海の向こう

〜はじめのつぶやき〜
ちょいと早い登場で、かつしみじみ風味。 ちょっと発言内容には一部、賛否両論かも。史実バレ含みます。

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「傷はいいのかよ……」

江戸へ向かう船の甲板に佇む近藤の姿を見かけて、土方は後ろから近づいた。まだ傷も癒えていないはずなのに、舳先に近いところで海風を受けている。

「どうということもないさ」

そう返ってくることは予測できた。

土方はその肩に自分の羽織を脱いでかけた。すまんな、と近藤はかけられた羽織を引き寄せた。近藤の隣に立った土方は、それまで近藤が見ていた方向へ同じように視線を向けた。

夕焼けに染まる雲と、海が淡い色から濃紺へと移り変わって行く時間。

 

「なあ。俺達はずいぶん遠くまで来たな」

 

江戸へ戻る途中だというのに遠くまで、という言葉が距離ではないことを物語っている。それは時間であり、時代であり、覆すことができない大きな流れの一つを指していた。
隣にいるはずのその人が急に遠くに見えて、ありえないことだが、その身が震えた。

「何言ってるんだよ」
「俺は……。諦めたわけじゃない。それでも、俺は満足してる」
「何にだ……。そんなこと言うなよ」

怯えた土方が思わず、怪我をしていることも忘れてその肩を引き寄せそうになった。近藤の肩に手を置きかけて、はっと思いとどまったのが精一杯で、その表情には情けないほどに動揺が滲んでいた。

その顔を見た近藤の顔は、まるでいつの日かに、日野の草原で武士になろうと語り合った時のままの笑顔でそれが余計に土方を不安にさせた。

「なんだよ。その顔は……。何も終わっちゃいないだろう?まだ俺達はこれから戦うんだろう?なぁ!!」

恐ろしいまでの焦燥感に襲われた土方が、答えを待っていたが、それには答えずに近藤は再び船の行く先を眺めた。共に夢を見た仲間達も櫛の歯が欠けるようにいなくなった。

山崎を送った海が空と同じ色に染まる。

「俺達は、必要だった」

繰り返す近藤の言葉に、土方が耐えられずに怒鳴った。

「やめてくれよ!!近藤さん!!なんなんだよ、まだ終わっちゃいねぇだろ?!」
「……ああ」
「近藤さん……」

まるで親から見捨てられそうになった子供のように土方は近藤に縋りついた。

「馬鹿だな。俺はまだ止めないさ。お前が一緒にいる」
「勇さん……」
「もう風が冷たくなってきたな。中に入るか」

今にも泣きそうな顔で近藤を見ていた土方の肩に、近藤の手が置かれた。
そこに、首の後ろで髪を束ねて、肩から羽織を肩に乗せただけの総司が自分の体を抱くようにしてゆっくりと歩いてきた。

「ひどいですよ。私だけ仲間はずれなんて」

足を引きずるようにしか動けないところをゆっくり歩くことで誤魔化した総司に近藤と土方がそれぞれに腕を伸ばした。

「総司!お前こんな寒い処に出てきたら駄目じゃないか」
「てめぇ、何うろうろしてんだ!」

総司が吹き飛ばされそうになった羽織を押さえて、笑みを浮かべた。
そろって総司を叱りつける二人に総司は言い返した。

「あのですね。そういうお二人も長いことこんな寒い処にいていいと思ってるんですか?私はお二人が神谷さんに怒鳴られる前に連れ戻しに来たんですよ」

総司にそう言われると、二人は顔を見合わせて揃って眉間に皺を寄せた。

「それは……、怖いな」
「お前、代わりに怒られておけよ」
「嫌ですよ!もう毎日十分怒られてますから。さあ、早く戻らないと大変ですよ?」

総司が二人を連れて船室に戻ると、そこにはセイが仁王立ちで待っていた。

「遅いですっ!!沖田先生?お二人を呼びに行くのにどんだけかかってるんですかっ」
「怒らないでくださいよ。だってお二人が一番端っこのほうにいるんですもん」

セイの肩に手を置いてなだめながら総司は船室の真ん中へと向かおうとするのを、きっぱりとセイは振り払った。
あいもかわらぬ二人の姿を見ていた近藤と土方に、セイがぴっと人差し指を立てた。

「局長も副長も!責任とって、沖田先生をきっちり寝かせてくださいね!私は忙しいんですから」
「お、おい……」

何をいうんだと、呆れた顔をした土方が、くるっと背を向けてすたすたと歩いて行くセイの後ろ姿に、反論しかけた。そこに総司がくすくすと笑いながら振り返る。

「あれでも気を遣ってるんですよ。あの人なりにね」
「そうだな。神谷君はよく気がついて優しい子だからな」

総司と近藤の視線を受けて、土方が憮然とした顔を向けた。本人としてはそんなに情けない顔をしたつもりはないのだろうが、いくら敏いとはいえセイにばれるようでは仕様もない。
土方は総司の耳を引っ張ると、いつもの床に引っ張っていく。

「あたた、土方さん。痛いですよ」
「お前のせいで俺が!」

くどくどと文句を言いたてる土方に引っ張られて総司が布団に連れ戻されていく。近藤は、船室の中を見渡して穏やかに微笑んだ。

傷ついて休む者も、それを世話している者も、悲しみを胸に瞑目する者も。

 

すべての想いを背負って、これからも歩いて行く。
夢はまだ海の向こうに。

 

– 終わり –