A=44X Hz~返礼
〜はじめのつぶやき〜
久しぶりの登場。吉村君。いや、彼はもういい歳のおっさんになってるはずなのだがしかし。チャラいキャラは健在なのだ。
そしてほかにもたくさん書きたくなりました。ということで久々なので、なかなか勘が取り戻せなくてごめんなさいなサブタイトルつきでございます。
BGM:Ich gehor nur mir
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都心から近い、商業施設の上層階に貸しホールがある。
ピアノの発表会や、時々イベント会場としても使われている場所だ。だからこそ、本当の舞台なら控室やリハができる部屋があるはずだが、ここには別室がある程度である。
だからこそ、今回は公演前の前日のほかにもう一日前から借りてもらっていた。
「あ~、俺ね。見るのは好きだけどこういうのは得意じゃないんだよねー」
口調は心底嫌そうなのに、その手から紡がれる音は軽やかで、曲のイメージからすると少し違う。
苦笑いを浮かべた理子は、グランドピアノのほうへと振り返った。
「吉村さん?」
「んー?」
「せめて出だしだけもーちょっとぴりっといかないかな」
広げた楽譜はもう暗譜しているのに、何度も歌詞と音符を目で追ってしまう。
今回はミュージカルにまつわる楽曲を選んでいて、それも、海外でも上演されている名作と言われるものから選んでいる。
「理子ちゃんさー。最近、流行りものばっかりやっててちょっと自信ないんじゃないの?」
わざとではない咳払いで視線をそらした理子は憮然として言い返す言葉に少しだけ困る。
プロなので当然やれと言われればやる。とはいえ、好きな曲もあれば苦手な曲もあるのが当たり前。
「まーいいけど?俺はねー。少し休憩しようよ」
頭の後ろで手を組んだ吉村が背をそらして大きく息を吐く。
総司もだが、二人とも弾く姿勢はすごくきれいだ。それでも、時々こうして体を動かすのは当然だろうとは思う。
その吉村が首をひねって客席の一番手前に座っていた少年に無造作にひらひらと手をふった。少年はぱっと立ち上がるとピアノのそばにきてバイオリンを肩に乗せる。
「おじさん、弾いていいですか?」
「好きにしな」
相変わらず頭の後ろで手を組んだままの吉村が軽く答えると少年は、緊張しているのか、弓を弦に乗せてからいくつか音を出した。
今回のミュージックサロンは、吉村が開くものだ。ピアノだけでも開くことはあるし、人それぞれではあるが、吉村は裏方に回るより、自分がある程度前に出ていくことが多い。
以前は、総司と一緒にやったこともあるし、ほかの楽器と合わせることもある。
そんな中、今回は吉村曰く女性客をゲットするのだ大作戦だという。
―― 女性客ゲットなんてしなくてもたくさんいるくせに……
相変わらず独り身で、もし、総司もあのまま理子と出会ってなければ同系だったろうな、と思う軽さ。
困った人だと思いながらも、仲はいい。
そんな吉村が一緒にやってほしいというので、特に断る理由もないわけで素直に引き受けたがなんとも選曲されたものは理子にとっても難しいものが多かった。
これで、フルに歌うのであればいくつかでも曲を変えてもらうところだったが、さすがにそれはなく、ただ代わりに、途中、ピアノソロだけでなくバイオリンとの曲が入っている。
それを弾くのがこの少年、南秀人である。吉村の甥っ子で、バイオリンはもっと小さいころからやっているようだが、吉村が最近は面倒を見ているらしい。
「面倒かけるねぇ。最近、こいつの両親転勤で神戸行っちゃってさ。学校もだけど、バイオリンの先生も変えたくないっていうんで、うちで面倒見ることになったわけ」
もちろん、吉村も単なる甥っ子だからという理由だけで、人様の前で一緒にやるわけではない。なかなか見どころがあるんだ、というので、遊び心的に、休憩がてら一曲だけやらせようということだそうだ。
確かに聞いてみると、なかなか将来が楽しみだと思ったのは確かだ。
「あの、叔父さん。音もらっていいですか?」
