酔いざまし

〜はじめのつぶやき〜
タイムアタック開始だよーん。甘いよーん

BGM:ケツメイシ こだま
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「ただいま~でぇ~す」
「はい。沖田先生、遅かっ……お酒くさっ」
「うふふふ~」

原田達の誘いを断り切れずに飲みに行く事になった総司は、一度セイを家まで送ってから、出かけて行って亥の刻を過ぎても戻ってこなかった。膨らみ始めたお腹を時折撫でながら、セイは縫物をして総司の帰りを待っていた。

出かけた面子が総司に原田に永倉に一番隊の隊士達と言えば、心配はないだろうが、それでも遅い時間になればなるほど帰ってくるまでは休む気になれなくて、起きて待っていたところに、ご機嫌の総司が帰って来た。

滅多に飲まれることなどない総司だが、今日はひどく酔っているようで酒気もただ事ではない。

「う……っぷ」

総司の酒気にあてられながらも、その体を支えて部屋へと連れて行く。長身の総司を支えるには身重の体が厳しいところだが、セイの肩に腕を回しながらも言うほど体重をかけることがない。総司がその姿ほどは酔っ払ってはいないことがすぐに分かった。

「ちょっと待っててくださいね」

先程まで、セイが縫物をしていて灯りのついた部屋へと総司を連れて行ったセイは、急いで台所から水を汲んで来た。湯呑になみなみと水を差しだしたところで、セイが呆れながらも笑って見せた。
大刀と脇差を総司の腰から引き抜くと、刀掛けへと置いてくる。

「もう、そんなに飲まれて珍しいですね」
「そぉんなことないですよぅ~」

がぶっと水を一口飲み下すと、総司はふう、と酒臭い息を思い切り吐き出した。余りの酒気に袂で口元を覆ったセイは、なんとかこみ上げそうになったものを抑え込んだ。

ふらりと立ち上がった総司が台所の方へと歩いて行き、そのまま裏手へと出て行ってしまった。顔を上げたセイは、慌てて後を追おうとしてうっかりと湯呑を倒してしまう。

「ああ、もうっ」

急いで台所から布巾を持ってきてこぼしてしまった水を拭いていると、裏手に出て行った総司がどうやら水を浴びているらしい音が聞こえた。慌てていたセイは、ほっと肩から力を抜くと、奥の部屋から総司の着替えを揃えてきた。
台所と部屋の境に、乱れ箱に入れた着替えを用意すると、もう一度冷たい水を汲んでおく。

下帯姿の総司が、手に着物を持って裏手から戻ってくると、セイはその着物を受け取って奥へと入った。衣紋にかけて始末は明日に持ち越すものの、帯や小物類だけでも片付けてしまわないと、とセイはまめまめしく片付けた。
濡れてしまった下帯も始末をしてきたらしく、総司は長着へと着替えて庭に向かって開け放った縁側の方へと湯呑を持って移動していた。

元結いも外して、濡れた髪のまま総司は、湯呑を片手に月夜を見上げている。
じわっと蒸し暑い夜だけに、セイは団扇を取り出して総司の傍へと座った。

「今日は随分暑いですね」
「ええ。夜になってもこんなに暑いものだから原田さん達がどんどん勢いづいて飲んでましたよ」
「先生方は暑くても、寒くても飲まれるのは一緒じゃないですか」

ふわりふわりと団扇の風が暑さと酒に疲れた総司には心地いい。

月を仰ぎ見た姿勢のまま、総司が目を閉じた。

「そんなに飲まれるなんて、総司様こそ珍しいですね。どうされたんですか?」

これだけ酒気をさせるほど飲むことはセイが知る限りない。何か飲みたい程の憂さがあったのかと気にしたセイに総司の微かな笑いが聞こえた。
団扇を置いて、総司の肩に手を置いたセイがその顔を覗きこむと無邪気に総司が笑っている。

「総司様?」
「ふ、ふふっ。だって、話したら絶対貴女、怒りだしそうなんですもん」
「怒りませんよ」

肩に流れた総司の濡れた髪を手でセイが、そうっと梳き始める。なんだか手拭を取りに行くのも無粋な気がしてもう少しだけ総司の傍についていたかった。

気持ちよさそうに再び目を閉じた総司は、悪戯を見つかった子供のように舌をだした。

「うふふ。じゃあ、教えてあげますけど、明日原田さん達を怒らないであげてくださいね?」
「え、ええ?わかりましたけど……」
「だからね。梅雨なのに急に暑くなったりして皆、何とはなしに、苛々している人たちが多いじゃありませんか」

各隊の隊士達も、稽古もろくにままならなかったり、足元が悪い中の巡察や捕り物に苛々が溜まっているのはセイもよく知っている。おかげでつまらない怪我をするものや、腹を下す者、具合の悪くなる物が多くてこのところ、セイは大忙しだった。

「原田さん達は順繰りに組下の皆さんをお酒に誘っているんですけど、うちは私がこんなだからなかなかいけなかったんですよ」
「それってもしかして私が……」
「ね?そう思うでしょう?ところが違うんですよ」

皆が総司に遠慮しているのかと思えば実はそうではない。一番隊の隊士達によれば、酔っ払った総司が延々のろけるのが我慢できないという理由で彼らは飲みに行くのを拒んでいたのだ。

