ないしょ、ないしょ 1
〜はじめの一言〜
秘密の似合う男。それはこの人以外に・・・。
BGM:
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さらさらと見事な筆が文を書きあげて、ふう、と墨痕濡れ濡れとした文を軽く吹いた土方の横顔を見ていたセイが、難しい顔で首を捻った。
「……ん?なんだ」
「いや、どうしてだろうなぁと思いまして」
「ああん?何がだ」
文が渇くまでの間、文机の上に文を広げた土方がセイの方へと顔を向けた。
「副長って、達筆ですよねぇ」
「まぁ、な」
ほんの少しだけ自慢げな顔で、頷いた土方の態度にほとほと呆れた顔になる。それでも、不思議な気持ちになるのは土方だからだと言うこともわかっていた。
肩を竦めたセイは、傍に置いてあった資料や本を片付けながら話を続ける。
「剣の腕もたつし、性格はこの際さておくとして、男振りも隊の中では一、二を争うくらいですし」
「ふふん。ちょいと気に入らねぇところがあったが、それは置いておくとして。それで?」
「それなりに男性、女性構わず人気がおありでいらっしゃいますし」
男性女性、構わず、というところにひく、と土方の顔が引きつったが、話の筋は面白いのでその続きを待った。
長く書いた文は、まだふにゃりと紙を歪ませている。
「お酒も好きじゃないとおっしゃる割に、そこそこ飲まれますし、茶もたしなまれる。副長って、苦手だったり不得手なことってないんですか?」
そこまで話を聞いた土方がふっと、伊東が見れば卒倒しそうな笑みを浮かべた。
「俺にだってそりゃ不得手なことの一つや二つはある。だがな」
「はい」
「性格がどうとか、男女構わずとか余計だろうが!!褒めるときは素直に褒めろ!」
がっとセイの頭を片手で掴むと、ぐりぐりと力いっぱい振り回した。
「痛い、痛いっ!!」
五本の指全部に力を込められたセイがじたばたと暴れる。それを押さえこんだ土方が駄目押しとばかりにぐいっと頭を押し込んだ。
首が折れるかと思うほどの力に涙目になったセイは、頭を押さえて畳に転がった。
「まあ、目の付け所がいいってことだけは認めてやる」
「だから!!性格はさておきっていうんですっ!!」
ぎりぎりと土方とセイが睨み合っているとすすっと障子が開いた。ひょこっと顔を覗かせた総司が呑気な一言を投げ込んだ。
「あ。また二人で仲良ししてる」
「「仲よしじゃねぇ(ありません)!」」
「ほらぁ。やっぱり仲良しだ」
涙目のセイと、腹立ち紛れで血走った顔の土方がそろって総司の方へと顔を向けた。
ひらひらと片手を振った総司がお盆の上に乗せた茶を見せる。
「一息入れてお茶にしません?」
お盆の上に茶碗を三つ運んできた総司が手招きするのをみて、土方とセイが渋々と日当たりのいい廊下へとつられて出た。ここ数日、冷え込んだ日が続いていたが、今日はぽかぽかと風もなく、日差しも暖かで日陰に溶け残っていた雪も解けだしている。
「いい天気でしょう?なのに、今日は何の話でもめてたんです?」
のほほんと話しかけた総司は、二人がぎゃいのぎゃいのと揉めているところから聞いていたらしい。そこから茶を入れて戻ってきたとすると、セイと土方の言いあいは随分長かったらしい。
当然、土方は応える気などないが、セイの方は違う。むぅ、と腹立ちを思い出したのか口を尖らせて話し始めた。
「別に揉めるような話じゃなかったんです。ただ、達筆で、剣の腕もたつし、苦手なことなんてないんじゃないですかって聞いただけなんです。それなのに!」
「違うだろうが!性格が悪いとか、男も女も見境ないとか言いたい放題言いやがって」
「そんなこと言ってません!性格はさておき、って言ったんです!もう老化がはじまってるんですかねぇ?!」
再び始まった二人の喧嘩に、ずずぅ、っと茶をすすった総司が懐から蜜柑を取り出した。言い合っているセイと土方の膝の上にぽいぽいっと蜜柑を置いた総司は、自分も蜜柑を剥こうとして手を止めた。
「あれ?」
「沖田先生?」
セイが総司の懐でほんのりと温かくなった蜜柑を手にして、顔を上げた。セイにとっては、うるさい土方よりも総司の一言の方が格段に気になるのだ。
俺の話を聞け!と叫んでいる土方を無視したセイが総司の方を向くと、にこっと笑いかける。指をかけた蜜柑の皮をべりっとむいた総司が一かけら口に放り込むと、口の中に甘い果汁が広がった。
ごく、とそれを食べると、総司が先ほど手を止めた理由を思い出して口を開いた。
「そういえば、土方さんの苦手ってなんだっけ、と思いまして」
「え?沖田先生、副長の苦手なもの、ご存じなんですか?」
急に目を輝かせたセイが総司の着物をがしっと掴んだ。
「いや、だからですね。苦手ってなんだったかなと言ったわけですから覚えてないっていうコトで」
「なあんだ」
―― ちぇっ、沖田先生ならご存じなのかと思ったのに……
ぶぅ、と不機嫌そうになったセイに苦笑いを浮かべた総司は皮を剥いた残りの蜜柑をぽいっと口に入れた。じゅわっと広がった果汁を再び味わうことに専念する。
むくれたセイが蜜柑をもてあそんでいると、それをひょいっと取り上げた総司が皮を剥いてセイの手に戻した。
「まあまあ、それよりも蜜柑食べてくださいよ。土方さんも」
剥きましょうか、というより先に土方の手が伸びて、セイが手にした皮の剥かれた蜜柑と土方の膝にあった、剥かれていない蜜柑が入れ替わる。
「~~!大人げないっ」
「あ゛ぁ?」
ぱくっと一口で蜜柑を口に押し込んだ土方に向かって、セイがふるふると握りこぶしを固めた。せっかく総司が剥いてくれた蜜柑だと言うのに、それを横から取り上げるなんて、ただでさえ腹が立っていたセイの怒りに火をつける。
「絶対に見つけてやるっ!」
「か、神谷さん」
まあまあ、と止めようとした総司の制止を振り切ってセイは、土方の苦手なことを探し出す、と高らかに宣言した。
– 続く –