四海波 1

~はじめのお詫び〜
ついに!!夫婦になれるか?!シリーズwBGM:AI  Story
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セイと総司が松本の元を訪れた時、南部の所には松本は不在だった。大阪に行っていて、二、三日後には帰って来るというので、仕方なく二人は暇を告げた。

その後、なかなか休みが合わなかったため、セイは一人で松本法眼のもとを訪れた。

「ほぉ。おめぇ、それは本気か?」
「はい」

それほど驚くこともなく、松本が問い返した。

「そんで、沖田はどうすんだ?」
「本当は局長や副長や皆に嘘をついてきたことを、ちゃんと謝りたいんです。それでも、本当のことを言うことだけが良いことではないのもわかってます。だから、松本法眼にお願いしたいんです。それをきちんとしてからこの後のことは考えます」

まじまじと松本はセイを見つめた。

あれ程、隊を辞めるのを嫌がっていたセイが、今は隊を辞めるために力を貸してほしい、という。あれほど嫌がって、共に戦場に立つことを望んだセイが、今それを諦めるという。

「お前は本当にそれでいいのか?あれだけ沖田と一緒に戦うことに拘ってたんじゃねぇのか」

僅かな躊躇の後、はっきりとセイは顔を上げた。

「沖田先生が、一緒に生きる道を探そうと言ってくださいました。私が一緒に新撰組のために、誠のために生きたいという武士の心も一緒に、生きられる道を。その言葉が嬉しくて……。でも、私のために先生の生きる道を変えさせてしまってはいけないんです」

確かに、隊を辞めてしまったら新撰組のために働くことなど、一介の女子の身でできることなどはそうそうありえるものではない。まして、今は穏便に隊を抜けられればの話で、性別詐称ということになれば、自分も手助けした総司も切腹になりかねない。

それは今も同じなのだ。

それでも、ずっと話し合ってきて、いろんな道があって、その中から、共に歩く道を探そうと言ってくれた総司の言葉を、共に実現したいと思っている。

そのための一歩を踏み出す決意をした。

セイの顔から、その決意を読み取った松本は、黙って立ち上がると徳利に湯のみを持って現れた。がばっと湯のみに酒を継ぐと、セイに差し出した。

「俺も男だ。話は分かった。このあとのことは悪いようにはしねぇ。俺に全部任せてくれるか?」
「もちろんです。良いように取り計らっていただけますでしょうか」

湯のみを受取って、一口飲むとセイはそれを松本に返した。まるで誓いを交わす様に、受け取った湯のみを松本は一気に干す。そして、にやっと口元を綻ばせた。

「こんな面白い話、嬉しくて飲まずにいられるかってんだ。なぁ?セイ。俺はもう、お前が娘みたいな気がするよ」

そう言うと、松本は徳利からさらに酒を注いだ。その目には光るものがきらりとみえて、セイは何も言わずに頭を下げた。

確かに、ずっと長年わだかまっていた父への思いも、松本が話してくれたことで、解くことができた。

それ以後も何かと気を配ってくれた。そんな松本は、セイにとっても父親同様なのだ。

ぐいっと、目尻を拭うと、何事もなかったかのように松本が、文をしたため始めた。書き終えると、それを局長に渡すようにと告げた。

「繰り返すが、セイ。これから後のことは悪いようにはしねぇ。だから言う通りにしろよ?」
「わかりました」

そういうと、セイは屯所に帰って行った。残された松本は南部を相手に相談を始めた。セイにしても、総司にしても、思いもよらぬ方向に話が進み始めたことを、二人はまだ知らない。

良くも悪くも、行動が早い男たちが多かったのは間違いないといえる。

 

 

 

「あ、神谷さん」

「お疲れ様です。沖田先生」

屯所に戻ったセイは、すぐに総司に声をかけられた。なかなか、かけちがってしまい、セイが一人で松本のところへ行くというのを仕方なく見送ったのだった。気になって、早速、結果を聞きたがった。

