天にあらば 33

〜はじめのつぶやき〜
お、終わらないかと思いましたよ。最後が微妙に長くなった・・・。
長々とおつきあいいただきました。ありがとうございました。(逃
BGM:FIND AWAY   鮎川麻弥
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それから、二か月近く。
隊の中はいつもの姿に戻り、セイは普段通りの医師として診療所で働いていた。

「ほらっ!!いいからこのくらいの傷、往生際が悪いですよ!」

隊士の怪我を治療しているところに、隊務の合間をぬって総司が診療所へ現れた。

「忙しそうですね?」
「沖田先生。少しお待ちくださいますか?今、この傷を消毒してしまいますから」

そういうと、浅い切り傷とはいえ、ふくらはぎの刀傷に向かって容赦なく焼酎をかけて傷口を洗い流した。

「ぐおおお。いってぇぇぇぇぇ」
「このくらい、一瞬じゃないですか。すぐに収まりますよ。さ、膏薬を張りますから」

さらしの切れにたっぷりと膏薬を塗ると、それを傷口にかぶせた後、油紙をかぶせてぐるぐると包帯を巻いた。今日は少し腫れるかもしれないが、隊の中では大した傷に入らない。

桶の中で手を洗うと、セイがようやく総司のもとへやってきた。

「お待たせしました。何かお急ぎでしたか?」

いつもなら、小部屋に入って待つ総司が、急ぎでもなさそうな様子なのに、診療所の前の廊下に立って、診療所の中全体をぼうっと見て立っていた。

セイが目の前に来て、はっと目が動いた総司はいつもの穏やかな顔に戻っていた。

「土方さんが呼んでますよ。少し時間、いいですか?」
「えっ、なんだ。だったら早く言ってくださればよかったのに。すぐに参りますね」

そういうと、割烹着のように、着物を汚さないようにしていた上着を脱いで小者に渡したセイは総司の後について副長室へ向かった。

「失礼します。神谷です」
「入れ」

いつものように文机の前に座っている土方の前に座ったセイに、土方はすっと一通の文を差しだした。

「一ツ橋公からだ。お前にだそうだ」
「……?」

浮之助からならいつも直接、文を貰っているセイは不思議そうな顔をしながら文を手に取った。一緒に来た総司はセイよりも部屋の奥側に座っている。どうやら話の中身を知っているらしい。

ちらっと総司の顔を見ながらセイは文を開いた。

「……」

黙ったまま文に目を通したセイは、一通り読み終えると元のように文をたたむと土方へ文を返した。

「ありがとうございました」
「もういいのか?」
「ええ」

セイが読んだ文の中身は、雲居についてだった。土方も総司ももっとセイが動揺するのではと思っていただけに、落ち着いて文を返してきたセイをいぶかしげに見ている。

「なんですか?」
「いや。もっとなんでなんだ、とかお前なら言い出すんじゃないかと……。まあ、いいならいいんだが」
「他に何かあったんですか?」

あまりに落ち着いてまっすぐ見返してきたセイの目に負けて、その他にわかっていることをセイにも話した。それは、セイを呼ぶ前に総司や斎藤にも話していたことと同じだ。

「……そうですか。わかりました。教えてくださってありがとうございます。ほかになければこれで失礼してよろしいですか?」
「あ…、ああ。ご苦労だったな」

あっさりとセイは頭を下げると、副長室を後にして診療所へ戻っていった。土方は、総司の顔を見てあれはなんだ?と思わず問いかけてしまった。

「あんな奴だったか?」
「ええ、まあ。はい」

苦笑いを浮かべた総司が頷いて、私もここで失礼します、と言って部屋を出て行った。総司が部屋を出て行ったから、土方は再び文机に戻っていたが、しばらくして何を思ったのか顔を上げた。

「……なるほど、な」

思わず障子に目をやってから、障子越しでは診療所が見えないことに自分で笑って、再び書類に目を落とした。

 

 

 

