日野詣の後

〜はじめのつぶやき〜
お前、いつ行ったのよ、と言われそうですが、よかったー。10月終わる前に終わったよー。
BGM:ハロウィンタウンへようこそ!!
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最後に駅の近くで一つだけ寺に寄った。
宝泉寺という井上源三郎の菩提寺で手を合わせる。

「今でもいろんなお話やアニメやいろんな題材に使われているから、手をあわせにくるファンが多いそうです」

手を合わせた後、総司はそこでだけは何も言わなかった。
ただ、少し理子よりも長く手を合わせた後、黙って歩き出す。理子はそっとその後について歩き出した。

駅までたどり着いてからようやく総司は口を開いた。

「高幡不動まではタクシーで行きましょうか。電車ではまっすぐにいけませんし」
「あ、はい」

駅のタクシープールで乗り込んだ二人は駅ではなく不動尊の前でタクシーを降りる。

いかにも門前という風情の売店が二、三あって、その先にはいかにもな銅像が立っていた。

「あちゃー。あの人こういうの絶対暴れますよ」
「……本当に暴れそうだからそういうこと言うのやめてください」
「まあそうですけど。結局、なんなんでしたっけ」
「ひどい言い方しないでください。直接の関わりは薄いみたいなんですが、所縁の地にあの石碑を建てた関係で有名みたいです。新選組祭りって言うのもあるらしくて、その時はここが会場になるみたいですよ」

奥までは随分あるようだが、手前の不動堂で手を合わせた後、お守りを眺めてから結局手にはせずに後にした。

高幡不動の駅までは売店や普通の店が並ぶ商店街を歩いて、こぎれいな駅に上がる。

「日野ツアー、どうでした?」
「うん。面白かったですよ。なかなか興味深いというべきかな」

ただ本当に、面白がっている様子の総司にどこかほっとする。

「ほら、授業なんかじゃまたちょっと違うでしょう?」
「そうですね。私たちは知っていることがありますから」
「だからなんていうか、その間のような感じで面白かったですよ」
「副長の資料館も、開いていればよかったですね」

個人宅にあるという今の資料館はいずれも休館日で生憎とみることが叶わなかったのだ。
開いていれば、土方の愛刀の一つ、兼定も見られたらしいが、残念ながらその機会はまた次ということになる。

「そういうのはね。別にあればあったくらいかなぁ。残ってるって言っても、手にできるわけじゃないですし」
「そうですね。なんだか慌ただしかったですけど、帰りましょうか」

朝早くに出たはずなのに、今はもう夕方近くでさすがに疲れた頃だろうと電車が来る方向へと顔を向けた。

「いや?よければ夕食は私に付き合ってくれますか?」
「総司さん?」
「ちょっと面白い店があったので予約しちゃいました」

面白がっている気配はそのままに、なにか意味ありげな総司に首をかしげてもいいから、と言われて仕方なくそのまま総司の後について銀座に向かう。
駅から少し歩きますよ、と言われて素直について歩く。

土曜日だけにしまっている店も多いくらいで、銀座の華やかな店が多いというイメージからはちぐはぐな光景の道を進んで一つのビルに入るとエレベータで上に上がる。

「ヴァンパイヤカフェ?」
「ハロウィンも近いし、面白いかなと」

行く先階はプレートを見ればわかってしまう。店の名前に頭の中はハテナでいっぱいになりながらエレベータが開いた瞬間、理子は絶句してしまった。

「へー。すごいな」

予想していたのか、総司は開いた瞬間の真っ赤な世界にひょい、と先に入っていく。慌てて、その後に続いた理子はベルベットの赤いカーテンの向こうに現れた店員にも目を見開いてしまう。

「お客様?」
「予約していたんですが」

コスプレなのか、仮装なのか、レイヤーなのか、少なくとも衣装というにはごてごてと盛りだくさんな男性店員に普通に応対している総司がすごいと思ってしまう。

直視しても全体像がつかめないような帽子をちらちらと見つめながら、先に立って進む店員についていく。

「こちらへ」

厨房らしい場所の前で道を折れてフロアらしい場所にはほとんどが女性だけのグループだった。

一段下がる手前で店員が留めるように手を伸ばしてきて、何かと思った瞬間、歓迎の合図なのだろうか。

「はい、お客様いらっしゃいました」
「汝の血を捧げよ」

一斉にぼそぼそとした呟きが聞こえてきて、うっと、たじろいでしまう。

「こちらの席へ」
「ありがとう。コースでお願いしてるので」
「コースね」

開きかけたメニューをぱんっ、と勢いよく閉じて、さっさとどこかへ行ってしまう。
ソファのような席に腰を下ろして総司と向かい合ったところでようやく理子が口を開いた。

「そ、総司さん。これって……、えと、バンパイヤさんなんですか?」
「そうみたいですよ。店員さんみんながそういうことみたいですね。面白いなー。店内とメニューだけかなと思ってましたが、すごいですね」
「すごいっていうか、なんていうか……。呆気にとられるというか」

笑いながら総司が種明かしとばかりに実はと口を開く。その奥のほうでは、店員のファンらしき女性が一人での来店のようで一緒に写真を撮っている。

「なにか面白いお店とは思ったんですが、たまたま帰りがけになるかなと思って。どうやらアリスの設定の店もあるようなんですが、そちらはシーズンだけにカボチャとかそっちがメインのコースだったので、勝手にこちらに」
「あ……、はぁ。でもなんでまたこんな」
「学校で生徒さんたちが話してまして。面白いなーって。理子を連れてきたらどんな顔するかなと思ってましたが驚いてくれたみたいでよかった」

