天にあらば 18

〜はじめのつぶやき〜
夫婦喧嘩まで~。いや喧嘩かな?
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「貴女は何かされませんでしたか?」

かさねと共に隣の部屋との襖を閉めたセイを傍に呼びよせて、廊下側に座ると声を落として囁いた。その口調がまるで探るような言い方だったことにかちん、ときたセイは眉をひそめた。

「そういう沖田先生は、何をされたんですか?」
「私のことはいいんです。貴女のことをですね」
「どうしていいんですか?さっきもかさねさんへ、何やらすらすらとおっしゃってましたけど、沖田先生も副長みたいなこと平気でおっしゃるんですね」
「あ、あのですねぇ」

再び夫婦喧嘩のような言い合いになりかけて、総司が困惑した声をあげた。つん、とそっぽを向いてしまったセイに、仕方なく隣に近づいてセイの機嫌をなだめようとする。

「言い方が気に障ったなら謝りますから。何をされたんです?」
「沖田先生は?」
「……」

――  怒らないでくださいね?

声を落とした総司がそう言うと、セイの腕をひいてぐいっと自分の方へ抱き寄せた。おそらく聞き耳を立てているだろう雲居やかさねを警戒して、抱き寄せたセイの耳朶を啄ばむようにして唇を寄せた。

 

――  つまり、こういう薬を盛られたようです。宮様付きの侍女を名乗る警護の方に。

 

抵抗しかけたセイは耳元で囁かれた言葉と抱き寄せられて気づいた総司の変化にかぁっと赤くなった。先ほど雲居が少しだけお酒に混ぜたと言っていたも のが何だったのか、ようやく分かった。自分の方もあの後はばたばたしたものの、こうして抱き寄せられていると感覚が鋭くなってきてしまう。

「……わかりましたから、離してください」
「貴女が何をされたか聞くまでは離しません」
「沖田先生!」

――  雲居様やかさねさんが絶対様子を窺ってますって!
――  わかってます

耳元で低く囁いた声に、セイの顔がますます赤くなるのをみて、眉をひそめた。相手が雲居なら女性だけに無体なことはしないだろうが、総司達と同じように薬を盛るくらいはされたのかもしれない。

試しにと耳朶から首筋へ少しだけ舌を這わせると、びくっと大きくセイの体が揺れた。

「……っ、本当に離してくださいっ」

総司の手を振り払ったセイは自分の頬を押さえて、落ち着こうと深く息を吸った。諸手を挙げた総司がため息をついて、座りなおした。

土方が戻ってきても、この状態のセイと二人でこの部屋に一晩、宿直させる気になどなれるわけがない。

「きっと今夜は私と代わるようにと斎藤さんがもうすぐ来るでしょうから……」
「すまんな。もう来てる」

顔が見える程度に少しだけ廊下側の障子が開いて斎藤が顔を覗かせた。セイとのやりとりが終わるまで廊下で待っていたらしい。セイがますます顔を赤くして斎藤の方を見ないように顔を伏せた。

「沖田さんの予想通り、副長と俺は向こうの部屋にいる。宮様のお傍には彼等がいるから大丈夫だろう」
「そうなんですか?」
「さっき部屋を見に行ったら二人とももういなかった」

土方が復活するまで、斎藤は先ほどの宮様の部屋に様子を見に行っていた。隣の部屋には、総司と斎藤があて落とした侍女二人がまだ意識を取り戻してはいないはずなのに、そこには誰かがいた形跡はもうなかった。床も片付けられていて、そこには何もない。

宮様が今宵、どの部屋で休んでいるのかはわからないが、奥の院に近い方にどうも先ほどの侍女たちの気配がするようだ。わざと離れていてもわかるようにその気配をあからさまにしているらしい。

――  近づくなということか

「そういうことで、俺と副長はお役御免らしい。なんならここと代わってもいいが?」
「斎藤さんが?」
「二人揃ってでもいいそうだ」

一応、気を遣ったらしい土方の伝言を伝えると斎藤はちらりとセイの方を見た。その視線から庇うように総司が障子を半分程度に閉める。

「いいですよ。今夜はこのまま神谷さんと宿直をします。明日、出発前にまた相談しましょう」
「承知した」

斎藤が最後に、声には出さずに口だけを動かした。

『仕事中』

しれっととぼけた顔でそれを受けた総司がぴしゃりと障子を閉めた。その後ろで、なんとか顔の赤みが引いてきたセイが文句を言いたそうな顔を向けていた。

斎藤と総司のやりとりで、自分が雲居にされたのと同様に、総司達もその侍女とやらに迫られたことは間違いなさそうだ。しかし、それを聞いてしまうと 自分はどうなのだとまた聞かれてしまう。あんなことを自分の口から総司に、しかも隣に本人が寝ている部屋だというのに説明などできるはずがない。

思い出しただけで恥ずかしくなる。

少しでも、正気に戻ろうと、セイは部屋の真ん中に移動した。セイが一人、傍から離れて行ったので、ふう、と息をついた総司は音もなく立ち上がると隣に続く襖の前に屈みこんだ。
セイが物問い気な視線を向けると、しぃ、と口元に指を立てる。

隣の部屋からすれば、衣ずれの音がした後、急に静かになったこちらに興味深々でというところだろう。微かだが、ごくりと息を飲む気配に苦笑いした総司はすっと、襖を左右に開いた。

「あっ」
「やだっ!!」

そこには、真っ白な夜着の雲居と、着物を整えたかさねが左右逆にすれば、ほぼ同じ姿で襖に向かって耳を向けていた姿で固まっていた。突然、目の前で開かれた襖に雲居とかさねは顔を見合せて、バツが悪そうに襖に向かって寄りかかるような姿勢から、きちんと座りなおした。

「雲居様」
「こほん。別にいいじゃない。別に、気にせずに色々してくれても構わないのよ?」

苦い笑いの総司に諌めるように呼びかけられて、雲居は開き直った。

「だって、人がどんな風なのか気になるじゃない」
「雲居様が、幅広く興味を持たれることはわかりましたが、また明日になれば長距離の移動になります。早くお休みになりませんと、雲居様もお腹のややもお疲れになりますよ」

総司に云われるとはっと正気に戻ったのか、かさねも雲居の手を取って首を横に振った。
雲居のわがままはほとんど聞いてしまうかさねだったが、確かにもう時刻も遅い。

「また、お二人には違うお話をお願いするとして、本当にもうお休みになりませんといけませんわ。雲居様」
「わかったわよっ。つまんないのっ。明日も二人は私につくのよ?!約束だから!」

かさねに手をひかれて床に戻りながら、最後の一言だけは言わずにおくものかと雲居が言ったことに、総司も仕方なく頷いた。

呆れかえって黙って見ていたセイは、総司が頷いたので、目を見開いたもののここで何かを言ってもどうにもならないと腹をくくって、同じく頷いた。雲居が床に入るのを見届けると、総司は再び襖を閉めた。

 

セイの隣に座ると、小さな声で言った。

――  少しくらい貴女も眠ったほうがいいですよ。何かあれば起しますから

宿直だというのにそんなことをいう総司に、セイは何をいうのかという目を向けていたが、しばらくして、端坐したまま、かくりかくり、と舟を漕ぎ始めた。ここしばらくちゃんと眠っていないだけに、移動の疲れが相まって眠気が来たのだろう。
総司は黙って自分の方へ引き寄せると、自分の羽織を脱いでセイの肩にかけた。

「寄り掛かっているくらいならいいでしょう?」

身を起こしかけたセイは、睡魔と寄りかかるだけだという言葉に負けて、再び目を閉じてしまった。

 

– 続く –