花びらから雫 2

〜はじめのお詫び〜
リクエストが多かったので、バレンタインの後です。
BGM:都はるみ 愛は花 君はその種子
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仕事を理由にしたものの、さりげなく手に持った花瓶を抱えて自分の部屋に篭った理子は、テーブルの上に花瓶を置くとこちらも深いため息を付いた。

花をくれたのは、総司の昔の彼女だと言うことはすぐ、ぴんと来た。これまでも、総司の周りにいた女性達のことを知らないわけではないし、狭い業界だけに以前関係のあった女性も知っている。
ただ、はっきりと彼女として総司が付き合った相手とそうでない相手はすぐにわかった。きっとこのバラをくれた人は前者なのだろう。

「こうして考えると、今の沖田先生ってかなり駄目な人かも……」

膝を抱えて、花を眺めながらポツリと呟いた。今は一筋だと言っているが、過去はなくならない。過去の記憶がない頃の総司が好きだった人がどんな人で、どんな話をして、花を貰ったのだろう。
その人は、総司のことをどう思っていたんだろう。どういう別れ方をしたんだろう。

気にしだしたらキリがないのはわかっていても、どうにも考えが止まらなくて、理子はポータブルプレーヤーを手に取ると、ボリュームを上げて目を閉じた。

優しい腕も、慣れた仕草も。

―― 副長みたい

今生でも総司一筋だった理子には到底理解しづらいものの、一般論で言えば相手の過去など当たり前のはずで。
そのくらい割り切れて当たり前なんだろうし……。

 

どうしようもなく悶々と考え込んだ後、そっと部屋から出て様子を伺うと、リビングの明りが消えている。静かにリビングのドアを開けると総司の部屋も明りが消えているらしい。
部屋から着替えを持ってくると、熱くしたシャワーを頭から浴びた。

本当はきちんと乾かした方がいいことは分かっていたが、面倒になって、ざっとドライヤーをあてただけで終わりにしてしまうと、どうしてもまだ慣れずに自分の着替えをもって部屋に戻る。

 

部屋の中では、赤いバラが咲き誇っていて。

 

「うわ……やだな、涙出る」

一人にだけ深い想い。それだけ、前世からずっと引きずって、記憶を引き寄せるくらいに深い想い出。

 

ことん、と小さな音をさせて再び花瓶を手に取ると、静かに部屋を出る。リビングの初めに置いた場所に花瓶を戻すと、暗い部屋の中で蓋が閉まっているピアノの上に腕を組んで頭を乗せた。

―― なんで、こんなに好きかな

切なくなって、そのまま理子は眼を閉じた。
素直に聞いてしまえば、きっと総司のことだから答えるかもしれない。そう思っても聞けないことが嫌で泣きたくなる。ピアノの上に突っ伏しているうちに、理子はそのまま眠ってしまった。

 

酒のせいでうつらうつらと夢を見ていた総司は、酒が抜けるのと同時に喉の渇きを覚えて目を覚ました。ベッドサイドの小さな明りだけがついていて、グラスの氷が溶けて水跡を残している。うつぶせになって眠っているうちにベッドから落ちていた腕を上げて起き上がった。

水を飲むためにキッチンに向かった総司は明りも点けずに冷蔵庫から冷えた水を出して一口、飲み下した。

「……?!」

半分、頭が眠ったままだった総司は目が慣れた暗闇の中でピアノの上に眠る理子をみて、一瞬で目が覚めた。
まだ半分濡れた髪が背中でばさっと束になったまま冷え切っている。手にしていた水のボトルをベッドの脇に置きに行ってから、総司は部屋の入り口を大きく開けた。
なるべく起こさないようにそうっと腕を差し入れると自分に寄りかからせて抱き上げた。ベッドに膝をついて、さっきまで自分が寝ていた場所の隣に寝かせると、目頭から涙が流れた跡がある。

昼間、和音に会った時のことを思い出す。

『見つけたんだね』

「……ええ。やっと」

部屋に来ることができずにピアノに寄りかかっていた理子が無性に愛しくて仕方ない。そっと眠る理子の瞼にキスを落とす。

「……ん」
「……ごめん」

―― 泣かせた。悲しませた。

もう二度とすまいと思っていたのに、今生でも過去は消せない。

頬をなぞって、片手を添えると唇に触れる。先程の喉の渇きがそのまま心の渇きにになって、止められなくなる。片腕をついて、理子の上に覆いかぶさった総司が頬から耳元へ唇でなぞる。

わざと耳元に音をたててキスすると、理子が目を覚ました。

「……ん?」
「理子」

眩しそうに眼を瞬かせた理子が目の前にいる総司を見て、視線を逸らした。自分がいつの間にか眠ってしまい連れてこられたのだとわかる。

「駄目ですよ、あんなところで寝てたら」

優しい声で言われて、じわっと滲んだ涙を隠すために理子が枕に顔を伏せた。

「理子。ごめんなさい」

ふるふると顔を伏せたまま理子が頭を振った。総司は後ろに流れる髪を手で梳いて、首筋からうなじにかけて唇を落とす。

「嫌な思いさせましたね」
「……違う。違うんです。私が勝手に駄目なのが悪くて」
「何が駄目なんです?」

枕に顔を押し当てたまま、くぐもった声が聞こえて総司が問い返す。顔を見せないように、総司の方を向かずに顔を上げた理子が一息に言った。

「お花、くれた人、きっと好きだった人なんだなぁって思って、どんな人だったのかな、とか、どうして別れたのかなとか、どんな話したのかとか、気にしだしたらとまらなくなっただけで。年を考えたら、そんなのあって当たり前なのに、他にも知らないわけじゃないのに……」

口にだしてしまったら、もやもやした感情は涙になって流れ出してしまった。肘をついて両手で顔を覆った理子に総司が腕を回した。

「聞いてくれたら、ちゃんと答えますよ」
「……いいんです。どうしても考えちゃうだけだから」

悪いことをしたという思いよりも、今、目の前で泣き出した理子が可愛くて、愛しくて。

「……じゃあ、ごめん」

 

 

– 続く –