負けず嫌い

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。負けず嫌いは新撰組の伝統なんですかねぇ?

BGM:
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「暑い……」
「ええ?暑いですか?」
「お前はなんとも思わねえのか?昨日はじっとり雨だったかと思えば、今日はこの天気だ」

開け放った副長室にも目の覚めるような日差しが入り込んでいる。それでも、風が時折動いているだけ爽やかだと思うのだが。

土方が不満なのは暑さにそもそも弱いからだろう。昔はいざ知らず、最近では滅多に稽古着に袖をとおすこともない。
もっぱら、部屋で仕事をしているか、屯所内を歩き回っているのが、関の山なのだ。

「土方さんも、たまには気晴らしに動いたらどうです?」
「俺には気晴らしなんかいらねえ!」

元はあれ程体を動かしていた人だ。確かに、たまには体を動かさないと、体の方に鬱憤がたまるのかもしれない。

「だって、違う運動だって土方さん、最近してないでしょう?」
「……なんでそんなことまで知ってる?」

じろりと総司を振り返った土方に、肩を竦めてみせた。
簡単なことである。鬼副長がおもうよりも、近藤も総司も、土方の動向を知らないわけではない。まして、籠りがちな土方の事をしりたければ……。

「近藤先生も心配されてましたよ。あいつは息抜きかわうまくないって」

話の方向を捻じ曲げた総司に盛大な舌打ちが帰ってくる。近藤に余計な気遣いをさせる事が一番嫌いなのだが、仕方が無い。

「ねえ、素直に稽古に参加しませんか?」

これが他の隊では散々にうち叩かれて、ますます土方の機嫌が、悪くなるかもしれないが、まだ総司がいれば歯止めがきく。

他の誰がいうより聞くだろうと言って、総司が時間を作って副長室に現れたのだ。
永倉や原田もいつでも道場に出る気ではいる。

再び文机に向き直った土方は、筆を動かしながら論外だとばかりに応えもしない。

ふう、とため息をついたところで総司は座ったまま、横向きに体を捻ると廊下に手をついて隊士棟の方を見た。
遠くから様子を窺っていたセイが総司の様子を見て土方が頷かなかったことを知ると、急ぎ足でやってくる。

「失礼します。沖田先生」
「神谷さん」

現れたセイに総司が苦笑いを浮かべた。
もしも駄目だったら。土方の鬱憤を晴らすのも時には大事な仕事なのだ。すとん、と廊下に膝をついたセイが土方の背中に向かって噛み付いた。

「副長。お忙しいのもわかりますが、体調管理も大事なことかと」
「うるさい!童の口出すことじゃねぇ!」

最後の駄目押しをセイにしたのは、この二人が似た者同士だからだ。負けず嫌いも同様で、互いに火がつくと後には引けなくなる。
童と言われて、案の定、こめかみを引くつかせたセイがわざとらしくため息をついた。

「そうですよね。大変失礼いたしました。お年ですし、稽古もお辛いですよね。そんなところで恥をかきたくないですよねぇ」
「てめぇ!誰が年だ!稽古ごとき、お前らじゃ相手にもならねぇんだよ!」
「はいはい。おっしゃる通りです。……口だけなら」

かちん。

他の相手ならわざと挑発しているのだと思いもするが、セイが相手だとそんなことよりも負けん気が勝ってしまう。

「誰が!口だけだ!お前、誰に向かってそんな口叩いてやがる!」
「そうおっしゃいますけど、それは事実を見せられない人言っても説得力ないんです!」
「貴様、後悔すんなよ!!」

―― 土方さん、神谷さんとは仲良しなんだよなぁ

仁王立ちにになった土方とセイの額をつきあわせるような言い争いをにこにこと見ていた総司にむかって、鬼の形相でぐるん、と土方が振り返る。

「総司!支度しろ!お前もでろよ!!」
「はいはい。承知しました。さ、神谷さん。皆さんにも声をかけてくださいね」
「はい!先生」

総司には満面の笑みで頷いたセイが、さっさと隊士棟へと戻っていった。その様子を見ていた土方が、豆鉄砲をくらったような顔でまじまじと見ている。

「なんだ、あいつ」

―― 俺に対する態度と全然態度、違うじゃねぇか

あっけにとられたが今更である。にこにこと見上げている総司に照れくさいのか顔を逸らした。

「お前もさっさと行け!」
「ふふ。久しぶりですね。じゃあ、先に行って待ってますから」

立ち上がった総司も稽古着に着替えなければならない。どうしても口元が緩んでしまうのは手で隠して、副長室を後にする。

頭の後ろで手を組んだ総司は楽しそうにつぶやいた。

「さぁて。いきますか」

負けず嫌い

– 終わり –