがない」

―― 俺はお前が幸せであればそれでいい

斉藤は、心の中でつぶやいた。
セイは、肩に置かれた手の暖かさに久しぶりの笑顔を見せた。

「兄上、ありがとうございます」

そういうと、そろそろ副長に戻れといわれた時間になるといって、セイは屯所に戻っていった。
セイが立ち去った後、斉藤は再び笠を頭に乗せて、横になった。

―― そうか。お前はようやく幸せになるんだな。祐馬、俺はお前の妹を幸せにしてやることができそうだよ

その日だけは、飲みに出ることもなく心の中で斉藤は静かにこの後の起こるはずの出来事を見守ろうと決意していた。

– 終 –