天にあらば 19

〜はじめのつぶやき〜
お待たせしました。 ただいま。
BGM:
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朝方、まだ外も暗いうちにそっと総司は、膝の上に倒れこむようにして眠っていたセイを揺り起した。

本当は、膝の上に感じられる温かさや柔らかさが嬉しくて、盛られた薬の影響を抑え込んでいても抱き寄せたくて仕方がなかった。

仕事中だと、斎藤が言うように私情と混同するようなことはない。
それでもこの想いは、まるで夫婦になる前に互いの想いさえ伝えられずに切ない思いを抱えていたあの頃のようだ。

ぎりぎりまで寝かせておきたかったが、もう間もなく夜が明けるなら、起こさないわけにはいかなかった。

「ん……」
「神谷さん。起きなさい」

はっ、と身を起こしたセイに、し、と指を立てて総司は静かに、と言った。

「そう……、沖田先生」
「目が覚めましたか」
「すみません。眠ってしまったんですね」

密やかな囁きでかわす会話が、喧嘩する前の二人のようで柔らかく響いた。
目をこすって瞬きしたセイの無防備な顔が総司には、嬉しくて、ふ、と微笑んだ総司はセイの目尻に軽く唇で触れた。

「ずっと、ちゃんと寝てなかったんだから少しくらい大丈夫ですよ」
「……もう。ちゃんと寝てましたよ」
「本当に?」

苦笑いを浮かべた総司の顔が、嘘つきですねぇと言っていて、セイは視線を外して眠っていたために緩んだ着物を整えた。座りなおしたセイの顔が疲れのためか、あまりよくないように見えた。

「今日もたくさん移動しますから動けないものは連れて行けませんよ」

その厳しい声にはセイを気遣うものと、一番隊組長としての両方の側面がある。
セイは、ちらっと総司の顔を見たが黙って頷いた。

二人は揃って、雲居の休んでいる部屋のほうを向いて静かに座っていた。
障子の向こうが徐々に明るさを増していくのを感じる。また長い一日が始まる。

 

 

 

やがて、夜が明けると雲居も起きだして、朝餉や出立の支度など、やることは山のようにあり、セイと総司は朝餉を取った土方と斎藤の二人と交代すると、自分たちに与えられていた控えの間に移り朝餉を取った。

ほとんど食べないセイに総司が険しい顔を向けると、セイは困った顔をして膳の上の汁物にだけ手を伸ばした。

「そういえば、昨夜お話できませんでしたが、雲居様は単なるご正室様方とのお家騒動で狙われているだけではないらしいです」

セイは、昨日かさねから聞いた、雲居の家のこと、それぞれの立場によるものを総司にも話して聞かせた。
雲居の家と宮様の立場を考えると、雲居が襲われるのは正室方の想いだけではないことは明白だ。それだけに、単なるいじめや嫌がらせの域をはるかに超えている。

「そうですか。ということは、状況は厳しいままということですね」
「ええ。何事もなければいいのですが、一行の中にも敵がいるかもしれないということはますます気が抜けません」

なんとか、汁ものだけを喉の奥に押し込んだセイは自分の膳と総司の膳を重ねて下げようとした。その手を止めて、総司がそれを自分のほうへ引き寄せる。

「貴女は、出発の準備をしてください。私が運びましょう」
「すみません」

一瞬の隙をついて、総司がセイを引き寄せた。重ねられた膳にぶつかって食器ががちゃん、と音をたてた。

「おき……」

強く抱き寄せた腕の中で、セイの耳元で総司は気をつけて、と囁いた。またしばらく二人でいる時間などはなくなる。とん、と総司の胸にセイの額が押しつけられた。

「セイ?」
「……絶対、無事に送り届けてあげたいんです」

自分よりまだ若くて、数奇な運命を辿り、身重の体で移動する。明るくて、ちょっと信じられないくらい奔放で、かわいらしい雲居を守ってやりたい。

どうしても感情移入してしまうのは、自分が女だからとは思いたくはない。でも総司たちにはわからないものまで見えてしまうのは仕方がない。

 

心が、揺れる。

 

「貴女しか見えないことがあるように、私達にしかわからないこともある。しっかりしなさい」

優しく抱き寄せる腕とは違う厳しい声に、セイはぎゅっと目をつむった。そして、そっとその胸を押し返した。

「すみません。沖田先生」
「神谷さん」
「支度を……しますから」

包み込んだ腕から離れたセイは、顔を伏せたまま自分の荷物のもとへ戻ろうと、廊下へ出た。そのあとに続いて廊下に出た総司は、セイとは逆に台所のほうへと足を向けた。

土方と斎藤が詰めていた雲居のもとへ行くと、雲居はすでに着替えを終えていたが寝不足のせいなのか非常に機嫌が悪かった。かさねが宥めてあれこれと話しかけているが、続く部屋への襖は閉じられている。

「お待たせしました」
「戻ったか。だいぶご機嫌がよろしいようだぞ」
「そのようですね。昨夜の話は?」
「斎藤には話した。そっちは?」

声をひそめて土方はセイに問いかけた。なるべく隣の部屋からは離れた位置に座していた二人のもとに座ると、セイも声を落として話し始めた。

「先程お話させていただきました」
「そうか。今日もお前らは雲居様につけ。俺と斎藤で宮様につく」
「わかりました」

黙って隣にいた斎藤がセイの顔を見てその顔色の悪さをちらりと見たが、黙って頷いた。セイは自分の荷物の傍に行くと、中身を整え始めた。なにかあってもすぐに対処できるように、薬籠代わりに持ってきた小さい荷がひどく重く感じられる。

「今日も長くなりそうだ」

背後から斎藤が呟いた声が聞こえた。隣の部屋からは雲居が当たり散らす声が聞こえる。

 

 

– 続く –

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