天にあらば 21

〜はじめのつぶやき〜
宮様、慶喜くんみたいな感じですね。
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夏に連れられて宮様の部屋に向かったセイが対面したのは、総司と斎藤とは異なり、宮様本人だった。
部屋にはすでに宮様とセイの分の夕餉が整えられていて、侍女は夏と秋がついていた。

「わざわざすまんな。雲居がだいぶ駄々をこねたと聞いた故、詫びておこうと思ってな。遠慮することはない」

夕餉の膳を前に勧められてセイは頭を下げて席に着いた。横にはにっこりと微笑んだ夏がついた。
食前酒には流石に懲りて手をつけていないが、どれにしても何か入っていそうで内心はドキドキしながらセイは箸を手にした。

「やや様がいらっしゃるわけですし、まして雲居様はお若いので不安になられるのも致し方ないかと思います。あのご様子では明日の行程は伸ばして一日こちらで休養されてはいかがでしょうか」
「いや。日程を変更するつもりはない」
「それでは雲居様のお体も不安になります」

セイが心配するほどに、雲居の体調はあまり良くない。1日我慢して移動してきただけに薬湯を与えたときには、ずいぶん腹も張って辛そうだったのだ。せめて一日行程をずらして休ませてやれれば違う。

「行程を変えるつもりはない。もとよりあれも承知していることだ」
「そんな!失礼ながら宮様におかれては雲居様のご容体がおわかりではないのではありませんか」

セイがいく分強い口調で言い返すと、宮様は面白そうな顔を向けた。ただ警護にきたセイがそれだけ感情移入するのが不思議に思えたのだろう。

「神谷殿。そなた、そこまでなぜ雲居に肩入れする?」
「警護のお仕事としてお引き受けさせていただいたんです。ご無事でお送りさせていただくのは当たり前です」
「やはり、そなたはおもしろいな」

セイが箸をおいてまっすぐに宮様を見つめると、宮様もまっすぐに見返してきた。盃を置くと、夏と秋に向かって何か合図をしたらしい。二人が顔を見合わせてから一呼吸おいて部屋を出て行った。

「神谷殿。私は行程を変えるつもりはない。わかっているだろうが、私と雲居の家は複雑な立場に置かれている」
「存じております」
「今の者たちは幕府側から私につけられた者たちだ。あれらは雲居を守ってはいるが、私の相手が雲居でなくてもかまわないと思っている」
「それは……」

こうして目の前にした宮様は、話にきくような艶福家にはとてもみえない、聡明な方に見える。年のころは土方や近藤と同じくらいだろうが、どことなく雰囲気は浮之助に似ている気がする。

落ち着いた宮様は、セイに向けて話し始めた。この無謀と思える旅の理由を。

「私は今、幕府側と隠密裏に調整を図っている。今がどれだけ危険な状況になっているかは、幕府だけではない。朝廷側とて同じことだ。仮に、倒幕という事態になったとしてもそれが穏やかに行われなければ、朝廷側にとっても大いに困ることになる」

いきなり政治問題に話が飛んで、セイはある程度まではついていけるが水面下での動向までは知らないために、困惑した顔で話に聞き入った。

「幕府側に立ったのは雲居の父だ。神職という仮の姿を使い、なんとか事態を収めようとしているのだ。それゆえ、雲居は差し出された者。雲居自身もそれを承知している」

セイはそれ以上、何を言っていいのかわからなかった。これを聞いたのが土方や総司だったらどうだったろう。
宮様は淡々と話を続けた。その話しぶりはどこかセイに聞かせるためではなく、自分自身に言って聞かせているようだ。

「雲居の懐妊も想定されていなかったとは言わない。そして、この旅で雲居とその子がどうなったとしても我らは止まるわけにいかないのだ。それさえ賭けにしても、な」
「だとしても、雲居様のお命さえ危険にさらすということですか」
「この状況下で誰か一人の命と引き換えにしてもなさねばならないことがあることぐらいわかるだろう」

