月影に眠る~後編~<拍手文 23>

〜はじめの一言〜
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土方と総司にご飯をよそい、汁物を差し出したセイは脇に控えている。

「土方さん、働きすぎですよ」
「何がだ」
「何がじゃないでしょ。このところほとんど寝てないじゃないですか」

本人は確かに土方を心配してのことなのだろうが、それを知っている総司自身も寝ていないだろう、という突っ込みは本人以外の二人の心中だけで行われる。
あくまで淡々と食事を続ける土方に、張り合って一見穏やかに夕餉に手を伸ばしているが、つつくばかりで総司の膳はあまり減ってはいない。

チラッと視線を投げかけたセイに気づいて、総司は慌てて膳の上のを片付け始めた。明らかに味わうより詰め込む、が正しいように見えたが、実のところは土方も感覚としては似たようなものだった。

「お前、最近、うるさいな」
「そういう問題ですか?副長である貴方が倒れたら困ることぐらいわかってますよね」
「仕方ないだろう。今は見廻り組との間の受け持ち区域について調整が必要なんだ」

そこは年の功なのか、一見、平然と食事を終えた土方とそれに張り合って無理矢理、飯をかきこんだ総司がほぼ同じくらいに箸をおいた。
とりあえずは空になった膳を見てセイは満足そうな顔で、食後の茶を二人へと差し出した。

「ありがとうございます。神谷さんも一緒に食べればよかったのに」
「そんなわけにいきません。私は後で賄いの隅でいただきますから」

そう答えたセイは、先にお櫃をさげてきます、と言って副長室を後にした。今日は、いつになく屯所の中も静かで外出するものが多いのか、賄いも慌しくはないようだ。
熱い茶を入れておいてから土方と総司の分の膳を下げたセイは、わざと賄いで自分の分の食事を取ってから戻った。
小者達も、心得たとばかりにセイの分を用意してくれていた。

手早く食事を済ませて頃合を見計らうと、賄いを出たセイに原田と永倉がすっと一緒になって幹部棟へ歩き出した。

「首尾は?」

永倉に問いかけられたセイはにこっと頷いて、案内するように副長室へと足を向ける。ごく自然に副長室の障子を開けたセイは、そこに予想通りの姿を見つけて振り返った。

「うまくいきました。お願いします、先生方」

セイが声をひそめてそういうと、隣の局長室の襖が開いて、近藤が顔をのぞかせた。

「おっ、うまくいったみたいだな。神谷君」
「はい。なんとか」

このところ遅くまで起きている土方について、総司から近藤に直談判があったのはあったが、やはり近藤も同じ意見でそれを知っている総司もどうなのだという話になった。そこで、一番よくわかっているはずのセイが呼ばれた。

「どうなんだい?神谷君」
「確かに副長はほとんどお休みになりませんね。時間を見て休んでいただいていますが……。沖田先生は恐らくご報告にいらっしゃったりするときに、必ず副長が起きてらっしゃるのでそういう話になったのかと」
「と言っても、総司がそれを見張る必要はないだろうに……」
「まあ、そうですけど。沖田先生ですから」

こういう話は、日頃悪戯で鍛えた原田と永倉に持ち込むのが早い。
すぐに二人に話をした近藤、永倉、原田、そしてセイの四人で一計を案じたのだった。

「ったく、手間のかかる兄分に手間のかかる弟分だよな」
「そろそろ卒業したのかと思ってたけどまだ健在だよなぁ」

原田と永倉がぼそぼそと話しながら、まずはセイが急いで用意した床へ土方を運んだ。その顔には深い疲労の色が浮かんでいる。
寝不足と、疲労のためにあまり食事を取らなくなった土方のために、セイが賄いに細かく土方の食事について頼んでいたこと。
総司が気づいたきっかけは実はそれだった。副長付きの小姓になっていてもセイの動向には目を向けている総司らしいといえばらしいのだが。

「自分も一緒になって起きていても何も変わらんだろうに」

局長室に用意された床には、総司が運ばれた。近藤は妾宅へと向かうために局長室はもともと空いている。

「面倒かけてすまんなぁ。神谷君」

結局、原田の案で、眠り薬をたっぷりと仕込んだ飯と食後の茶にもたっぷりと眠り薬を混ぜることで二人を眠らせるということに話が決まった。
いつも夜番の巡察が終わる頃に土方にセイが差し出す葛湯のように気分をほぐして眠りを誘うようなものではなく、わざわざ南部に調合してもらい、即効性を高めた特別調合だ。

それぞれを寝かしつけると、原田と永倉もそれぞれ花街へと繰り出していった。予め近藤の指示で屯所内も静かに過ごすか、外出してもよいことになっているだけにひっそりと静まり返った屯所は滅多にない。

