日野詣 act2

 〜はじめのつぶやき〜
いつ終わるんだ、お前!という感じですが、ええ、ひたすら仕事しておりました。次の週末はさすがに仕事じゃないといいけどなぁ
BGM:ハロウィンタウンへようこそ!!
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「いやー、面白い」
「先生、笑いすぎじゃ……」
「面白すぎて腹がよじれそうです」
「その表現ひどくないですか?」

歴史館で和装と洋装ができたのだが、断固拒否したくせに歴史館を出た後、長い坂を下って日野本陣に向う道の途中で総司はひどく饒舌だった。

「あの人が見たらなんていうんでしょうね。あー、でも絶対その恰好は嫌がるだろうな」

自分は絶対嫌だといっておいて、見知らぬ男性三人組が着ていた和装を褒めて、携帯に残していた。

「……ちょっと着てみたかったのに」
「必要ないでしょ。しかも『ぽい』だけですよ?着物が着たいなら私が買ってあげます」

断固として言い張る総司にすっかり言い負かされる、というよりも沖田先生と神谷清三郎の会話のような有様である。

「次は日野本陣ですよね」
「ええ。なんか先生、滅茶苦茶嬉しそう」
「そうでもないですよ?私、そんなに佐藤家に足を向けた回数ないですからねぇ」

そういいながらも鼻歌でも歌いそうな総司と一緒に街道沿いを歩く。さすがに昔の宿場だけあって蔵のような建物があったり、どこか懐かしさを覚えるような建物と、真新しい建物があってそれはそれで楽しい。

少し先にのぼりがみえて、総司はそれを目指して足早に歩き出す。

門構えの前に立った総司は、ふ、と眉間にしわを寄せる。

「……先生?今度は何を……」
「……小さい」
「は?」
「こんなに小さかったかな」

―― 一体いつの話をしてるんですか……

そんな理子の呟きにまったく気づいていないのか、木の門の傍に立つ石碑とプレートに何かを呟きながら見入っている。
理子もその隣に立って目を向けるが、いわゆる歴史の通りの語りにさらさらと読み流せば終わってしまう。

しばらくじっと動かなかった総司が唐突に理子を振り返った。

「行きましょうか」
「いいんですか?」
「ええ。まあ、そのまま建物が残ってるだけでもすごいことですよね」

そういいながら砂利の庭先を進む。正面からは入れないようになっている作りに首をかしげながら道なりに建物の脇へと入る。
急いで追いついた理子は財布から先ほどの歴史館で買ったチケットを受付に差し出した。

「はい。あら、ちょうどお昼時間で今はガイドさんが席を外してるんですよ。いいですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「しばらくしたら戻られますんで」

頷いて中に入った理子は総司を手招きした。

「先生。一応予習してきたので」
「へぇ?じゃあ、説明してくれるんですか?」
「はい。まずこれが昔の棟札だそうですよ」

普通はそんなものがあっても住人ですら目に触れることはない。感心しながらも棟札の隣に瓦が並んで展示されているのを見ると確かにカテゴリは一緒ですけど、と小さく総司が呟く。
そこから壁沿いはチラシやポスターが並んで、式台のような踏板が置かれていた。

「ここで靴を抜いで上がるんです」

律儀な理子の説明だが、どう見ても座敷に土足で上がるものはいないだろう。さっさと靴を脱いだ総司は長い足をかけて一段上がる。

「あ、先生。そこ」
「はい?」
「えーと、昔はこちらから近くの皆さんが来て、色々と名主さんにお仕事をお願いしていたそうなんですが、襲撃に備えてこんな風に高くなっているらしいですよ」

微妙な顔になった総司がふ、と顔を斜めに見上げてからなるほど、と呟く。
後から上がってくる理子に手を差し出して、畳に上がると、総司の身長では梁に頭がぶつかりそうになるためにいくらかうつむきがちになる。

「えと、佐藤家で」
「試衛館の出稽古を頼むようになった理由ってやつですね」
「はい。以前はこの建物を維持する目的もあって、お蕎麦屋さんになっていたそうです」

ふうん、と頷きながらも総司にとってはあまり記憶に残っているわけではない。出稽古をしていたのはここだけではないし、あの頃のことで鮮明に思い出すのは一番、生の最後にこだわった人たちに関わることばかりだ。
古い畳みをきしませて、足を踏み出すとその歩き方も自然と踵からではなく、つま先が先に出る。

