いいひと 2

〜はじめのひとこと〜
好きな女の子に言われてきっつ~いひとこと。なんでしょうね?

BGM:BOOWY WORKING MAN
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「なんで神谷なのさ?」
「ったって、お前。神谷になんか言われたんだろ?」

ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、平助が顔をあげた。原田が言い募るとこくりと頷いた。

「答えてもらったよ?」
「待て。お前らここをどこだと思ってんだ?」

こめかみに青筋を立てた土方が腕を組んで冷ややかに言った。
慌てて、近藤が割って入る。

「まあまあ。平助も原田達も落ち着こう。総司、すまんが皆の分の茶を頼む。神谷君も連れてな」
「はぁい」

片手を上げた近藤に促されてご機嫌な声を上げた総司がセイの手をひっぱって起き上らせると、原田と永倉の間をすり抜けて廊下へ出る。
総司に連れられて行くセイに、永倉が慌てて振り返った。

「あっ!こら、総司?!」
「なんです?」
「神谷はおいてけ!」
「駄目です。この人数分のお茶なんて私一人じゃ持てませんから」

にっこりと笑顔を残して、床の上に落ちた時に鼻の頭を擦りむいたセイを連れて総司は賄いへと向かった。
残された原田と永倉は顔を見合わせて、自分達が一体何だったのかと呟いてしまう。その間に、近藤に宥められた藤堂はなんとか鼻をかんで、ずりずりと部屋の中を移動していた。

憮然とした土方も文机を背にして腰を下し、その様子を見た原田と永倉も近藤に手招きされて部屋の中へと入り、渋々と腰を下ろした。何と も言えない空気が漂う中で、ぐすっとと藤堂がすすりあげる音だけが響き、徐々に堪忍袋の緒を斬りそうになった土方が、再びこめかみに青筋を立て始めた頃。
なんとかセイを宥めた総司がセイとともに茶を運んで戻って来た。

「お待たせしました。お茶ですよ」
「すまんな。総司、神谷君」
「いいえ~。ねっ、神谷さん」

原田と永倉に恨めしい視線を向けていたセイが、こちらも渋々と頷いた。総司がお盆を支えている間に近藤から順繰りに茶を配っていき、総司とともに末席に腰を下ろしたところで一同の視線がセイに集まった。

「な、なんですか?」
「神谷君から話を聞いた方が早そうな気がするんだが……、一体平助に何を言ったんだい?」
「何をって別に……特別これと言ったことを言ったわけじゃありませんし」

近藤に問いかけられたセイは、皆の視線を受けていたこともあり、しどろもどろに先程の会話を思い出そうとして落ち着きなく袴を握りしめた。面倒になった土方が傍にあった扇子で藤堂の頭をべしっと叩く。

「だぁ、面倒くせぇ!!おめーが原因なんだろうが!さっさと何があったか吐け!」
「痛いよ~、土方さん。もう少し傷ついた俺に優しくしてくれてもバチはあたらないよ?」
「おうおう、じゃあ、俺がお前に罰をあたえてやろうか!」

本当にやりそうな顔で土方がにやりと凶悪な笑みを浮かべる。怯えた藤堂を庇うように、近藤が苦笑いを浮かべた。

「そういうな、歳。どうだろう?平助。話してくれるかい?」
「近藤さん、聞いてくれる~?!」

近藤に泣きついた藤堂がぽつぽつと話始めた。

「実はさ、この前近藤さんの代わりに、三条のあたりの茶店まで行ったんだよ」

非番のある日、ぶらぶらしていた藤堂は急な用で出かけることになった近藤に、頼まれたのだ。

「ああ!すまん、平助。もし手が空いているなら三条のあたりの茶店まで行ってくれないか?!急な用で出かけなければならんのだが」
「いいよ。どうしたのさ?近藤さん」
「いや、お考からその茶店の落雁がとても美味いと聞いてな。手土産にする前に試してみようと思ったんだ。それが月の三のつく日にしか作らんそうなのだよ。すでに二回も機会を逃していてなあ」
「なあんだ!いいよいいよ。じゃあ、少し多めに買ってこようか」

