天にあらば 8

〜はじめのつぶやき〜
お守り役は大変ですよ~。

BGM:浅井健一 Mud Surfer
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「…………」

副長室に出張に出向く面子が集まったが、土方が目線で斉藤に文句を言っていた。

――  何なんだ?!
――  知りませんな

日程の確認やら宿の場所、辿る街道や確認しておくべきことは山のようにあった。土方が代表して相手方と話を詰めて、その中身を説明するために集まったわけだが、部屋に入ってきた瞬間から総司とセイの様子がおかしい。

斉藤の顔を見ると、自分には聞いてくれるなとばかりに視線を逸らす。

「ごほっ、まあこんなところだ。何か問題があるか?」

不穏な空気をあえて無視して、土方が一通りの説明を終わらせた。総司もセイも互いに視線を合わせようとはしない。総司のほうは時折、セイに視線を投げかけているものの、セイにいたっては完全に視界から総司を消したかのようだ。
と思えば、仕事に関してだけは、何事もなかったように話しかける。

―― わけがわからん

問題ないと頷きだけが返ってきて、匙を投げそうになった土方は、じゃあ、と言って出発の日時を確認すると、解散とした。
副長室からセイが出て行くと、それまで背筋を伸ばしていた総司が見る見るうちにその背中が丸くなった。

その態度に聞くまでもないことをあえて確認しなければならない立場が辛い。

「一応、聞いてやる。……喧嘩してるんだな?」

がくっと音がしそうなくらい総司の頭が下がった。斉藤が無言で天井を仰ぐ。

「全部吐け」

呆れるのを通り越した土方にそう言われて、ぼそぼそと総司が説明し始めた。

「私はただ、聞いただけですよ?それなのに……。それ以来、最低限しか話をしてくれないし、先に休んでくれって言われてどこで寝てるのか、もう二日も隣では眠ってないし」
「お前なぁ……。明後日の朝には出発するってのに何をやってんだ?」

もう次の言葉が出てこない。
とにかく、埒が明かないのも事実で、土方は斉藤に話を振った。

「斉藤。お前、神谷の稽古って何か知ってるのか?」
「さあ。私も、一人で密かに木刀を振ったりしているのは知っていますが、特別に誰かと稽古をしているかといわれてもわかりかねます」
「そう言うが、加減したとはいえ総司の打ち込みを全部かわすんだぞ?並みの相手じゃ稽古の相手にならんだろう」

土方と斉藤だけでなく、それに関しては総司も気になっていた。三人が腕を組んで唸ってしまう。

「そもそも、アイツ、そんな暇どこにあるんだ?」
「それは、今までの神谷を見ていればどこにでもとしか言い様がないでしょう。副長も未だに書類の整理を頼んでいらっしゃるのでお分かりだと思いますが」
「そりゃ……アイツに頼むと、その話が早いんでつい……」

斉藤に、でしょう?といわれれば頷くしかない。
医師としての仕事の合間に相変わらず隊内の雑務をこなし、その上、土方だけでなく近藤の手伝いもしている。
一体どこにそんな時間をといわれても、合間を見てこなしてしまうのだから仕方がない。

沈み込んでいた総司がゆらりと頭を上げた。

「おまけに、未熟なほうが私に都合がいいからだろうって言われちゃいましたよ」

あああ……。

土方と斉藤は顔を見合わせて頭を抱えそうになった。

確かにそれは総司にとっては痛恨の一撃に等しい。
本来なら、セイのことを閉じ込めてどこにも出さずにおきたいくらいなのは、総司自身は絶対に認めないだろうが周りから見ればそれ以外の何を、である。

反対に、今そうしていないことが不思議なくらいなのだ。

「仕方ねぇ。斉藤。お前ちょっとアイツんところ言って聞き出して来い」

いつものことではあるが、今回は出張を控えているだけに公式に隊務として言い渡された。
この期に及んでも自分からは折れることができないでいる弟分の頭を小突きながら土方が言い渡した。

 

 

診療所に現れた斉藤を見て、セイが黙って小部屋に入っていった。
何も言われなくても斉藤が何をしに現れたのかもちろんわかる。小者や休んでいる隊士の前でごたごたした話をしたくなかった。
小部屋に入るといつもならすぐ茶を入れるところだが、今日は座ることもせずに斉藤を振り返った。

「ご面倒おかけします。斉藤先生」
「うむ。あれでは、うまくいく仕事もうまくいかない」

どちらが悪いということではなく、客観的に仕事がうまくいかないと単刀直入に指摘する。斉藤らしい物言いで、これもいつもならセイが実は、と切り出すところだが、今度ばかりは違う。

「仕事に支障は出しません」
「神谷……。意地を張っていてもいいことはないぞ」

仕方なしに懐柔策を口にした斉藤に、セイはにっこり笑った。

「そうですね。それは沖田先生へお伝えいただいたらよろしいかと思います」

どうにも今度ばかりは頑なである。先程も仕事の上での最低限必要なことに関してはきちんと総司にも話しかけ、確認していた。
立ったままでしばらく無言の時間が続き、しばらくしてから斉藤がわかった、と言った。

「お前がそうまで言うのなら信じよう。ただ、俺がいう仕事に支障とは誰か一人だけの話ではない。今回は四人で行動するわけだが、きちんと連携できないと何が起こるかわからん。それだけは心してくれ」
「わかりました。斉藤先生」

“兄上”ではなく、“斉藤先生”とセイが繰り返したところにも頑なさが現れていた。完全に、自分に閉じ籠もってしまった状態である。
どうにも手がなくて、斉藤は診療所から副長室へ戻っていった。

斉藤の結果を待っていた土方と総司は、予想以上の反応にため息をついた。それまで、副長室で散々土方に絞られた、総司は総司でまだ隠し事に拘っている。

斉藤と目を合わせるとどちらも仕方がない、という結論に達した。

「あー…、とにかく、だ。お前は何とかしろ」

総司にむかって命令だ、というとこんなときに夫婦喧嘩を始めた弟分を部屋からたたき出した。

 

– 続く –