「それじゃあ、私もそろそろ帰るが、神谷君もたまにはゆっくり休むんだよ」
「ありがとうございます」

お気をつけて、と言って近藤を送り出したセイは、なんとなしに勿体無くなって、局長室と副長室の前の廊下で、ゆっくりと茶を飲み始めた。
十六夜の月が煌々と照らしていて、さわさわと吹く風が心地いい。
いつの間にか柱に寄りかかったセイはいつの間にかそのまま廊下の柱に寄りかかって眠ってしまった。

セイが眠ってしまってから半刻ほどして、酒を飲みに出ていた斉藤が戻ってきて、廊下で寝ているセイを見つけると、誰にも見せない微笑を浮かべた。
振り返れば、いつもはまだ煌々と灯りがついている副長室の灯りは消えており、わずかに障子をあけて中を覗きこむと倒れこむようにして眠っている土方の姿があった。そして、セイが普段寝起きする局長室には総司の姿がある。

わずかに考え込んだ斉藤は結局幹部棟の小部屋に床を敷いて、セイを抱え上げるとそこに寝かせた。
枕元には土産に買ってきた金平糖をそっと置いて小部屋を後にする。

「春眠暁を覚えずというが……」

ふっと口元に浮かんだ笑みのまま、斉藤も隊部屋へと向かった。久々に静かな夜を堪能するために。

 

「?!」

朝方、目を覚ました土方はいつ自分が寝てしまったのか、記憶になくて突然途切れた記憶に天井を見上げっている自分に驚いた。

腕を上げると、ぐっすりと休んだために自分の体から疲れが表に出てきたようでひどく重い。

―― そうか。疲れていたんだな。

疲労感をようやく自覚した土方は、再び目を閉じて持ち上げた腕を額に乗せた。外は明るくなり始めているらしく、ほの明るい障子にしばらくして半身を起した。

起きあがって廊下へと出ると、そこには背中を丸めて明けて行く空を眺めている姿があった。
その隣に腰を下ろすと総司が顔を上げた。

「二人揃ってハメられましたね」

ふふ、と笑った総司に土方は鼻を鳴らしてちらりと向けた視線を再び朝焼けの空に向けた。

「今日も晴れるか……」
「そうですね」

二人は並んで無言のまましばらく明けて行く空を眺めていた。

「あいつめ……」
「……神谷さんだけじゃないでしょう。きっと近藤先生も一枚、噛んでいたと思いますよ」

眠り薬を盛ったのはセイ以外には考えられないが、それを言いかけた土方に総司が軽く首を振った。いくらなんでもセイだけの判断でこんなことはしないだろう。二人揃って気絶同然に眠らせるなど、他の幹部達が絡んでいなければありえない。

「まだいけると思ってたんだがな」
「だから言ったじゃないですか。働きすぎですよって」
「お前だって人のこと言えないだろうが」

そうですね、と受けた総司は庭下駄を履いて、幹部棟の奥にある井戸へと向かった。
顔を洗ってから手拭をゆすいで戻ると、先程の場所に頭の後ろで腕を組んで横になっている土方がいる。
再びその隣に座った総司は、廊下の上に胡坐をかいて、土方の寝顔を眺めた。

「やっぱり、歳三さんも老けましたね」

ぽそりと呟いた総司が穏やかな顔で眺めていると、目を閉じている土方がぼそりと言い返す。

「……うるせぇ。お前だっていい年になったのを自覚しろ」
「そんなことありません。私はまだ若いですもん。貴方より九つも下ですから」

いつの間にか眉間に刻まれた皺がしっかりと染み付いている額を眺めながら自慢げに言う総司に、けっと土方は思う。

「あれぇ?……おはようございます」

廊下を回ってあらわれたセイは、まだ起床の太鼓の前だというのにきちんと起き出して顔も洗い終えていた。
二人を起こす支度をすべく廊下を足音を控えて歩いてきたところに、廊下で転がっている土方とそれを眺めている総司を目にしてぎくっと足を止めた。

「おはようございます。神谷さん。夕べはどうも」

ニコニコと挨拶する総司に引きつった顔で、土方を挟んだ反対側に膝をつく。
眠っているのかと思った土方もどうやら目が覚めているらしい。

「神谷」
「は、はい」
「誰の考えだ?」
「えーと……、局長と永倉先生と原田先生と私です」
「お前、も、入ってるんだな?」

誰が嵌めたのかと聞かれて素直に答えたものの、土方の駄目押しにぐっと言葉に詰まった。

「まあまあ。いいじゃないですか。土方さん」
「何がいいんだ?」
「で、でも余計なことは言ってませんよ!」

ひそひそと土方に囁いたセイに、突然、かっと目を見開いた土方が半身を起こした。

「当たり前だ、てめぇ!」

訝しげな総司の視線を受けて、われに返った土方が二度とするなよ、と言って副長室へと引き上げていった。
じろっと睨まれたセイは慌てて、土方の後を追って副長室へと入る。

「神谷さん?!余計なことってなんです?」
「なんでもないですよぅ~」
「待ちなさい!」

後を追った総司は、土方に阻まれてさくっと部屋から叩き出された。

– 終わり –