天にあらば 32

〜はじめのつぶやき〜
強引に見えますが、元々こういう終わりだったんです。ほんとですから!!
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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「副長!!おかえりなさいませ!!」
「わぁ!!副長達が戻ったぞ!」

伏見で馬を下りた一行は船を使って京まで戻った。近づいてきた土方達の姿に門脇の隊士が屯所の中に向かって叫んだ。次々と奥から手がすいていた隊士達が走り出てくる。

「おかえりなさい!副長」
「斎藤先生!沖田先生」

次々と、あちこちから声がかかり、あっという間に土方達は隊士達に囲まれた。しかし、皆、思ったよりは疲れた顔をしていないが、どことなく不機嫌そうな雰囲気で、曖昧に頷くと、奥へと向かう。最後に門をくぐったセイの姿にさらにお帰りの声が上がる。

「神谷~~」
「うるさいっ!!」

まとわりついてきた中村をケリの一発で排除すると、総司達の後に続いて大階段を上がった。
こんな出張から帰った時くらいと思っていた中村は背後に冷たい視線を感じて恐る恐る振り返ると総司の冷ややかな視線にぶつかった。

ぎくっと身をすくませた中村はこそこそと道場のほうへと逃げ去った。

「戻ったぞ、近藤さん」
「トシ!それに、斎藤君も総司も神谷君も。お疲れさまだったね」

局長室へまずは帰営の報告に入ると近藤が手放しで迎え入れた。それぞれが腰を下ろすと、近藤から労いの言葉がかけられて、とりあえずの挨拶を済ませると報告は明日以降でいいとなった。

「お前らはいいぞ」
「そうだな。皆疲れてるだろう?詳しい報告は明日聞こう。今日のところは、着替えて風呂にでも入って、ゆっくりと休んでくれ」

斎藤は、さっさと局長室からでて行ってしまい、総司に促されてセイも診療所へ向かった。

「今日は診療所に泊ってください。明日、ゆっくり帰りましょう。私もいなかった間の事がありますので、今夜は向こうに泊ります」
「わかりました。お着換えだけこちらにいただきます」

診療所の小者に湯の支度を頼むと、隊士等のほうへ総司は戻った。セイは、一人小部屋にどさりと荷物を置くと部屋の真ん中に座りこんだ。
自分と総司の荷物から洗い物を取り出して、まだ日があるうちに小物だけでも洗ってしまおうと診療所のための風呂場の傍へ向かった。

 

セイが一人、診療所にいる間に、斎藤や総司は着替えと風呂を済ませて隊士達から出張の間の報告を受けた。特に大きな騒ぎは起こらなかったようで、二人はそれぞれにほっと胸を撫で下した。

夕餉の後に、総司が隊部屋をでて局長室へ向かうと、ほぼ同時に斎藤が隊部屋を出てきた。

「そちらは特に何も?」
「ああ。一番隊も何事もなかったようじゃないか」
「ええ」

申し合わせたわけではないが、二人揃って局長室へ向かって歩き出した。局長室へ入ると、土方とと近藤が話あっていた。

「失礼します」
「ちょうど今話をしていたところだよ」
「組下の者達から話をきいたところです」

頷いた近藤と土方の間ではすでにある程度は話が済んだようだった。
よくわからないままに警護にでて、よくわからないうちに面倒が起り、その間にかってに話が変わり、途中で仕事は終わりだと帰ってきてしまった。

誰にとっても不本意な仕事だった。

「皆にも本当に申し訳なかったね。気分の悪い仕事をさせてしまったようだ」
「仕事に気分の良いも悪いもねぇよ」

二人をねぎらった近藤の一言を、一番面白くないであろう土方が引き取った。
こういう話を一番嫌うその人が言うだけ言って、話を収めたのだろうから、これ以上斎藤や総司から何かを言う必要ななさそうにも見えたが、結局のところ、何がどう収まったのかだけは知りたい気持ちがあった。

「何か、ありましたか?」

広い意味で総司が問いかけを投げると、近藤が首を振った。

「会津公にはお目にかかったが、これと言ったことは何も、な。ただ、昨日わざわざのお呼び出しがあって、皆が要人警護のための出張に出たことはなかったことにするよう、指示が出された。何かがあったんだろうな」
「俺達は、結局のところ、要人警護の予定だったが、急遽中止になり、大阪にいたことになった。だから隊の中でも余計なことはしゃべるなよ」
「承知しました」

斎藤と総司が頷いた。斎藤はいずれ黒谷に向かうこともある。その際にでも話は耳にできるだろうと思った。重ねて近藤が総司のほうを向いた。

「神谷君には辛い仕事だったんじゃないか?総司。今日は家に帰ってもよかったんだぞ」
「いえ、大丈夫です。あの人も帰ってくる間に随分落ち着きましたから」

ほろ苦い笑いで総司が答えた。
相乗りしていた馬上で、女武芸者風の姿だけに、堂々と総司にしがみつくわけにもいかず、ひたすら俯いたままで過ごしていた。途中で泊った宿では全く口を開かず、二間続きの部屋をとっていたが、狭いほうの一間を与えられてひっそりとその部屋で過ごした。

総司もあえてセイを構うことなく、斎藤や土方達と共にいて、世間話や近藤の話、屯所に戻るときの土産の話など、他愛もない話をし、休む時も土方達の方に床をとった。

土方も斎藤も何も言わずに、かまわずにいた。それがかえってセイを落ち着かせたようだ。伏見から戻る頃には、セイも淡々とした、いつもよりは幾分元気がないくらいの様子まで戻ってきていた。

男達には、おそらく雲居からの連絡も、その後の消息も彼らのところには来るはずもないと思っている。無事に雲居がややを生むことさえ難しいと今でも思っているのだ。そこが割り切れるかどうかは、セイが自分の中で区切りをつけるほかない。

「時には、私よりしっかりしてきちゃったくらいですからね。大丈夫ですよ、きっと」

夫としてセイを守る顔よりも、新撰組幹部としての顔が覗いた総司は、そう答えた。

 

– 続く –