黙って聞いていたセイの前に、膳をどけた宮様が立ち上がって屈みこんだ。目の前の盃に酒を満たすと、それをセイに差し出した。

「雲居を守るというならこの酒を口にする気があるのか」

その意味もわからないまま、セイは盃を手にした。何を言われても、目の前で守るといった雲居を危険にさらしてそのままにはしておけない。

迷わず手を伸ばしたセイは盃を干した。

「失礼いたします」

回答を待たずに廊下側の障子が開けられた。土方がその向こうに座って、険しい顔をしている。

「こちらに私共の者がお邪魔しているかと思いますが」
「急ぎかな?」
「は。申し訳ございませんが、こちらでも警護について打ち合わせをさせていただきたく、ご用がお済みでしたらよろしいでしょうか」

ふん、と土方と視線を合わせた宮様は、セイの前から立ち上がった。廊下に座った土方が頭を下げると、宮様は興味が失せたとばかりに元の場所に戻り座った。

「夏、秋」

宮様が呼ぶ声に応じてすぐに侍女二人が現れた。それぞれが部屋の中を整えて行く中でセイもとりあえずここから去っていいらしい。
立ち上がると廊下でセイを待っている土方の元へ向かった。セイを先に行かせてから頭を下げて土方も廊下の障子を閉めた。

 

「……不用心すぎる」
「すみません」
「とにかく来い」

前を歩いていたセイは後ろから土方の低い声に叱責されて、軽く頭を下げながら歩いていく。雲居の部屋に向かうのかと思ったが、腕を引かれて自分たちの控えの間のほうへと向かった。

控室に入ると、総司と斎藤がじりじりと座って待っていた。セイが顔を見せると、あからさまにほっとした顔になる。

「よかった。戻ってこれたんですね」

総司が立ち上がってセイを迎え入れた。土方が後ろを振り返りながらセイを部屋に押し込んだ。
部屋の中央にそれぞれが腰を下ろしたところで、セイは困惑を隠せずにいた。土方をはじめとして、皆の緊張した顔の意味がわからないのだ。

「お前は何を考えている」
「副長、そう言われても、呼ばれて簡単にお断りできるわけないじゃないですか」
「お前はわかってない」
「宮様が私を目当てにされることはありません」

セイの肩に置かれた総司の手をがびくっと震えて、みるみる顔が厳しくなっていく。
しかし、セイはその手をそっとおろして土方の顔だけでなく、総司を振り返った。

「宮様からお話をいただきました。私が来る前に調べたことと一緒にお話を聞いていただいたほうがいいかもしれません」
「来る前に調べた?」
「局長にはご相談してます。事が起こるまでは黙っているようにと言われたのですが、もうお話すべきだと思います」

セイは自分の荷物から持ってきた山崎の調べたもの、それを土方たちに渡して、彼らが読んでいる間に宮様との会話を話した。

「私には、雲居様も宮様もどこかで運を天に預けていらっしゃるようにしか思えませんでした。おそらく、日程がずらせないということは、会談の日程でも決まっていらっしゃるのかもしれません」
「お前……、これだけ調べておいて黙って来たってのか?」
「私は、宮様がどうであれご懐妊されている雲居様の状態、置かれている状況を確認するのは当然です。もちろんそれを局長へ報告するのも」

セイが調べていた方は、宮家の内情がほとんどだ。
ご正室や側室方の状況、なぜ雲居がそれだけ狙われるのか。

家と家の格や対立関係、そこにはやはり雲居の実家が幕府方ということが色濃く滲みでていた。まして、宮様の立場も今の朝廷内での発言権や諸々を考えると、どちらよりに流れても危険なことはわかる。

ばさりと文を斎藤と総司に放り出しながら、はーっ、と深く土方がため息を吐きだした。

「これまで黙って来たことには説教じゃすませねぇところだがな。近藤さんが黙ってろって言ったなら仕方もねぇ。とにかく、俺達の仕事は雲居様を無事に送り届けた後、宮様をまた京まで守ることだ」

読み終わった文を総司にすべて渡した斎藤が、立ち上がった。

「頼めるか?斎藤」
「一度、様子を見る必要があるでしょう」
「俺は予定通り雲居様の傍に付く。総司。今日は神谷を休ませろ」

土方と斎藤がそろって部屋を出て行った後、すべての文をたたんだ総司は、セイの手にそれを戻した。

 

– 続く –