日野詣 act 1

〜はじめのつぶやき〜
ひーさまが遊びに来てその顛末を、とおもったですが、ただではおもしろくないので、この二人に出掛けてもらいました。さすがにこれ以上長いと、疲れるだろうなぁと思いますのでこのへんで。

BGM:ハロウィンタウンへようこそ!!
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「総司さん、総司さん」

部屋着姿の理子が総司の背後からすり……と近づいてきた。

「んー?どうしました?」
「明日お仕事ないでしょう?」

お互いの仕事の状況はおおよそ把握しているからわかってはいるが、お互いが休みの時は念のため確認しあう。
そんないつものことと、総司が何気なく振り返らずに答えた。

「ええ」
「お出かけしませんか?」
「いいですけど……。どこに?」

続けての問いに頷いた総司が肩越しに振り返る。言い出したはずの理子はうーん、と呟いて総司の肩に額を擦りよせた。

「ちょっと遠出で……。お出かけしたなぁっぽい……」
「……なんです?」

迷っているような理子の頭に腕を伸ばす。くしゃ、と理子の頭を撫でると理子が顔を上げた。

「日野とか駄目ですか?」
「おや。いいですよ?」
「いいんですか?」
「ええ。ダメなんですか?」

理子にとっては総司がどういう反応を返すかと不安だったのに、予想以上にあっさりと返されて理子が言葉に詰まる。何が気になる?という総司に理子はぎゅっと抱きついた。

「駄目じゃないです!」
「なんですよう。おかしな人ですねぇ」
「急に言い出したし……いいかなって」

最近では見づらくなかったからと眼鏡をかけていた総司が眼鏡を引き抜いた。読んでいた雑誌を置いて、脇に置いてあるノートPCを手繰り寄せる。

すぐにインターネットで地図を表示させると、車がないと移動が少し面倒な場所もあるのだが、さらりと総司は理子が苦では無ければ歩こう、といった。

「週末はお天気もいいみたいだし、お散歩のつもりで少し歩くのもいいでしょう。とりあえず、ほら色々調べましょうよ」
「はい!」

ぱっと笑顔になった理子の頭をもっとくしゃくしゃに掻き回して、総司は理子の腰に腕を回して体ごと引き寄せた。

「ほら一緒に」
「デート久しぶりですね」

自分で口に出しながらその言葉に照れる理子が可愛くておかしい。今ではすっかりなじんでこだわりもなく昔のことも口に出すからこそ、理子も素直に日野の話をしたのだろう。

「神谷さんって呼びましょうか?」
「じゃあ、先生、ですね」

ふふ、と笑いあって画面の中の地図を見ながら計画を立てた。

 

「ふあ……」
「眠いですか?」

あくびを噛み殺した総司を理子がのぞき込む。二人が乗っているのは揺れる高速バスの中である。

「さすがに……。というか、やっぱり張り切りすぎじゃ……」
「だっ、……だって、先生と日野って初めてだし、昨夜はいいって……」
「いいんですけどね……。ふあ……」

二人が住む場所からまっすぐに日野に向かうことはできなくて、いろんな乗り換え方法を調べた結果、一度羽田に出ることにしたのだ。
羽田からならリムジンバスが出ている。羽田までは乗り換えもなく一本で行けることだし、そこからリムジンバスなら一本でしかも座っていける。

レンタカーということも考えたが週末だからなのか、コンパクトカーはすべて満車でわざわざセダンを借りるまでもない、ということでこういうルートになったのだが。

いずれにしても現地に昼前につくにはどうしても朝が早くなる。仕事並みの早朝からの支度で家を出たあと、無事にリムジンバスに乗り込んでいるということろだ。

生欠伸も出なくなった頃、いい出した理子の方が、かくり、かくりと舟を漕ぎはじめた。電車はまだ駅に止まるからそれほど熟睡はしないが、バスの場合は一定の揺れと、1時間弱止まることがない。くすっと笑った総司は自分の肩に理子の頭を引き寄せて窓の外に目を向ける。秋の薄曇りの空は、今では何の痛みも胸に与えない。
ただ、こうして2人で出かけるだけで充分だ。

「……先生、先生?」
『センセ、沖田先生?』

ふと、眠ったつもりはなかったのに腕を軽く揺すられてハッと目開けた。笑顔の理子が腕を掴んでいる。いつのまにか眠っていたのは総司のほうで、それを見た理子が携帯を手にしていた。

「総司さん寝ちゃいましたね」
「あ……れ、いつの間に?」
「もうすぐ着きますよ。たぶん?」

そういって、理子がフロントガラスのほうへ向いたが、その先は首都高なのかもう中央道に入っているのかよくわからないが、車の列がずっと先のほうまで見えた。

「渋滞してますねえ」
「でも、さっきからするーっと流れたり止まったりを繰り返してるのできっともうすぐです」

確かに時間経過も予定時刻のあたりまできている。不安そうに理子が握りしめた携帯のマップももうすぐだと表示しているのだからと、総司は体を起こした。

そして、予想通り十五分程度走ると、車内アナウンスがあって、ほっとした様子の理子が停車ボタンを押す。
高速のバス停になど、降りたことがなかったが、確かにバス停があって、その前で停車したバスから降りると、そこはまだ高速で、どこから出るのかと総司が周りを見回しているのに、理子はさっさと歩き出す。

