縁の下の隠し事 6

〜はじめのつぶやき〜
いくら先生でもそろそろ変だと思いますよねぇBGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

セイを気遣ってゆっくりと家に戻った総司は、一人で着替えや何かを済ませると、さっさと屯所で詰めてもらった重箱で夕餉の支度をしてしまった。

「先生、ごめんなさい。せっかく家に帰ってきてもこんな夕餉ばかりで」
「かまいませんてば。それより、具合は大丈夫なんですか?」

結局屯所で夕餉を持たせてもらったセイは、せめてもと給仕をしながら総司に詫びた。家に帰りさえすれば、女子の支度もそれなりにできるわけだし、不都合があってもすぐ、着替えることができる。
いつもなら腹の痛みでどんよりしているセイが、無理をしているのか、精一杯明るくしようと振る舞っているので、かえって総司には違和感があった。

「今日はまだなんとか。ひどくなるのは明日かな、たぶん」
「そうですか。暖かくしてゆっくり休んでい下さいね」
「ありがとうございます。いつも申し訳ありません」

今は女子姿でゆったりしているセイが、申し訳なさそうに頭を下げてから台所へと下がっていった。熱い茶を入れてセイが戻るまでの間、総司はお代わりをしたばかりの白飯をじぃっと見つめた。

―― どう見ても……、セイってば変ですよねぇ

いつもは不快なのを押し隠しているはずなのに、今日は妙に明るい気がする。お馬になって帰ってきたのに機嫌がよくなるとなると、総司の誘いがよほどに負担だったのかと勘繰りたくなってしまう。

「あれ?先生、召し上がらないんですか?」
「……家では先生はやめてください」
「あっ。はい、申し訳ありません」

つい気持ちが緩んでいたセイに、いつもなら気にしないはずの総司がむっとしてしまった。
気まずい空気が家の中に漂ってしまい、その気まずさはなんとなく、消えることなく、総司はろくに話もしないまま寝間に引き取ってしまった。

セイには総司が不機嫌になってしまった理由がわからないために、疲れているのかと思った。うるさがらせないように、ひっそりと片づけを済ませて自分も早めに休むことにした。

お馬ということでぐっすりと眠ってしまったセイとは裏腹に、何日も一人寝になっている総司はセイが眠った後、静かに起き出した。すやすやと眠るセイの寝顔を眺めてからはぁ、とため息をつく。

「これは辛いなぁ……」

思わず呟いてから、隣ですやすやと眠るセイを見ているのは切なくて、総司はそっと立ち上がると、隣の部屋へと逃げ出した。
台所から酒をとってくると、湯のみに注いでごくりと酒を飲む。気を紛らわせるには、酒でも飲まずにいられるかというところだろう。

「……」

寒いのはわかっているが、そうっと雨戸をあけて表に顔を出した総司は、吐く息も真っ白になるほどの寒さの中で、澄み切った夜空を見上げた。

情けないほど、囚われていて、それから逃げようとしていた総司が表に人の気配を感じたのは、ほんの偶然だった。感覚に触れる微かな人の気配に、ふっと総司の口元に笑みが浮かんだ。

―― この鬱憤がたまっているときにちょうどいい

床の間に置いてあった刀に手を伸ばすと、そっと庭に降りた。素足でひたひたと庭を横切って、音を立てずに木戸をあける。表の様子を見てから、光り輝く月の灯りを頼りに人の気配に近づいた。

「……堪忍してください」
「?!……山崎さん?」

先に詫びを入れて暗がりから姿を表したのは山崎だった。
驚いた総司の前で山崎は腰を落として身構えながらゆっくりと、手を挙げた。

「こんな時間にどないしたんです?」
「あなたこそ。どうしてこんなところに?まるで……」

総司達の家を見張っていたとでも言いそうになった総司に、山崎がにやりと笑いながら頭を掻いた。

「申し訳ありません。お答えできんのですわ」
「どういうことです?」
「申し訳ありませんなぁ。今日のところはこれで」

すぅっと暗がりに身を潜ませた山崎はあっという間に総司の目の前から姿を消した。慌てて後を追おうとした総司は、角を曲がった先に、もうすでに山崎の姿がないことを知ると、手にしていた刀を握りしめてため息をついた。
後ろを振り返りながら家に戻った総司は、部屋に戻って先ほどの飲みかけだった酒を手にしたが、今度はそれどころではなかった。

山崎が動くのは監察として新撰組の内外に関わることが起こっている場合だ。特に隊に関わりがある者の周囲を探るとなれば何らかの動きや、疑いがある時になる。

総司自身に何かがあるはずもないのは当たり前だが、この家を探るとなればほかにはセイしかいない。

―― そんなまさか。セイが……、神谷さんが隊を裏切るような真似をするはずがない

だが、このところのセイの様子は確かにおかしかった。
それを探って山崎が動いていたのか、それともほかに何かあるのか。ほかにあるとすれば何があるのだろう。

すっかり目が冴えてしまった総司は手にした酒を飲み干すと、ごろりとその場に横になった。

さすがに流れ込んでくる冷気に雨戸を閉めたものの、腕を枕にして、考え込む。かけるものもなく寒い方が眠くならずに考えに集中できたが、それも長くはもたずに、飲んだ酒のせいもあって、いつの間にか総司は眠り込んでしまった。

朝方になって、起き出したセイは隣に総司がいないのを見ると、すっと手を伸ばして床を確かめた。冷え切った布団はちょっとやそっとではなく、主がいないことを示していた。慌てて起き上がると着替えを済ませて隣の部屋へと向かった。

「総司様?」

セイは畳の上に夜着のまま転がって眠っている総司に驚いた。何事かと急いでそばに近づくと、足元に置いてあった湯呑を蹴飛ばしてしまう。

「……ん?」
「総司様!こんなところで眠ってしまうなんて!お風邪を召しますよ?」

転がった空の湯呑の音に薄らと目を覚ました総司の肩に触れるとすっかり冷え切っていた。セイはすぐに火鉢の火をおこして、部屋を暖めにかかった。寝間から大きな丹前を持ってくると総司の肩に着せる。

「どうしてこんなところでお休みになってたんですか?」

わずかに責めるような響きを滲ませたセイに、まだ完全には目を覚ましていない総司がぼうっとしながら昨夜のことを思い出す。

「初めは……」

悶々として起き出してきて酒を飲んだ。

そんなことをとても口にできるものではない。すぐに黙り込んだ総司は、それから山崎を見かけたことを思い出して、眉間に皺を刻んだ。
この家を見張られているかもしれなかったことを思い出した総司は、台所に立ったセイに視線を向けた。

「セイ」
「はい」
「昨日、土方さんに何か言われました?」
「副長にですか?今は暇な時期だから五日ほど休んでいいと言われました。その間に書類と整えてほしいと仕事は預かってまいりましたけど。それが何か?」

いつもと変わらないセイに総司はそうですか、とだけ答えた。

– 続く –