花火~2

なかなか子供ができないことを不安に思い始めたころ、思いたって検査を受けた理子は、笑顔を浮かべてごめんなさい、と家に帰ってきた。
難しいだろうという言葉は時に願いや思いを断ち切るだけではなく、心を追い詰めることがある。何度もごめんなさいと、つぶやく理子を力いっぱい抱きしめた後、ひどく厳しい顔をした総司は外へと出て行った。

―― 先生。ごめんなさい……

贖罪がまだ足りないのか。
沈み込んだ記憶が揺さぶり起こされる。

かつて、自分を断ち切るために行ったことが災いしたのか。

望まない人もいれば望む人もいる。相手にとってそれがどれだけの重みがあるのか、正しく図ることなどできはしない。だが、出て行った総司のひどく厳しい顔がますます理子を責めた。

独り、自分を責めて、泣きつかれた頃、総司が戻ってくる。

「理子。ただいま」

ソファにうずくまっていた理子の頭をゆっくりとなでる。

「聞いてください。ぼくも医者にね。行ってきたんです」

顔を上げずない理子がピクリと動いた。続きを待つようにそこから身動きしないことに苦笑いを浮かべて、総司は柔らかな髪を撫でる。

「これをね、みてください」

顔を覆う理子の手に総司はそっと握らせた。
動かない手をとんとん、と叩いて、総司は再び、その手で髪を撫でる。

「おあいこなんですよ。理子」
「……」

かさ、と手が動いて総司が握らせた紙を指先がつかんだ。
そうっと髪を手でかき上げて、顔をだすと泣きはらした目が手の中の白い封筒を見る。

「……そう。ほら。おきてちゃんと見て」

両肩を抱き寄せるようにしてソファに起こされた理子は、のろのろと手の中の封筒から薄い紙を取り出した。かさ、と開いた紙は診断書だった。

ぼんやりとみても初めは意味が分からなくて、目が字面だけを追う。その肩を総司が抱いて隣に腰を下ろす。

「ね?あなたが通っている先生の所に私も行ってきたんです」

理子が思い悩んでいることに薄々気づいていた総司は、いずれはと思っていたのだ。何気なく話すには、デリケートな話題すぎる。
それだけに、理子には言わずにひそかに検査を受けていた。

「あなたのことも聞いてきましたよ。少し、できづらいかもしれないってだけで、私のほうがほら、もっとよくないでしょう?」

書かれた場所を総司の爪の短い指が追いかける。普段は鍵盤をたたく指先が文字を追う。
それが初めて意味を持った。

「……え?」
「病気のせいかもしれませんし、そうじゃないかもしれませんが、私の場合、ほとんど可能性は薄いみたいです。だから、ごめんなさい。理子」
「え……。先生?」

頷いて、理子の頭をなでながらその額に唇を寄せる。
理子の目が動いて、ようやく総司を見た。

「せんせ……」
「そうですよ。あなたじゃなくて私のせいみたいです。ごめんなさい。あなたが子供をほしがっていたのに」
「でも、先生もほしかったでしょう?先生の子供だから……っ」

頷いて理子の頭をなでた総司は、髪をなでながらぎゅっと理子を抱きしめた。
ごめんなさい、と繰り返す理子の額に口づけては髪を撫でながらその肩に抱き寄せる。

男としての総司には、正直なところ、自分のことよりも理子を抱きしめるほうが先だった。

慰めればどこかで、理子は自分の気持ちに蓋をして押し殺して胸の中でひたすら自分を傷つける。
それのほうが総司にはひどく痛い。

「違うっ!先生は、総司さんは優しいから私をかばってくれるだけで」
「違わない。よくみて。これは診断書だって理子もわかってるよでしょう?話をきいて?」
「先生。先生、せんせい……」

抱いてしまえば。

その瞬間だけは忘れさせることができても、理子の心はそのあと、結局同じところに戻ってしまう。
何度も繰り返し繰り返し、話をすることを嫌がる時も、繰り返し話した。

「あ!総司さん、ハート!」
「えー?あれ、ハートよりもお団子でしょう?」

二人で空を見上げながら飽きることなく空に上がる花火を眺める。
周りにいる人々も、そのほとんどがきらきらした夜空の花をその目に映していた。

青空の下でかなえられる未来もあれば、こうして夜空に浮かぶ一瞬の花に癒されることもある。
彼らもまた、記憶を抱いて、歩いていく。

いつか、また。

–end