「ここが本当の正面になるそうで……、えと、その踏板のところに瓢箪が……」
「左側」

磨き抜かれた幅広の床板の部屋から見下ろした左端、床板のさらに端のほうに瓢箪の形が彫り込まれている。

「あ。それです。それが」
「瓢箪はよく、お守りにもなってますね。縁起物だから」
「そうなんですか?」

ふ、と笑った総司は理子の肩を引き寄せた。

「面白いですね」
「ほら。ほかには?予習したんでしょう?」
「はい。えと……この戸の……。どっちだろう」

ほかに人がいないことをいいことに、理子は立ち入り禁止の竹ギリギリのところに足を踏み込んで引き戸をのぞき込む。
古い建物だけに立て付けのよくない障子戸を理子は引いた。

「これじゃないですか?」

ガタついた障子を理子の頭越しにがっと、障子を開いた総司が板戸を見えるようにする。

「あ。そうです!これ。この隙間です。えーと昔の窓の代わりとして……」
「外からはわからないんですが、内側からは外の光が入って誰が来たか見えるようにしたってことですね」
「……先を言わないでください」

覚えていないといっても、ある程度は、覚えがある。先んじて口を開いた総司を理子が軽くにらむ。はいはい、と頷いて次の間に向かった。

「えーと、この襖に貼られているのはレプリカだそうで、本物は別で保管されてるそうです。それで、ここは土方さんの……」

途中まで言いかけて、口をつぐんだ理子はしばらく部屋の中を見回してからもう一度口を開く。

「市村鉄之助さんが隠れていた場所だそうです。多分、この内側の廊下も畳敷きになっていますから時にはこちらに身を移したのかもしれませんね」

ゆったりと歩いて、隣の部屋に足を踏み入れる。板の間ではない廊下が

「こちらの部屋は床の間があって……。立派なお部屋ですね」
「上をみて」
「え?」
「欄間。さっき向こうの部屋から見たのとこっちから見たのとは違う。多分、春夏秋冬になってるんでしょうね」

揃って欄間をみあげてから、理子は部屋の中を見回した。

「総司さん。このお部屋、すごく凝ってるみたいです。床の間の飾り細工のところ、ここもこちら側と向こう側とでは模様が違うみたいですよ」
「多分ですけど……。私はこの部屋を知らないかもしれないです。母屋の……いや、そんなに正確じゃないんですけどね」

目を細めて壁際のパネルを眺めている総司の腕を理子が掴んだ。
腕を絡めて総司を見上げる。

「私は今、総司さんに説明してるんですよ?はじめてここに来た総司さんに」
「……そうでしたね」
「そうです。だから総司さん。ここのうら、パネルの裏の柱の足元を見てください」

総司をつれてパネルの裏がみえるように入り込む。そこには玄関先のように柱の足元に滝を上る鯉が描かれていた。

「思うんですけど、昔の大工さんってこういう遊び心とその腕を見せるような仕掛けっていうかそういうの多いですよね」
「それはそうですねぇ。ここに上がったときの立派な梁とか今じゃなかなかないですよね」
「今の家とはだいぶ違いますしね」

日差しの入る廊下に出た足元に再び瓢箪がある。
こちらは板目にはめ込まれているのを見た理子はしゃがみこんだ。

「ここは節か何かだったんでしょうかね。ただ埋めるんじゃなくて、瓢箪にしてる」
「そうですねぇ」

そこから見える庭は今なら広いと思うが、それでも昔は建物ももっと広くて庭も広かっただろう。
廊下を回って隣の部屋は一転して何もない普通の部屋である。

「ここは彦五郎さんご夫妻のお部屋だったそうです。この梁のところの金具が兎になっているじゃないですか」
「ああ。本当だ。可愛いですね」
「兎は子だくさんの象徴として跡継ぎに恵まれる様にってことみたいです」

昔は跡継ぎのありやなしやは大問題である。なるほど、と頷きながら進むと次の間は台所の一つ手前であり、三味を賭けていたという跡や、古い食器類を見た後、沓脱に戻って土間に出た。庭へと続くドアとビデオを再生するための小部屋があったが、そこは見ないことにして二人は本陣を出る。

「これで終わりですか?」
「えーと、後は八坂神社に」
「八坂?京都の?」
「奉納額が残ってるみたいですよ」

日野本陣をでていくらも歩かないうちに神社がみえてきた。
人気のない神社の境内は、神社らしい構造の建物だけだ。

「どこかに……。あ、中が見えますよ」

そういって理子は賽銭箱のまえで開いていた隙間からその向こうがみえた。

どうやら古い社殿を守るように外側にコンクリの社殿を立てたらしい。奉納額の説明までは乗っていたが、実物はみえそうになかった。

「中に入らないと……、見えないんですね。お願いしてみましょうか」
「いえ。いいですよ。大丈夫。お参りだけしましょう」

賽銭を入れて手を合わせる。それも不思議な気がするが、いろんな思いが渦巻く中、結局は何もなくただ、感謝の気持ちだけを祈って、顔を上げた。