すまん、と片手を上げて急ぎ出ていく近藤を見送ってから藤堂もふらりと屯所を出た。特に急ぐこともなく、ぶらぶらと歩いて行くと、人気の店らしくすぐに人の流れでわかった。
並ぶ人の後ろについた藤堂は、しばらく待って自分の順番が来ると応対に出た娘に落雁を頼んだ。

「いらっしゃいまし」
「えーと、落雁を二十個、いや、三十で」
「まあ、ありがとうございます。少しお待ちを」

きょろきょろと店の中を眺めていた藤堂は初めて娘の顔をみて、ドキッとした。ゆうに振られてから、適当に遊里にも顔を出しはしても、恋などもうできないと思っていたのに。

―― か、かわいい……

大きな眼がくりっとしていて、セイと同じくらいの背丈に色白の可愛らしい顔立ち。セイを女子にして、わずかに幼い雰囲気にしたらきっとこんな感じになるかという娘に、急にどきどきとして落ち着かなくなった。
娘は武家の者がわざわざ並んでいたことも見ていたらしく、大量に買い求めていく藤堂に好感を持っていたようだ。奥で三十も落雁を包にしている間に、口汚しとばかりに桜湯と小さな饅頭を運んできた。

「すみまへん。数が多うございますので、もうしばらくお待ちくださいね」

どうぞ、といって差し出された藤堂はぽっと頬を染めてぼんやりと頷いた。ぼーっとして饅頭に手を伸ばす藤堂に、にこっと微笑みかけて、次の客の応対に回っていく。藤堂はぼんやりと娘の姿をずっと目線で追いかけ続けた。

どこをどうやって帰り付いたか覚えていないうちに屯所へと戻った藤堂はそれから時間があると茶店に通った。茶店は三のつく日にしか作らないものの、他の日には他の菓子を作っている。店先で茶を飲むこともできる。

「あら、先日のお武家さまですね。おいでやす」

にこやかに藤堂を迎えてくれた娘が嬉しくて、通い続けるうちにいつしか、互いに名前を名乗り合った。娘はおたえと言うらしい。
いつも藤堂が行くたびににこにこと、藤堂様、藤堂様、と迎えてくれる。忙しい日でも、藤堂を気にかけてくれるだけで嬉しくて仕方がなかった。

「藤堂様、すみません!今日はお客様が多い日で……お相手できなくて申し訳ありません」
「いいよ、いいよ。 僕の事は構わなくても大丈夫だよ」
「すみません」

そして、そんな日は必ず藤堂が変える間際には必ず見送りに出てきて詫びを述べながら、また来てくれるかと言うのだった。

「なにぃ!てめえ、いつの間にそんなかわいい子見つけやがったんだ?!」
「だって!!原田さん達に言ったら絶対からかうし、つけてきてなにするかわかんないじゃないさ!!」

確かに原田達に隠しているがために、今までおくびにも出さなかったし、土産に菓子を買って帰ることもしなかったのだ。

「それで?お前、その娘とでもデキたってのか?」

土方が白々した顔を向けると再び藤堂の目に涙が浮かんだ。

「それがさぁ~」

このところいそがしくてなかなか足を向けられなかった藤堂が、ほぼ一月ぶりに茶店へと向かうと、たまたま人も少なで休憩をとっていた娘が、一緒に働く娘と奥で話しているところだった。

「そういえば、おたえちゃん。ここのとこ、あのお武家様、みえないじゃない?」
「そうね。きっと藤堂さん、お忙しいのよ」
「ややわ、おたえちゃん目当てなの、ばればれじゃない」
「そんなことないわよ」

茶店に入りかけた藤堂は、うっと、頬を赤くしてするっと脇道へとそれた。茶店のすぐ脇の小道に入った藤堂は奥から漏れ聞こえる声に集中する。

「藤堂さんは、純粋にお菓子がお好きなのよ」
「本当に~?」
「もちろん!初めは三十も落雁をお持ち帰りになったし、それからもお茶だけじゃなくて、必ずお菓子を買って帰ってくださるのよ?」

話を聞いていたセイがそういえばと頷いた。このところ、藤堂から差し入れといってお菓子をもらうことが多かった気がする。

 

– 続く –