驚くというより、呆気にとられる、だと思ったが、手元の棺桶風のメニューをめくる。コースにはドリンクもフリーでついているらしくそちらは飲み放題のようで、ひとまず様子見にビールを頼んだ総司とノンアルコールを頼んだ理子は、物珍しそうに店内を見回した。

中央にテーブルが四つと、その向こう側にカボチャやハロウィンらしくドクロやキャンドルのディスプレイがあって、本当に火がついているようだ。
溶けた蝋もその雰囲気にはあっているようでそのまま垂らしたままになっている。

「すごい……。お客さん、女性ばっかりじゃないですか?」
「そうですねぇ」
「そうですねぇって……。総司さん落ち着いてますね」
「まあ。楽しんだもん勝ちでしょ?」

どうやら、先ほど出迎えたのはバンパイヤのローズ伯爵とやらで店員たちはバンパイヤの下僕たちらしい。

「おもしろいなー。キャラ的にはエスというか、上からっぽいんですね。ふーん。でも客なんですよね」
「あ、私たち、ってことですか?」
「ええ。どこまであのキャラクターで通すんでしょうね。どうせなら仕える執事みたいなのが楽でしょうに」

完全に店のコンセプトを面白がっている総司にも呆れながら、理子はいちいち運んでくるたびに、不愛想にドリンクやメニューを紹介していく店員に、どうにも馴染めない。

伯爵が運んでこないときは下僕役の店員で、そちらは妙に丁寧な説明だが、すでにその説明で総司は吹き出しそうになっている。

「こちらはモンスター達が届けるハロウィンパーティーへの招待状で人間界で言うところの前菜盛り合わせでございます」

口元を押さえている総司の代わりに、理子がありがとう、と呟いて店員が離れた瞬間にじろっとにらむ。

「総司さん!」
「だ……だって、『人間界』そこでいります?」
「そういうメニューなんでしょ?あ、これ、黒い奴、柔らかい。パンみたいですよ」

二人分が一つの皿に盛られているが、取り皿にわけて手を伸ばすと、店内の薄暗い照明の下で、なおさら黒く見えるものはどうやらパンのような柔らかいものにちょっと怖そうなデコレーションがされている。

「あ。びっくり。普通においしいですよ?」
「理子……。普通においしいって……」

どうやら今日は妙にツボに入っているらしく、ひそかに笑い倒している総司も口に運ぶ。笑いながら本当に普通においしいですね、とからかう。

「総司さん~!もう、それ余計」
「いや、もう楽しくて。あ、ビールおかわりを」

次に運ばれてきたのは大根のサラダらしいが、赤いケチャップのようなソースで血まみれにするように、と言われるともうどう反応していいのかわからなくなる。

「血……まみれ」
「酸味の利いたいわゆるドレッシングでございます」

次から次へとそんなメニューがくるなか、壁際のボックス席の一つが開いて、この店にはそぐわないというか、驚きさえ覚える年配の男性が同じく年配の女性と出てくる。総司と目線で会話しながら、その意外性にもうどうしていいのかわからなくなる。

なんだかんだとふざけながらも運ばれてくる料理はどれもそこそこうまいもので、満足感はあった。
最後に会計を済ませると伯爵とやらが最後まで見送りに出てくるところがもうなんだかキャラクタ設定からすれば謎すぎる。

エレベータに乗り込んで、ドアが閉まった瞬間、総司は笑いながら少し惜しかったな、と言い出した。

「あー、ちょっとね。惜しいですねぇ」
「……なんだか食べた気が……。お腹いっぱいですけど」
「最後、気づいてました?」
「え?何がですか?」

すっかりその場を楽しんでいたらしい総司は、年配の二人連れの後、来店したらしい外人客を見ていたようだ。
コンセプトが吸血鬼らしい、と英語での会話を聞いていた総司は、さて、どうなることかとみていたらしい。

「最後までそのキャラを通してくれればいいのに」
「ってことは……?」
「あれ、全部英語で説明するとか何かあるかなと思ったんですけどねー。ふつーに全部日本語で説明してましたよ」

最後までキャラが押し通せなかった店員が残念だとひとしきりこぼしながら、そのインパクトの強さにすっかりやられてしまった二人は、家に帰るまで思い出すごとに笑いながら家に帰りついた。

「はー、疲れたでしょう。先にお風呂どうぞ」
「ありがとう。総司さんは?」
「なんだか、余韻があるので、ちょっとだけもう少し飲もうかなって」

冷蔵庫から缶ビールを取り出した総司にうーん、と思ったが、理子はひとまず手早くシャワーだけを浴びてくる。
もどって総司の隣に濡れた髪のままで腰を下ろした。

小さく鼻歌を歌いながら髪をタオルで押さえる。

「A moment like this?」
「あ、よくわかりますね」
「そりゃ……。あなたがきいてる曲を全部わかってるわけじゃないですけどね」

その歌詞を思い浮かべたのか、総司は大きな手のひらで理子の頭をくしゃと撫でた。

「風邪ひかないように」

たまさかの。
そんなオフの一日。

—END

そんなわけで。
ひーたんさんがわざわざ関東にいらっしゃったので、お出迎えからディナーまで接待させていただいたのですが、ただそんな珍道中をだらけて書いてもこいつら何してるんだかなーって呆れて終わっちゃうので。
このお二人に代わりにツアーを実況してもらいました。

あ、そういや久々に曲紹介がありましたが、「A moment like this」っていいお歌なんですよ。
素敵。ぜひ聞いてみてくださいまし。