決意

~はじめの一言〜
挑発から続いております。シリーズです!←もう断言。
BGM:AI  Story
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「沖田先生、今日は非番ですよね?何かおいしい甘味でも食べにいきませんか?」

ここしばらく、屯所内での言い合いが目についていた二人が、セイの誘いで連れ立って甘味所に出かけたのは至極久しぶりだったようだ。

道々、これまで散々言い合ってきたことは何も語らないセイに、何か心に決めたのだろう、と汲み取り、総司もその話には触れずに、ただ久しぶりの外出を喜んだ。

「やっぱり、こうして甘味屋さんに行くのは楽しいですね」

「そうですね。たまのことですから、落ち着いて頂けるように座敷にあがりましょうか」

さりげなく、さらりと言ったセイの言葉に、かすかに総司が赤くなった。

甘味所といえば、女子の立ち寄る場所と思われがちだが、実は酒も出す。また、格の高い店では、やんごとない身分の者が訪れた時だけでなく、逢引のためにも使われることがある。

行き慣れた店ではなく、少しばかり高級な店に行き、座敷に上がった。落ち着き払ったセイとは対照的に、総司はどことなく落ち着かなかった。

セイが頼んだものは西湖といい、非常に珍しいものだった。笹の葉の上に透明な餅がのっていて、抹茶が添えられている。

「蓮の根を使って作られた餅なんだそうです。甘さと食感がなんとも言えず、おいしいんですよ」

確かに、ふるふると震えるような柔らかさで羽二重餅をもっと柔らかくしっとりさせたような食感である。ほんのりと口に広がる甘味は強すぎず、濃い抹茶がとてもよくあった。

「いつの間にこんなものを見つけたんです?」

「先生こそ、ご存じなかったんですか?有名ですよ、このお店」

「そりゃ、お店は知ってますけど」

ふふ、と笑ったセイは、ぺろっと唇を舐めると、きゅ、と口元に拳をあてた。

それが合図のように、セイも総司も背筋を伸ばした。

「沖田先生。先生が私を望んでくださって、とても嬉しかったんです」

「ちょ、嬉しかったっていうの、やめてくださいよ。なんだか、私がこれから振られるみたいな気になってきました」

頬を染めて、総司が横を向く。確かに、何を言われるのか怖かったのだ。やっと、心を定めた人に言われることなら、何でもないことでも心には堪える。

「ちゃんと、お話したかったんです。なぜすぐに頷けなかったのか」

そういうと、セイはまっすぐ目を見つめたまま、話し出した。

ずっと、隊に入った時から総司を見つめてきたこと、だから総司が嫁をとらない、妻子など欲しくないと言っていたことも知っているし、昔のサエのことも知っている。

何かあれば、近藤のためにいつでも死ににゆくだろうことも、にっこり笑って、一人孤独なまま戦場で闘うことも。

だから、足手まといになってはいけない、足枷になってはいけないと思っていたこと。

また、一人でいつ命を落とすともわからない危険な場所に向かうなら、その傍で一緒に戦って、守りたかったこと。

その姿の一つ一つをいつも見ていたかったこと。

「もし、近藤局長や副長に切腹を言い渡されたら、先生にも類が及ぶと思ったのは、後から思ったことで、本当はそんな我儘な理由だったんです」

ある意味、ものすごい告白である。そこまで好きだと言われて嬉しくないはずはない。

ぽーっと頬を上気させたまま、総司は聞き入っていた。

「それで、思ったんです。私は私なので、もし家に入ったとしても、武家の妻女らしいことや、しとやかに家にこもっているだけのことができるとは思えません。私にできる何かをできたらいいなと思ってます。そんな私でも、望んでくださいますか?」

はっと、我に返った総司はまじまじと目の前のセイを見つめた。

セイがどんな女子なのか、ずっと見てきた自分にはよく分かっていた。隊には置けないとしても、じっと家に籠っていられるような人ではないことも充分分かっている。そんな人だったら、こんなに好きにならなかったかもしれないくらいだ。

「何を言ってるんです。そんなこととっくにわかってますよ。貴女には隊を辞めてほしいとは思ってます。でも、もし、私の妻になってくれたとして、新撰組の沖田の妻が狙われないとも限りません。そんなときに、少しでも対処を知っている方がいくらかは安心できますよ?」

あっ、とセイが口元を押さえた。確かに、自分のことばかり考えていたが、その立場になったことは考えていなかった。

「貴女が隊にいても、そうなってくれればいいなと思ってるんですけど、私の妻になってくれたとしても、貴女をどう思うかなんてかわりませんよ」

わかってもらえます?、といって軽く首を傾げながら総司の笑顔をみて、やっと、セイの中で何かが形になった。

「だから泣かないでくださいよ~」

セイの泣き顔に弱い総司に、抱き寄せられて、セイはその胸に顔を埋めながら自分は隊にいてもいなくても、この人の傍にあり続けることに変わりはないのだと思うことができた。

「本当は、全部正直に局長にお話したいんです。でも、それは、局長や副長を困らせるだけだと思うので、松本法眼にお願いしようと思うんですけど……」

「えっ……それって」

「だから……こんな私ですけど……」

急に、セイを抱きしめる腕に力が込められた。ぎゅうぎゅうと抱きしめる腕に、苦しそうにセイが腕を叩いた。

「沖田先生、痛いですってば。苦しいです」

「いいんです!私はもっと苦しかったです!」

想いを交わしたと思ったのに、どうしても折り合わない話に、悲しくて、切なくて、このままだとしても想い合うことさえできなくなるのではないかと思うと、辛くて仕方がなかった。

「一緒に、松本法眼のところへいきましょうか」

―― 私、一発くらい殴られそうだな。

ぶつぶつと総司がつぶやいた。ふふ、とセイの顔に花が開くように笑顔がこぼれた。

総司にとってはこの笑顔をこれからも見続けることができるのかと思うと、いてもたってもいられないくらいだった。

二人は、手土産をもって、松本法眼のもとを訪れたのだった。

 

– 終 –