縁の下の隠し事 1

〜はじめのつぶやき〜
少し遡って、新婚時代の挑発シリーズです。
BGM:Lady Gaga The Edge Of Glory
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総司とセイにとって、普通の暮らしでいうところの新婚生活は、仕事柄なかなかゆっくりする時間が取れず、実質は一月、二月など、全く話にもならないくらいだった。

「神谷さん。今日は普通に帰れそうですよ」

一月ほどは異常なくらい緊張していて、肩に力が入っていたセイも、ようやく自然になってきた。そんな一月目は、間に捕り物が入ったり、挨拶が済んでいなかった場所へ揃って顔を出したりして、なかなか忙しい日々で落ち着く暇もなかったが、二月が過ぎるとようやく、当人たちも周りも新しい状況に慣れてきた。

診療所に顔を見せた総司に、にこりと頷いたセイは、再び小者と共に急な手当の時のボロ布や手当のための包帯を作り出した。

そろそろ診療所の小者達も、こうして顔を出す総司に慣れてきた。初めの頃は診療所の仕事に割り当てられた小者達の半数が新しくて、もともと病間に詰めていた者達の半分と新参の小者で交代制になっている。
ただでさえも急に幹部達の出入りが激しくなり、粗相のないように気を使うところに、新選組の一番隊組長、泣く子も黙る沖田総司、大幹部となれば、いくらセイの夫としてくるとわかっていても、顔を出すたびに診療所にも緊張が走っていた。

それはとりもなおさず、診療所を取りまとめるセイが緊張し続けていたからでもあったが、先に慣れたのは小者達の方だった。

「ここはいいですから、神谷さん。小部屋に行って、帰り支度をなさってください。沖田先生と普通にお帰りになれるのは二日ぶりじゃないですか?」
「そんなことはない……、あれ?」

隊にいたときもこんな感じで屯所で過ごしていたし、総司が特命や、夜の巡察が回ってきて遅くなる日もざらにあったので家に帰る日の方が不思議な気がしていた。指を折って、昨日、一昨日と振り返るとそういえば、急な出役や、外出が遅くなって診療所に泊まっている。

当然、着替えや身の回りの物などここにも置いてあったが、今は女の姿をしていることもあり、家に帰れば帰ったですることは色々とあった。

手にしていた最後の布きれを割いて、ちょうどいい大きさにすると、膝の上の糸くずを払って立ち上がった。

「じゃあ、お言葉に甘えてそうしようかな。後をお願いしますね」
「わかってます」

まだまだ、幹部として扱われることに慣れないものの、セイは小者達に後を頼むと小部屋の方へと移動した。
そろそろ新築の匂いも消えかけてきた小部屋で、風呂敷に手回りの物を揃えていると、あっとセイは思い出した。急いで立ち上がると、幹部棟へと向かう。

「副長、いらっしゃいますか?」
「神谷か?」

応える声を聞いて、セイは急いで障子を開けて部屋の中へと入った。気が乗らないのか、文机に珍しく肘をついていた部屋の主に、セイは早口で問いかけた。

「あの、先日聞かされた件ですけど」
「ん?ああ。お前らの家を見張るって話な。今日は総司も普通に帰れるだろう?」
「そうなんですけど、そうしたら誰かが来るんですよね。その……、隠れて……」

ひどく具合が悪そうなセイの口ぶりに、退屈していた土方の顔が急に変わった。数日前、土方に呼ばれたセイは、思いがけないことを告げられたのだ。

「いいか。これからの話は総司にも内密にしろ」
「はい」

すわ、特命かと緊張したセイは、どこか人の悪い顔でニヤニヤしている土方を怪訝な顔で見つめた。

「これから先、しばらくの間、お前と総司が普通に家に帰る日は、監察から人を向かわせることにした」
「そうですか……。ってはい?!なんですか?どういうことですか?それ」
「だから、お前も近藤さんと深雪の時にやっただろ?警護だ、警護」