調律は当然しているだろうが、何度も首をひねった秀人が吉村に何やら困った顔を向ける。
「なんで?」
にやにやと人の悪い笑みを浮かべた吉村は動こうという気配も見せずに言い返す。
どうしよう、とはっきり顔に書いてある理由もどうやら吉村にはわかっていそうだったが、理子はあえて口を出さずに素知らぬ顔で楽譜に視線を落とした。
「なんか……ちょっと合わないなと思って」
「ほー」
にやにやしていた吉村がさらりと音階を片手で弾いてからピアノの上に両腕を置いて顎を乗せた。
「理子ちゃん、ちょっと」
「ん?」
「音頂戴って」
弾いてあげればいいじゃないか、と思いながら軽く首を振った。
「吉村さん、意地悪ね」
「でしょう。よく言われる」
いいの?と目を向けると笑っている吉村に肩を竦めて、秀人にちょっと待ってて、というとホールを出て荷物を置いてある部屋から総司を呼んできた。
「……え?何?」
ツールボックスごと総司にいいから来て、と手を引いて戻った理子はぼそぼそと秀人には聞こえない場所で経緯を聞かせた。
頷きながら状況を理解したらしい総司も同じように苦笑いを浮かべてツールボックスを開く。
こういった場所のピアノの調律はすごく程度がいい場合もあれば、そうでない場合もある。理子が出る上に吉村がいるならと総司が様子を見に来ていた。
結局のところ、手を出すことなくそのままやろうという話になっていたが、経緯をきけば大人たちはアタリが付く。
「秀人くん。ちょっといい?これ聞いて?」
こーん、とツールボックスから取り出した音叉を叩くと、周囲に音が広がる。
「あ!これです。僕、これに合わせたんですけどなんだかここで聞いてたら気持ち悪い気がして」
「うん。じゃあさ……」
そういいながらクロスで音叉を磨きながら止めた総司は、もう一本取り出す。
「秀人君が気持ち悪いのはこっち?」
コーンと叩いた音に微妙な顔で秀人が首をひねる。
確信犯でもう一本叩いた音にぱっと秀人が顔を上げた。
「あ、これ!」
まだ音が響いている間に音を出して合わせようとする。
その理由に、総司も理子と同じように本当に意地悪いな、と小さく呟いた。
「うん。秀人君が家で合わせるときもきっと教室でレッスンしてる時もこっちの音に合わせてるんだけど、ここの音、違うんだよね。Aってさ、最近は440Hzに合わせるのは少なくて、442とか時々445なんだよ。秀人君の耳は確かにあってるよ。あってて、いつもと違ったから気持ち悪かったんだろうね」
そういいながらもう一度音叉を叩いて吉村の顔を見る。
「こんなところでいいですか?吉村さん」
「うん。いいね。やっぱ、お前先生やってるだけあって説明いいね」
「横着しないでくださいよ。わかっててこんなとこでそういうことします?」
「こういうのも勉強だよ」
そういって笑う吉村は体を起こした。
「秀。ちゃんと勉強しろよー」
「……はい」
顔を見合わせた総司と理子は肩を竦めて小さく笑った。
相変わらず好き勝手をするが、まだ中学生の秀人にわかれというなら教えてやればいいのに、と思ってしまう。
向こうにいってますね、と声をかけて総司とともにホールを出た理子はドアを閉めた瞬間、口を開きかけた。
「……」
「ストップ」
「……まだ何も言ってないけど」
先手を打たれて止められた理子が不満そうに見上げる。
その理子に、総司はわかっているから、と頷いた。
「吉村さんのあれはわざとだってわかってるでしょ」
「わかってますけど!」
もうちょっと……と、あれこれ思ってしまった理子は、面白そうにのぞき込んでくる総司を軽くにらんだ。
「少しわかる気がしますけどね。よほど気に入ってるんですよ」
そういわれてしまえばわからなくもないのだが……。
―― 相変わらず、意地が悪い人たち……
ニコニコしながら難しいことをどすん、と頭の上にのせてくる。
昔も今も変わらない彼らに理子ができることといえば、譜面の中に逃げ込むことだった。
—END—
ああ、すいません、スイマセン。久々すぎてどうにもまとまり切れず。返礼のはずがとても失礼な気が・・・・。
どっかでリベンジさせていただきます!!