天にあらば 13

〜はじめのつぶやき〜
すいません。ある程度は善処したつもりですが、街道、通るルート、日程などは、妄想だとお許しください。

BGM:
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雲居が連れ出された後、入れ替わるように土方が現れて、午後の行程は駕籠になったことを告げた。
駕籠であれば前半のようなあれこれはできない分、セイも歩きになり、雲居の駕籠に斉藤とつくことになった。間に従者を挟んで前を行く宮様の駕籠には土方と総司がついた。
それもまた船までの短い間である。船に乗ってしまえば一息に大阪まで入ることができる。大きく時間が稼げるのはここくらいなのだ。

先行した者が船の手配を済ませていたらしく、そこからの移動は円滑に進んだ。
初めの休憩場所から襲撃されるとは思っていなかったために、一度は冷や汗をかいた。

船へ乗り込んだ後、船上では襲撃も難しいだろうと一角に固まった土方達は密かに声を落として話し始めた。

「いきなり来るとは思わなかったな」
「動きが早いですね」

土方と総司がほとんど口を動かさずに会話している。

「やはり神谷さんの言うように雲居様が狙いの様ですね」
「どうだろうな。宮は政変以来、俺達同様に長州の目の敵にはなっているが……」
「ともあれ、また襲われますよね」

話を聞きながら、セイは一行の中の顔ぶれを眺めていた。一人残らず顔を頭に叩き込んで、次はしくじらないようにするためだ。

「詳しくは夜だな。後でまた」

土方の言葉に頷きながら、難しい顔で皆が考えていた。
彼等は、常日頃からも、警護と言っても刀を持って襲いかかる者達から守ることが多い。ところが、今回はどうやらそうはいかないらしい。

――  あんまり面倒なことにはなってほしくはないんだが……

土方の心配をよそに、事態は複雑な方へと転がって行った。

舟で大阪へ向かった一行は、大阪についた時点で雲居の体調があまり思わしくないということで早めに宿を構えることになった。万一の際にと連絡してあった四天王寺をこの日の宿にすることになった。

古社でもあり宿坊として使用されることにも慣れている。

すぐに受け入れが整えられ、宮様と雲居の部屋は別個に用意され、その他従者達の部屋と侍女たちの部屋、そして新撰組の為の部屋が用意された。

それぞれ、いったん部屋に荷物を置いてからすぐに宿坊の様子を見て回った。屯所が西本願寺だけあって、だいたいどこの寺社も造りは似たようなものだ。セイだけは、自分の荷物ごと雲居に付き添っている。

「うっ……」
「どうぞ、お辛いならば横になってお楽になさってください」
「お腹が……緩めたいのに、力が緩められないの」

俗に言う“お腹が張る”という状況なのはすぐに分かった。負担が少ないように配慮したとはいえ、長距離の移動に襲われた心理的な負担だ。当り前の状態に、セイは雲居を横にならせた。

「雲居様、私には子供はおりませんが、これでも医術の心得があるんです。だから今回、同行させていただいているんです。よろしいですか?雲居様は、今、お疲れなのです。それを少しでも休んだ方がいいと、お腹のやや様が教えてくれているんですよ」
「……そう、なのかしら」
「ええ。お腹が張るというのはそう言うことみたいです。もちろん、私もやや様に話を聞いたわけじゃありませんけどね?」

くすっ。

セイのおどけた言い方に雲居がようやく笑った。そして、手を伸ばしてセイの手を握った。

「あのお茶。何か入っていたの?」

ここしばらくずっとそうだったのだろう。セイが飲むのを止めたことをきちんと受け止めていたらしい。セイは、穏やかに首を振った。

「そんなことあるんですか?私はただ、雲居様に濃いお茶よりも私が用意してきたものをお飲みいただきたかったんですよ」
「まあ、何かしら?」
「後で、夕餉の後にでも落ち着かれたら差し上げましょう」
「本当ね。約束よ?」

にっこりと頷き合って、夕餉まで少し雲居は休ませることにした。
少しの間、離れていても大丈夫かと、声を落として聞くと、今なら大丈夫だと言うのでセイは侍女達に任せて一度、用意されている部屋に戻ることにした。

ちょうど、見て回った後に用意の部屋へ土方達も顔を揃えたところだった。

「お揃いでしたか。私も雲居様の夕餉までお時間をいただいてきました」
「御苦労。お前も今日は大変な一日だったな」

斎藤が労いながら迎え入れた。荷物を置くと、セイがようやく深いため息をついた。

「はぁ~……。他はまだしも、生々しい現場に立ち合わされるのだけは勘弁してほしいです」

昼間の様子が聞こえていただけに、三人ともひきつった笑顔で曖昧に頷いた。男同士ならばまだしも、女の立場でその場にいなければならないセイのいたたまれなさは想像に難くない。

「あー…で、どうなんだ?やっぱり、狙いは雲居殿なのか?」
「おそらくそうだと思います。あの矢もそうでしたし、後はお茶ですね」
「茶?」
「気づきませんでしたか?」

土方相手に報告と説明を始めると、斎藤と総司は黙ってすっと立ち上がり、彼等のいる部屋の外を伺いながらセイの話に耳を傾け始めた。
セイは昼間、茶を運んできた侍女の様子を説明した。それと、出立前に雲居自身が殺される、と言ったことも。

「なんだってそんなに怯えてやがるんだ?」
「そこまではまだ……。ただ、周りの者が信用できない様子でした」
「侍女もか?」
「お茶を運んできたのは侍女ですよ?」

ふうむ、と土方が腕を組んだ。侍女があてにならず、セイだけが雲居の傍にいるとしても一人ではどうにも身動きができない。
かといって、あからさまに宮様を放置するような真似もできない。

「仕方ねぇな。今夜から神谷はまず雲居殿の傍につくとして、俺達が交代で一緒に傍につく。残りの二人が宮様の警護に回る。それでいいか?」

皆が頷いて、互いに状況を理解したところで、セイは自分の荷物を改めて整え直すと、再び手にした。今は大丈夫だと雲居が言っていても、何があるのかわからない。なるべく早く、雲居のもとへ戻ってやりたいと思う。

初めの晩ということで、土方がまずは立ち上がった。反応によって決めるつもりだったが、雲居の傍につくもりでいた。

「挨拶を兼ねて様子を見てくる」

土方は立ち上がると、セイと共に部屋を後にした。斎藤は、特にひどく疲れきった顔の総司を見て、これがセイであれば、きっちりと話しかけて、疲れを吐き出してほっと一息ついた顔を見るまでは面倒を見るのだが、相手が相手だけにさっくりと見なかったふりをした。

――  俺には、男を甘やかす趣味はないからな

まだ初日だというのに、彼等の道中はすでに波乱のただ中に抜き差しならぬところまで踏み出していた。

 

– 続く –