あくまで安全のためとでも言いそうな話だったが、顔はそうは言ってない。薄らと頬を染めたセイが、中腰で土方に食って掛かる。

「それって、普通に私が警護した様に家にいらっしゃるってことじゃないんですか?沖田先生にも内密ってまさか……」
「そうだ。そのまさかだ。総司には内緒だからな。当然隠れてお前らの家の様子を窺うことになる。ま、後になってわかった時に、女のお前には一応言っといたほうがいいと思ってな」
「な、な!女の私にはって、そんな夜通し見張ってるつもりですか?!」

家の中に誰かが一緒にいるのであれば、それこそ近藤のようなことを総司がすると思えない。だが、見張りがついていると知らなければ、普通に腕を差し伸べてくることもあるだろうし、その際の語らいなども聞かれてしまいかねない。
首筋までまっかになったセイに、ひらひらと土方が手にした書類を振り回した。

「だから言ってるんだろ?見張りがついてるってわかってりゃ、お前もいろいろ考えられると思ってな」

まるで優しいだろうと言わんばかりの口調にセイは呆れて物も言えなくなる。ようやく、互いのことも慣れ始めたとはいえ、まだまだ、手探りなことが多い二人の住まいを夜通し見張られるなんてとんでもない話だ。

「そんなの納得できません!まして、沖田先生に内密になんてできませんよ!!」
「俺だってそんな真似、やらせたくもないし、やったらどうなるかなんてわかってんだよ。それでも一番隊組長の沖田っていう看板はお前が思うより小さくないぞ」

独り者ならまだしも、妻を娶り、家を構えたとなれば沖田の家の跡継ぎの事もある。傍目から見ても、総司の男としての立場もあるという土方のいい方に、セイは何も言い返せなくなって黙り込んだ。

「だから、だ。お前がうまく立ち回ってそのあたりはよろしくやるように。まあ、お前が後になって仕事がしづらくなるようなことにはならない様に、それなりに気を遣えとは言ってある。その辺の下の奴らを行かせないように、人数も誰が行くかもきっちりさせる。だからお前はお前でうまくやれ」

うまくやれといわれ、隊命と言われればもう逆らいようがなくなる。渋々と副長室から下がったのだったが、あれから屯所に泊まっていたためにすっかりそんな話は忘れてしまっていた。

「隠れていくから、安心しろ、お前らが家についてしばらくしたら張り付くように手配済みだ」
「手配済みって、どうすればいいんですか?!私、そんな自信ないですよ!!」
「別に普通にしてりゃいいだろ。具合が悪くなりゃ、その場からしばらく離れるようにいってあるしな」

例えどれだけ口を酸っぱくして言ってあっても、本当にその通りになるとも限らない。どうしたらいいのかわからないまま、セイは副長室から追い出されてとぼとぼと小部屋に戻った。

深く深呼吸をして、再び帰り支度を始めると、セイは自分に言い聞かせることにした。

―― とにかく、しばらくの間だけなんだから。大丈夫、何もない、何もない

総司が手を差し伸べてきたときは、具合が悪いとでも言ってなんとか場をしのいで、なるべく屯所に泊まるようにすればいいはずだ。
土方はしばらくの間と言っていたし、長くてもひと月くらいだとも言ってきた。その間をしのぐくらい、これまでを思えば何とかなる気がした。

「よし!何とかなる!」
「何が何とかなるんです?」
「ひぇっ!!」

セイがぎゅっと風呂敷を縛って、自分に喝を入れたところに総司がひょいっと顔を覗かせて小部屋の中に現れた。不意を突かれたセイが飛び上って驚くと、総司の方が今度は驚いた。

「どうしました?」
「い、いいえ、なんでもないんです!もう大丈夫なんですか?」
「ええ。家に帰れる日くらい早く帰れってみんなに追い出されちゃいました」

えへへ、と照れくさそうに頭を掻いた総司にセイはひきつった笑顔を見せて、手回りの荷物を抱え込む。刀袋と風呂敷を抱えたセイと共に、総司は屯所を後にした。

– 続く –