「おーっし!!こうときいちゃ俺達が放っておけるわけがない!お前ら!いいから総司と一緒に飲みに行くぞ!」
「えぇ~!!原田先生?また俺ら、沖田先生の惚気きかされるんすか?!」

不満一杯の顔で文句を言った山口の首根っこを原田が押さえつけた。上半身諸肌脱ぎの姿で肩を組んだ原田が密かに囁く。

「お前ら馬鹿だなぁ。あいつが惚気るのはなぁ、一人寝が寂しいからに決まってんだろ?あれだけ恋女房が傍にいて眠ってるのに、手も出せねぇんだぞ?そりゃ、切ないに決まってんだろ!!」
「!!」

皆には気にしないで飲みに行ってきてください、と言っていた総司の両側から原田と山口がそれぞれ総司の肩に手を置いた。

「「総司(沖田先生)、飲みに行くぞ(きましょう)!」」
「え?ええ?ちょっと?」

山口と原田が総司を通り越して隊士達とひそひそと囁くと、にやりと振り返った。怯えた顔で総司がわかりました、と応えたのは言うまでもない。
それから診療所に来て、セイに断りを入れたのだった。

「そんな理由だったんですか?!」
「はい」
「もー!!」
「駄目ですよ。約束したじゃないですか」

総司にそう言われると、怒るに怒れなくなってセイは黙った。ゆるゆると手を動かし続けているうちに、この暑さもあって、総司の髪は乾き始めた。

何度も何度も手櫛で総司の髪を梳いて行く。

「ああ、良い気持ちですよ」

うっとりと目を閉じた総司は、髪を撫でつけるセイの手に色々な事を思う。

本当は、一番隊の面々はセイの懐妊がわかってから、無事に一月を超えるまで禁酒し、月の最後に無事を祝って一度だけ酒を飲む、を繰り返していたのだ。
激務をこなす彼らにとって、酒は大事な息抜きだったが、彼らにしてみれば大事なセイの一月、一月がもっと大事だったのだろう。それを知った原田達が飲みにと連れ出したと、帰り際に永倉から総司は聞かされた。

今日は一緒にはこなかった藤堂や斎藤の組下の者達も同じように半月、一月と日を決めて禁酒や妓断ちをしては祝う、と繰り返しているらしい。

驚いた総司の顔には、徐々に笑みが浮かんで、そして皆と一緒に浴びるほど飲んだ。飲んでも飲んでもちっとも酔わなくて、皆の心が嬉しくて、きっと起きて待っているはずのセイに早く教えたかった。

「原田先生ってばもう、すぐそういう方向に話をまとめようとするんだから!」
「あはは、原田さんらしいじゃないですか。隊の中では数少ない夫として、父としての先輩ですからね」

怒るに怒れないセイに、総司が宥めるように言う。大分乾いて、柔らかくなった総司の髪から手を離したセイが、手拭を持ってきて、総司の肩にかけたところで総司がセイの体を引き寄せた。
立ち膝のまま総司の肩にもたれかかったセイは、自分が重いのに、と体を離そうとして、総司に腰のあたりを腕で引き寄せられた。
セイの腹のあたりに顔を伏せた総司が、セイの中に宿る命に語りかける。

―― 幸せな子ですねぇ

「ねぇ?セイ」

まるで子供が甘えるような総司の仕草にセイが柔らかくその肩に手を置いた。

「なんでしょう?」
「子供、たくさん、たくさんできるといいですねぇ」
「総司さまったら。そんな子供を花の種みたいに言わないでください」

呆れたセイに言われて、想像した光景に総司が楽しそうに笑った。

「いいじゃないですか。家の中も、庭も屯所も子供でいっぱいにしましょうよ」
「そんなの私が持ちません!」

軽く総司の頭をぶつ真似をしてからセイが胸に総司の頭を抱えるようにしてゆっくりと座った。総司はそのまま、セイの膝の上に頭を乗せると、ごろりと横になる。団扇を引き寄せたセイは、再び総司に向けてゆっくりと風を送り始めた。

「ねぇ、セイ。本当に。駄目ですか?」

子供がねだるように膝の上から見上げた総司に、セイがふわりと微笑んだ。

「こればかりは神様次第ですから」
「じゃあ、神様が下さるように頑張りますから!」

ぴしゃりとセイに額を叩かれた総司がくすくすと笑いだす。
初めは、十月十日がえらく長いように思えたが、今ではこういう小さな幸せの積み重ねが嬉しくて嬉しくて、総司の心へと落ちてくる。大事な大事な、輝く星として、降り積もったそれはもうしばらくすると、きっと元気な産声を上げて生まれてくるはずだ。

「セイ?」
「はい?」
「だぁいすきですよ……」

そのまま吸い込まれるように眠ってしまった総司にセイはゆっくりと団扇で仰ぎ続けた。
体調管理を仕事にしているセイが、隊士達に禁酒や妓断ちを気づかないわけがない。ただ総司に言えば気にすると思って、黙っていたのだ。

「だって……嬉しかったんです。総司様には気にしてほしくないくらい……」

ぽつりと呟いたセイはそっと目尻に浮かんだ涙を拭う。

どんな日にもきらめくような幸せがある。今日も、明日も。こうしてまた。

醒めることのない甘い幸せに酔おう。

 

– 終わり –