いいひと 1

〜はじめのひとこと〜
好きな女の子に言われてきっつ~いひとこと。なんでしょうね?

BGM:BOOWY WORKING MAN
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お遣いの途中で、セイの目の前をしょんぼりと肩を落として藤堂が横切った。

「藤堂先生?」

腕を組んで誰が見ても明らかにがっくりと肩を落としている。
藤堂にしては珍しい姿にセイが声をかけずにいられるわけはなくて、懐にお遣いを忍ばせて藤堂の後を追った。セイに追いつかれた藤堂は、うるうると涙目でセイを振り返った。

「神谷ぁ~」
「どっ!!どうされたんですか?!」
「神谷!神谷から見たら、俺っていい人?!」
「はあ?」

唐突な問いかけだが、藤堂が真剣そのものだったので、何を言うのかと思ったがとりあえず素直に頷いた。

「いい方だと思いますけど……」
「だから!それっていい人ってこと?!」
「?……はい」

セイが答えると、わあ~んと泣きだした藤堂が幹部棟へと駆けていく。
呆気にとられたセイが藤堂の後ろ姿を見送っていると、突然叫びながら走り去った藤堂の姿にあちこちから隊士達が顔を見せた。

こんな時に見つからなければいいと思っていたセイが振り返るより早く、両脇にセイより高い人影が立った。

「おーい。神谷?何平助に言ったんだよ?」
「まさか、神谷が平助を泣かせる日がくるとはなぁ?ぱっつぁん」

心の中で南無……と、唱えたセイは、恐ろしくて両脇に顔を向けることなどできずに冷や汗をかきながら身をすくませた。

「永倉先生、原田先生。私は何も……」
「おやぁ?俺の目が節穴だってのかよ?」

くるっと振り返った原田が顔を出していた隊士達をくいっと顎で呼ばわった。

「今、平助に神谷が何かを言って、平助が泣きながら幹部棟へ走って行ったよな?」

相手がセイとはいえ、藤堂と彼らの付き合いは長い。そんな藤堂が泣きながら幹部棟へ走り去るというありえない光景を前にすれば、その矛先がセイに向くのは当然の事だ。
二人が事と次第によってはただではおかないという気配満々なのに怖れをなした隊士達が、セイの方を見ないようにして頷いた。

確かにその光景は彼らも見ていたので、頷くよりほかはない。

「あのっ、私にも何が何だか……」
「言い訳は平助の前でしてもらうとするか」
「えぇ~!!ちょっと待ってください!ぎゃー!!」

永倉に首根っこを掴まれて、腰のあたりを原田に抱えあげられたセイは問答無用に幹部棟へと連行された。

どすどすと足音も高く二人が向かう先と言えば、局長室か副長室のどちらかしかない。隣り合った二つの部屋へと近づいて行くと副長室の方から話し声がする。

勢いよく、他の部屋よりも少しだけ狭い障子を引き開けた永倉は鼻息も荒く中へと踏み込んだ。

「平助!神谷を連れてきたぞ!!」
「へ……?神谷?」

ぐすっと鼻をすすりあげながら藤堂が振り返った。その不思議そうな顔に永倉と原田が顔を見合わせた。

「あれ?」
「俺達、何か間違ってるか?」

「「さぁ?」」

二人の声がセイの頭の上で揃ったところでセイが叫んだ。

「なんでもいいから下してください!!」

頭から湯気を出しそうなくらいのセイが怒鳴ると、永倉と原田のそれぞれがぱっと手を離したために、今度は床の上にべちゃっとセイが顔から突っ込んだ。

「大丈夫ですか?神谷さん」
「あれ?沖田先生?!」

床の上に落ちたセイの傍に総司が現れてセイは初めて顔を上げた。そして、セイを抱えてきた二人と同じ疑問に辿りつく事になる。

「「「なんで?」」」

それより少し前。

セイから“いい人”と断言された藤堂は泣きながら幹部棟へと駆けてきて、副長室へと飛び込んだ。

「土方さん!!」
「のわっ!なんだよ、平助!」

涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった藤堂に、土方がうっと怯んだ。隣の局長室で、仕事をしている近藤の傍で呑気にお菓子を食べていた総司も驚いて隣の部屋から飛び出してきた。

「平助?!おい、どうしたんだ?」
「藤堂さん?なにがあったんですか?」

近藤や総司の登場も全く気にしない様子で藤堂が土方さ~ん、と繰り返している。不気味に思いながらも土方はとりあえず懐から懐紙を取り出して藤堂へ差し出した。

「いいから!ないてねぇで何があったか言ってみろ」
「土方さん!」
「だから何だ!」
「土方さんって、“いい人”って言われたことある?!」
「……!」

一瞬、部屋の空気が凍りついて、近藤と総司が顔を見合わせた。面喰った土方が寒々しい一瞬の後、憤慨して立ちあがった。

「てめぇ!俺に喧嘩売ってんのか?!」
「いいから答えてよ!」
「俺があったら悪ぃのかよ!!」

怒鳴り返した藤堂に土方が怒鳴り返す。
おろおろと二人の様子を窺う近藤と総司の前で平助は畳に突っ伏してわぁぁあんと泣きだした。呆れかえった土方が近藤と総司に向かって、助けを求めた。

「コレ、なんなんだ?」

まったく状況が飲み込めない三人を前に畳みに突っ伏して泣く藤堂がしばらくしてぐずぐずと鼻をすすりながら顔を上げた。
近藤がため息をついて、藤堂の肩に手を置いた。

「いいんだ。平助。ゆっくりでいいから落ち着いてから話してご覧?」
「近藤さ~ん」

ようやく藤堂が顔を上げて口を開きかけたところに、どすどすと足音が響いてきて勢いよく障子が開いた。

「平助!神谷を連れてきたぞ!!」

 

 

 

– 続く –