縁の下の隠し事 2

〜はじめのつぶやき〜
少し遡って、新婚時代の挑発シリーズです。

BGM:
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家に帰ると、すぐにセイは荷物を置いて、羽織を脱ぐ。総司の羽織も預かると、とりあえず衣文にかけて、たすきをかけまわした。今にも動き始めようとするセイに、苦笑いを浮かべた総司が言っても無駄だと思いながら同じことを言う。

「無理しなくてもいいですよ」

いつものように総司はゆったりと、刀を置くと自分ができることをと汚れ物をまとめたりしている。腕をまくり上げたセイはくるっと振り返った。

「そんなわけにはいきません。たまにゆっくりお帰りになった時くらい、ゆっくりしていただきたいですし」

ここには手伝ってくれる小者はいないのだから水汲みひとつとってもすべてセイがやらなければならない。瓶の水をと裏に出ようとしたセイのそばに総司が立った。

「そうはいっても、私達は二人とも仕事に出てますからね。できることは一緒にしましょうと私も、いつも言ってるんですけどね?」

にこっと笑って総司はセイの代わりに水を汲もうと裏口から表に出て行った。確かに屯所にいれば、今でこそ組長だから雑用は何もしなくなったが、壬生にいた頃は掃除も賄いもお手の物だったのだ。

くすぐったいような笑みを浮かべて、セイは急いであるもので夕餉の支度を始めた。

 

 

 

主菜や副菜は屯所から分けてもらってきたが、飯と汁だけでも家で作りたい。

急に帰れなくなることが多い中でセイのこだわりだった。大根の葉を細かく刻んで汁の実にすると、固めに炊き上げた飯と膳の上に並べる。なんとか形ができたと思っていると、表で小さく音がした。

部屋にあがってのんびりとお茶をすすっている総司は気づかなかったようだが、台所から裏口のほうへと目を向ける。細く、裏手の戸が開いていて、何かが置かれているように見えた。

ざるを表に出すふりをして裏口に向かうと、足元に大ぶりの酒瓶が置いてあった。鎌首にくくりつけられた荒縄には、小さな紙切れが針で止めてあった。

―― ということは、山崎さんが見張り役なんだ!

針といえば鍼やの進、つまり山崎のことである。酒はセイに、というより総司にばれた時のための挨拶代りなのだろう。眉を顰めたものの、ほかの隊士でなくまだ山崎だったことがセイをほっとさせた。そっと酒瓶を手にして台所に戻ると、膳を運んだ。

「先生、少しお飲みになりますか?」

当然ながら屯所では酒が夕餉に出ることはない。だが、この時代、食事の席に多少でも酒が出るのは当たり前のようなもので、総司がそれほど自分から飲むほうではないのだが、一応問いかけるようにしていた。
膳の上を眺めてから総司は首を横に振った。

「いいです。だって、久しぶりの家で食べるご飯ですからね。おいしく食べたいじゃないですか」
「そんな、ご飯と汁もの以外は屯所のものですよ?」
「それでもいいんです。さ、食べましょう?」

嬉しくてたまらないという顔で、総司が手招きするので、頷いたセイはすぐに総司の傍へと座った。普通の家とは違っていて、食事も総司はセイに一緒に食べようといつも言うのだった。

「だって、せっかくおいしいものを食べるのに、私だけ先に頂くんじゃおいしくなくなっちゃいますよ」

まるで子供の様に嬉しそうな顔で汁ものに箸をつけた総司は、美味いと言いながら、ばくばくと食べ始めた。腹が空いていたセイも、山崎のことはひとまず置いておいて、食事を済ませることにした。

「そういえば、か……、セイ。土方さんが変なことを言ってたんですよねぇ」

何気ない総司の言葉にセイはぐっと飯を喉に詰まらせそうになった。急いで汁もので流し込むと、はぁ、とため息をつく。

「なんですよう。貴女のご飯までとったりしませんよ」

そういいながら三杯目のお代わりを食べている総司は、話の続きに戻った。

「この家の周りは落ち着いているかって。変なことを聞くでしょう?ここはほかの家からも少し離れているし、家の周りの小道以外は寺の持ち物だっていう竹藪が近くにあるくらいで、静かといえば静かですけどねぇ」
「……そうですね。どういうことなんでしょう」
「まあ、土方さんのいうことですから、どうせ、喧嘩でもしていないかってことじゃないかと思うんですけどね」

くすくすと笑いながら今度は空になった椀をセイに差し出した。すぐに箸をおいて立ち上がったセイはぬるくなった汁を温め直す。

この家の周りが落ち着いているか、という問いかけはセイがおかしなことを言い渡されたのと前後するのだろうか。ただ、うまくやっているのかということで見張りというのもおかしな話だし、家の周りが落ち着いているのか、という問いかけもおかしな話である。

「ほかに何かおっしゃってなかったんですか?」
「他?うーん、まあ、いつものお小言ですよ」

曖昧に言葉を濁したのは、跡取りも真面目に考えろと言われたばかりだったので、セイにはなかなか言い難かった。鍋が空になるまでお代わりをした総司は最後の欠片まで丁寧に口に入れると、満足したのか箸をおいた。

「ふう。おいしかったです。ごちそう様」
「あ、お粗末さまでした」

ゆっくり食べていたとはいえ、セイのほうはまだ残っている。急いで食べようとすると総司が膳を持ち上げて、片手をあげた。

「急がなくてもいいですってば。お茶は私が入れますからゆっくり食べなさい」
「ありがとうございます」

いまだに隊士と妻のすることがこの家では混ざり合っているが、総司は全く気にする風もなく、私達らしくていいじゃないですか、という。
落ち着かなくて、せかせかと箸を動かしたセイは残りを片付けた。

結局、洗物をしようとした総司をセイが頼み込んで止めた代わりに、寝間の支度は総司がすることになった。どちらもセイがするといったにもかかわらず、総司は必ず手を出した。

「疲れてるのは貴女だって同じでしょう?」

そういって夜着に着替えた総司に先に寝ていてくれるように頼んで、セイは髪を下した。明日の朝、髪を洗うつもりだったので、今のうちにほどいておい たのだ。櫛を通して、はぁ、とため息をつく。久しぶりの家ならば、当然、総司は手を差し伸べてくるかもしれない。それを、山崎がこの家を見張っているとこ ろで頷くことなど到底できなかった。

「とにかく、ごめんなさいっていうしかないか……」

もう横になっているはずの寝間に入ると、総司は腹ばいになって何か小さな読み本を手にしていたようだった。セイがそっと部屋に入ってくると、乱れ箱の着物の下にそれをすべり込ませて、灯りをおとす。

「さ。休みましょうか」
「はい。お休みなさいませ」
「お休みなさい」

形ばかりはきちんと挨拶を交わしたところで、総司の隣に横になったセイを総司は当たり前のように引き寄せた。しかし、総司の胸をセイが珍しく押し返してきた。

「セイ?」
「あの……、ごめんなさい。今日は、やっぱり疲れているので……」

目を伏せたまま、申し訳なさそうに告げてくるセイに、ふっと腕が緩んだ。腕を突っ張っていたセイが顔をあげると、優しい顔が目の前にあった。

「そうですね。ゆっくり休みましょうか」

―― こうして抱きしめていても?

腕の中にいることはもちろん否やはないので、セイが小さく頷くと、総司はそうっとセイを胸に引き寄せると、お休みなさいと呟いて目を閉じた。
セイは、胸の中で総司に詫びながら、明日は土方を問い詰めてみようと考えた。

 

 

– 続く –