梅雨稽古 1

〜はじめの一言〜
ことさくら様への貢物です。こと様へみつぐならやはりこの方!

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じっとりと、霧雨の降る中湿気と蒸し暑さに襲われた屯所の中は、隊務についていない者達が、だらだらと汗を流しながらあちこちにへばりついていた。

勘定方の資料を確かめに行って、幹部棟へと戻ろうとした土方は、廊下のあちこちに寝転がっている隊士達をよけながら歩く羽目になって一番隊の隊部屋辺りにたどり着く頃には、我慢できなくなっていた。

「てめぇら!!いい加減にしろ!」

この暑さにもきっちりと着流しではなく、袴まで身に付けた土方も額には玉の汗が浮かんでいる。
しかし、目の前に広がるのはひんやりした廊下の板の間や濡れ縁にへばりつく男達のはだけた着流しか、ひどいのになると下帯一丁というのまでいる。

「いくら暑いからってだらだらすんじゃねぇ!!」
「よっ!土方さん。そんなに怒鳴るとますます暑くなるぜぇ?」

上半身を脱ぎ去って腰から下もたくし上げた原田が、べったりと汗の滲んだ腕で土方の肩に手をまわした。その汗の感触と、互いの体温にげんなりした顔ですぐに離れていく。

「おめーもお前だ!仮にも組長がそんなだらしない恰好すんじゃねぇ!」
「んなこといったってよぅ。暑いもんは暑いんだからしょうがねぇじゃねぇか。こんなときにこう一発……」

くぅーっ!と一人で力を入れている原田をべしっと殴り付けた土方の前に、下帯一丁の総司が現れた。

「あれぇ?副長に原田さんなんて珍しく暑苦しい組み合わせですね!」

へらへらと笑いながら凶悪な事を口にした総司に、原田がしなを作った。くねくねと毛の生えた足をしならせて近づく。

「あらぁ~。総ちゃんったらそんな冷たいこと言っちゃうの?」

かたや、水浴び直後でようやっと汗が引いた総司に向かって、妖しい笑みを浮かべた原田が、べっとりと汗の浮かんだ上半身で総司を抱きしめた。
ようやくさっぱりしたばかりの体に汗ばんでべたついた男の肌が密着する。

「ぎゃー!!なにするんですよぅ!原田さんてば!もう~、たった今水浴びしてきたばかりなのにべたべたですよぅ」
「はっはっは。暑苦しいなんて言うからだ!報いを知れ!」

満足げに笑いだした原田が去って行くと残った土方に総司はじろりと睨みつけられた。

「総司。貴様、仮にも一番隊組長がなぁ……」
「わぁ、土方さん待ってくださいよ。話を聞いてください!私は巡察から戻って汗だくだったので水浴びしてきたばっかりなんですよ?着替え取りに来る前に皆でさっぱりしようって事になったので……」

ぎらりと、暑さで一層イライラの増した土方に睨みつけられるとさすがの総司も慌ててわけを説明し始めた。必死に言い募る総司の後ろに、こちらも土方同様、キチンと着物を身に付けたセイがやって来た。

「沖田先生、帯!帯忘れて……。あ、副長」

お疲れ様です、とセイが頭を下げると流石にセイの姿には文句が付けられなかったらしい。
土方は渋面のまま、くるりと背を向けた。

先程の怒鳴り声で、ずるずるとナメクジの集団のごとく、板の間から隊部屋へ移動していた者達が再びずるずると移動を開始していた。
傍目には、恐ろしく見苦しい集団である。

「総司!!」
「はい?」
「夕刻、巡察の担当を除く、全員、水浴びさせてきっちり着物を着せたら角屋に集めろ」

おや、という顔をした総司がくすっと笑いながら承知、と答えた。総司の後ろに立っていたセイは、ふん、と腰に手を当てて憮然とした顔をしている。

「神谷さん?」

横を向いた総司が、笑ってしまった口元を押さえてセイ顔を見る。その目だけは思い切り笑っていて、セイがますます憮然とした顔になった。

「わかってます。相変わらず副長が可愛いっておっしゃりたいんでしょう?」
「ふふ、神谷さんも大分あの人がわかるようになってきましたね」
「沖田先生のおかげです。嬉しくないですけど」

最後にぼそりと付け加えると、セイは総司の帯を総司が抱えた着物の上に乗せてすたすたと隊部屋へ戻って行く。

「え?わっ、神谷さん?」

引きずった帯に足を取られながらセイの後に続いて隊部屋に入った総司は汗ですっかり湿った着物を放り出すと、元結いのほどけた髪をかきあげた。
ちらりとその姿を見たセイは、うっすらと頬を赤くしながら、総司の着替えを下帯から一揃い取り出してきた。

「はい。着替えです。副長は夕刻っておっしゃってましたけど、屯所に残っている面々を水浴びさせて小ざっぱりした姿にするには一刻はかかりますからね」

総司の目の前にずいっと着替えを差し出すと、総司の汚れものを畳んでセイはすたすたと隊部屋を出て行った。この手の事にはもう慣れっこになっている。
各隊を回って、土方の命令を伝えると、セイは総司の着物を洗いだした。

この雨続きで誰の着替えも溜まっており、少しの時こそすぐに洗って乾かしてしまわないと後々が困るのだった。洗いあげた着物を幹部棟のいつもとは違う小部屋に運ぶと、そこには火鉢を常備してあり、セイは総司の着物を部屋につるして火を起こした。

 

 

 

支度を済ませたセイは、今度は局長室へと足を向けた。

「いいだろ、近藤さん」
「そりゃ構わんが……いいのか?」

いつもは土方の方がこの手の事には厳しかったはずだ。しかし、近藤の目の前に座った土方は苛々と煙管の端を噛み締めた。

「良いも悪いも仕方ねぇだろ。あいつ等、いくら雨続きで蒸しているうえに、隊務の合間とはいえ、あんまりにもだらしねぇ。いくら屯所の中とは言え、限度があるぜ」

近藤も土方とは付き合いが長い。揚屋で少しでも隊士達の憂さを晴らしてやろうという土方の気持ちはよくわかっていた。説教だのなんだのとぶつぶつと言い続けているが、その実は結局のところ、無礼講で飲んで良いということらしい。

土方が近藤の許可を取り付けた処にセイが現れた。

「失礼します。局長、副長」

局長室の中へ入ると、二人の背後を回って先に近藤の着流しを取り出した。
乱れ箱に入れて近藤の傍へと差し出す。

「局長、副長のご命令で夕刻までに巡察当番以外の者、全てを水浴びさせて角屋へ集めろとのことです。局長にも、さっぱりしていただいてこちらに着替えていただけますか?」
「ば、馬鹿野郎、俺は近藤さんには……」
「ああ。神谷君ありがとう。そうさせてもらうよ」

セイの言葉に慌てた土方を遮って、近藤が着流しを手にした。

 

– 続く –