「先生。きっとこっちですよ。出入り口って書いてますもん」

壁にそれほど大きくない紙に印刷したような張り紙があって、理子はその扉をさっさと開けた。

確かにそこから一般道へ降りるようで、階段がみえる。少し遅れた総司が急いで階段を降りていくと、ごく普通の住宅街の間に出た。

「えっと……、ここからだと十五分くらい歩くかも」

予想よりも距離があったことで理子が少し申し訳なさそうな声を上げた。
散歩がてらのつもりだったので構わないといいかけた総司を振り返った理子が急に手を挙げた。

「嘘!止まって」

総司が振り返ると、そこにはなぜか空のタクシーがゆっくりと入ってきたところだった。

徐行して二人の目の前に止まったタクシーがドアを開ける。

「助かりました!ここから歩こうとしてたところだったんです」
「あー、そうですか。ただですね、この車少し先のほうの車なので、このあたりに詳しくないんですよ」
「大丈夫です。ナビ持ってます」

じゃあ、大丈夫ですね、と言われてタクシーが走り出す。先に乗り込んだ理子が目を丸くして総司を見た。

「先生。すごい」
「え?」
「だって、すごい奇跡ですよ。こんなタイミングなんて」
「私じゃないでしょ」

笑みを堪えた総司に理子は頬を膨らませたが、その目は怒っているようには見えない。
徒歩で15分といってもタクシーなら5分程度だ。道順も簡単ですぐに目指す建物にたどり着いた。

 

 

「……」
「総司さん。そこ、立ち止まらない」
「…う、はい」

入口の前にある顔だけ出して写真を撮るパネルに総司が無言で目を見開いた。
笑いを噛み殺した理子に腕を引かれなければ色々と呟いてしまいそうだ。これは誰だといいそうになる気持ちを堪えて建物の中に入る。

「大人2人で」

理子が受付でそういうと職員の女性は下敷きのようなものを取り出してカウンターに乗せる。、

「日野宿本陣との共通券は?両方行かれるならこちらのほうがお得ですよ」
「じゃあ、それを」

そんなやり取りを気にする間もなく、入ってすぐ総司は口元を押さえた。
もちろん、受付前には壁いっぱいのチラシやポスターに圧倒されているのではない。

そこには壬生の屯所らしき大きな壁絵と、爪楊枝で作ったという土方さんのオブジェがどーんと飾られていた。

「ふるさと歴史館……ですか」
「そうですよ。歴史館です。ここが離れてるから先に回ろうっていったじゃないですか」
「そー……ですね。いや、はい。なかなか……」
「総司さん。……含みがありすぎな気がします」

めっ、とたしなめる理子にもぐもぐと口の中で反論しながら、順路と書かれたドアを通り抜ける。高い天井から誠の文字が降りていて、広さはそれほどでもない。日野の成り立ちから千人同心、街道の歴史などに触れた後、壁沿いに順路を進む。

「こ」
「はい?」
「……いいえ」

パネルごとにこんな問答を繰り返す。
壁沿いに仕切りを超えて、試衛館を模したエリアの前で理子は総司に木刀をさしだした。

「どうです?」
「……現職ピアニストに木刀持たせます?」
「じゃあ、いい加減言いたいこと言いましょう」

「……」
「言いましょう」

渋々、一般よりは太い木刀を手にした総司は、何とも言えない苦い顔になる。
確かに記憶はあるが、今現代の日々でさえ、忘れているような些細な日々のことを常に頭にあるわけではない。その記憶との差異は、こうした歴史を紐解くときにはいつも何とも言えない落ち着かなさに襲われる。
いっそ、開き直ってそういうものかと笑えればいいのだろうが、ここにはなじみ深い人たちの思い出もあって、何かを言いかけた自分も何を言いたかったのかよくわからないくらいだ。

握りしめた木刀は確かに一般的なものよりは太く感じられるが、昔はどうだったか曖昧である。
太いものだと意識さえしていなかったかもしれない。

握りしめた木刀は振り上げる気になれず、そのまま刀掛けにもどして次のパネル展示に進む。自分の手跡らしいものや切り紙など、こんなものだったかなと思いながら先に進み、CGで作られた土方さんには正直笑いが込み上げそうになる。

「こんな……感じでしたっけ。あの人」
「さぁ。私より、先生のほうが付き合いは長かったでしょう?」

ひそひそと交わしながら、モニターを眺めていると、その姿勢からおそらくは写真を元に起こしたのだろう。

―― おおらかに伸びやかな幼少期でした、ってそりゃ伸びやかというか……

ビデオがおわれば展示はこれでしまいだが、その隣にある仮装コーナーをみて、同時に口を開いた。

「あそこで着ます?」
「着ませんからね」

同時に見合わせてお互いに黙り込む。
ノリが悪い、とぶつぶつこぼしながら理子はあきらめたのか総司を連れて歴史館を後にした。

「総司さん~」
「わかってます!わかってますから!次の場所まで歩いて15分でしたっけ?」
「……そうです」

その時間を聞いて両手をひらりと払うように振った総司が、理子が歩き出すと一緒に歩き出した。
住宅地の角を曲がって、少し広い通りの坂を下る。

「普通に今までも違和感というよりも、まったく違う話を聞いてるみたいな気がすることはありましたよ。でもあんなのありですか?」
「ありですかって……。だって、そんなこと言ったって……」
「わかってます。わかってますけど……。だって、あれは……」

坂を一番低いところまで歩いた先で、総司はふと言葉を切った。

そこまで総司の機嫌を悪くしたのかと、しゅんとして歩いていた理子は、信号で止まったタイミングで隣を歩く総司の顔を見た。

真顔だった総司がくるっと理子を見る。

「先生。先生が嫌なら……」
「……う、ふ。あ、……はっはっはっ!!」
「せ、先生?!」

いきなり爆笑し始めた総司に理子が驚いた。
だが総司は笑いながら理子の手を握ると青になった信号を渡り始めた。