「どうでした?」
「はい。話をきいてくださって、悪いようにはしないので、任せろと言ってくださいました」

はぁ~、と溜息をつくと、総司は少しだけ恨めしそうな顔をセイに向けた。

「にしても、貴女ももうちょっと待ってくれれば一緒に松本法眼のところに行けたのに」
「そんなこと言っても……」
「やってみたかったことがあるんですけどねぇ……」

徐々にごにょごにょと歯切れの悪くなった総司を不思議そうに見ながら、セイは近藤宛の文を預かってきたのだといった。

「タレ目のおじちゃんのことだから、うまくやってくれるとは思うんですけど……とにかく、局長に文を渡してきますね」

そういうと、セイは近藤の元へ向かった。

セイから文を受け取った近藤は、その場で目を通す。

「わかったよ。ありがとう、神谷君」

一読すると、にっこりと笑って副長室に入って行った。話の中身が気になったが、一言二言会話すると、二人は連れ立ってすぐに外出してしまった。

もちろん、雑務はこなした後に松本の元を訪れたセイだったが、さすがに落ち着かない。せめて、いつ隊を出ていくことになってもいいようにと、身の回りの物を片付け始めた。

それが、よかったのかどうかはわからないが、このあと無駄にならなかったことだけは確かだった。

数刻して戻った近藤と土方に局長室に呼ばれたセイは、その夜のうちに、身の回りの物をすべて持って、密かに屯所を出て行くことになる。

 

 

 

数日後、幹部会の後、ついでのように土方が告げた言葉に皆が驚いた。

「それから、神谷は病のため除隊を願い出ていたので、許可した。神谷がやっていた仕事は各自、適当に他の者に割り振ってくれ」
「土方さん?!どういうことです?」

総司が声を上げたが、ぎろっと土方に睨みつけられた。
もちろん、睨みつけられるくらいは慣れっこなのだが、あの後の話がどう転んだのかがわからないだけに、ぐっと言葉を飲み込んだ。

あの後、数日の間セイと顔を合わせることなく、そのまま今日に至るわけで、何らかの動きがあったのだろうが、自分に何もなしにセイが消えることはないはず、という思いがあった。

そんな総司の代わりに、藤堂や永倉達が一斉に声を上げた。

「辞めたって、例の如心選ってこと?それなら今までだってかわんないじゃん!」
「神谷だったら実戦に出なくたって使いようはいくらでもあったんじゃねえのか?」
「うるせぇ!!神谷は自分から願い出て辞めてったんだ!!四の五の言うんじゃねえ!」

土方が一喝すると、さすがに皆が黙りこんだ。近藤がとりなすように口を開いた。

「私達も引き止めたんだが、何より本人の意思が固くてな。皆が知っているように神谷君も真っ直ぐだから」

申し訳なさそうに近藤に言われると、誰も反論ができなくなってそのまま解散になった。総司だけは副長室に残り、土方に詰め寄った。

「土方さん、どういうことです?神谷さんが私に何も言わずに隊を辞めるなんて考えられません」
「どうもこうもねぇ。さっきの話の通りだ」
「土方さん!」

詰め寄ってくる総司を正面から見据えた土方が答えた。

「お前は、いい加減”弟分”から離れろ。でないと、本当に必要なものを見誤るぞ」

反論できないまま、呆然としている総司を土方は、さっさと副長室から追い出した。追い出されるがままに総司は、廊下で呆然と立ちすくんだ。

きっと何か松本が動いたのだろう。

そう思うのだが、どうなったのかをなぜ自分に何も言わなかったのかがわからない。

セイを信じていないわけではない。

想いを交わして、何度も話し合って、応えてくれた思いを疑うわけではないが、いつ何が起こるかわからない。それによって、セイが一人で何かを決めて去ってしまったのではないかと不安で仕方がないのだ。

今すぐ、松本のところへ確かめに向かいたい気持ちを押えて、隊部屋に戻ると斎藤を探した。探して、何を言えるのかもわからないままただ、誰かに大丈夫だと言って欲しかった。

 

しかし、その当の斎藤は副長室にいた。

「いずれかの方々の細君がと願っておりましたが、佐久様自らが面倒をみると申されているとのことで奥侍女の姿で教えを請うているようです」
「そうか。神谷は大丈夫だろう。問題はうちのガキの方だな」
「持つと思われますか?」

斎藤の目の前には、土方のほかに近藤がいた。腕を組んだまま、にやりと土方を見る。

「これがトシだったら、放っておいても何の心配もないんだが、総司のことだからなぁ」
「お前はどう思う?」

土方から水を向けられた斎藤は、あっさりと答えた。

「子供は親に似ます故、大丈夫かと」

その言葉に、親二人は深々と溜息をついた。

 

 

– 続く –