いつも通り、隊務をこなした後、夕方になって診療所に総司が顔をだした。

「あっ、沖田先生。もうちょっとまってくださいね。今、今夜の分の薬を用意したら終わりますから」

土方の部屋に呼ばれる前に傷口を手当てしていた隊士のための薬を用意していたセイは、顔だけを上げた。頷きを返した総司はいつものように小部屋に入ってセイを待っていた。

薬を作り終えたセイは後を小者に任せると、急いで小部屋に入った。いつも急がなくていいと言われているのに、結局急いでしまうのは、やはり待たせていたら落ち着かないからだ。

バタバタと支度を済ませたセイが荷物を手にするとにこっと笑った。

「お待たせしました。沖田先生」
「はい。お待ちしてました。さ、行きましょう」

いつものようにセイの荷物に手を伸ばすと、総司が先に立って歩き出した。

家につくと、いつものように夕餉の支度を始めて、総司はいつものように刀の手入れを始めた。穏やかな会話をしながら夕餉を済ませると、床の支度を済ませたセイが総司に声をかけた。

「総司様、私少しだけ仕事もってきちゃったので、お先にお休みになってください」

屯所から持ってきた書類をちらっと見せたセイに、総司がくいっと首を傾けた。夜着に着替えた総司は、すいっとセイの手元の書類取り上げた。

「医学書、でしょ?」
「ええ」
「きなさい」

手にした医学書を荷物の上に置くと、セイの手を引いて寝室に連れて行った。

「あ、あの、総司様」
「もういいですよ」

すとん、と床の上に座った総司がセイを懐に抱きよせた。総司の胸に頭を押し付けられて、驚いたセイはがんばって総司の顔を見上げた。

「はい?」
「泣くの、我慢してたでしょ」
「そんなことないですよ」
「いいから。もう我慢しなくてもいいんですよ」

ぎゅっと抱きしめた総司の腕を初めは除けようとしていたセイがその腕を掴んだ。

「セイ?」

強く腕をつかんだセイが堰を切ったように泣きだした。
雲居は、あの後一度は落ち着いたものの、早産のうえ儚くなったらしい。宮様から非公式に感謝と雲居が最後までセイの事を口にしていたということで、浮之助名義ではなく、一ツ橋公の名前で文を届けてよこした。

『私を覚えていてね』

雲居と話した言葉が思い出される。
仕方がないことだとわかっているのだ。どうしようもない時代で、浮之助達のような方々の今回のような表には出せない出来事の陰で、消えゆくものがあっても大きな何かのためには仕方がないことだと。

それでも目の前で笑って、話をした相手が確かにいたのに。

胸に強く顔を押し付けて、わぁーんと泣くセイの背中をとんとん、と総司は優しくあやすように叩いた。

「貴女が泣いてあげなかったら、雲居様もかさねさんも、いなかったことになってしまうけど、こうして貴女が彼女達の想いや、心を受け継いであげられたらいいですね。貴女も、私もいつそうなってもおかしくないですし」

泣いて、泣いて、本当は総司だけを先に寝かせて、こっそりと泣こうと思っていたセイは、泣き疲れていつの間にかそのまま眠ってしまった。
徐々に腕の中で力が抜けて、急に重さを増したセイの体を抱き上げると隣に寝かせた。
総司は立ち上がると、濡らした手拭いをもってきてセイの泣きはらした瞼の上に乗せた。

「こんなに泣いたら、明日が大変ですよ」

ひっそりと囁いた総司は、隣りに横になるとセイの寝顔を眺めた。

自分達ではきっと、彼女達の想いを受け止めてはやれなかっただろう。そう思うと、セイには辛いことだろうし、重いものだろうが、彼女達にとってはよかったのかもしれない。

――  貴女は優しいからいつでもこうして重い荷物を増やしてしまいますね

それでも、そんなセイが愛しいくて、せめて自分だけはセイの荷物を一緒に持ってやりたいと思う。

――  いつか、私も貴女を置いて行く日が来るかもしれないけれど

 

 

 

それまで貴女を守って、雲居が憧れだといった比翼の鳥のように共にあり続けることを。

– 終わり –