ひとすじ 11
〜はじめのつぶやき〜
だいぶ焼きなおしました。こんがりと。
BGM:B’z Don’t wanna lie
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総司がセイのところに出向く少し前に、永倉から話を聞き終えた近藤と土方が副長室へ原田、藤堂、斎藤、総司を呼んで簡単に訳を説明していた。そして、全てを永倉に任せると判断した近藤達の指示に従って、それぞれが動き出している。
総司は、甘味処にセイを連れて行って、まずは気を落ち着けさせてから、セイにも重要な役目があることを伝えた。
「貴女が聞く気があればのことですけど?」
「!!やります!やらせてください」
勢い込んで言うセイにそっぽを向いて顎に手をあてた総司はここまでのセイの行動を皮肉るように思案気な顔をして見せた。
「でもなぁ~、貴女にできるかなぁ~」
「沖田先生!!」
焦った顔で床机に手をついたセイに、飲んでいた茶碗を置いた総司の顔からすぅっと笑みが引いた。
「やるからには貴女も腹を据えてやっていただかなくてはなりませんよ?」
ようやく笑顔の戻ったセイがにぃっと強気の笑みを浮かべた。
「承知!」
周囲を憚って声を落としたものの、ひそひそとセイにも永倉が言っていた話を伝えるところから始まった。
「永倉さんと笠井さんの実のお父上、坪井数馬さんという方は、幼年の頃からのお友達だったそうです」
松前藩の上屋敷で生まれた永倉は、上屋敷内のお長屋住まいだった坪井家の次男、数馬とは撃剣館時代に共に道場へ通った仲だった。永倉が脱藩するまで は非常に仲がよかったらしい。新之助の母、祐は御書院番を務める大野家の娘で、親同士が行き来があったために、永倉や数馬とも面識のある仲だった。
元服を迎えた後、永倉が剣に魅せられて脱藩すると数馬と祐は互いに幼馴染ということもあり、縁組となる。脱藩した永倉とは異なり、数馬は剣の腕を買われて取り立てられてゆくが、松前藩という中央からは不遇な立場が大きく影響してゆく。
再三の領地の移封と、藩の経済状態の悪化などにより、藩内は大きく勤王派と佐幕派に揺れることになる。数馬は、藩命を受けて、脱藩したと見せかけて藩内と脱藩した勤王派について、内密に調査を行っていたのだ。
「元々、永倉さんのお家も坪井さんのお家も江戸詰めでしたから、京へと上ってくることは自然な流れだったようです」
京へ表れた数馬は、永倉が新撰組に居ることを知ってはいても、表立って接触することはできなかった。仮にも勤王派の一味としているかぎり、いくら旧友でも佐幕の新撰組と通じることはできない。
そうこうするうちに、抜き差しならない事態が起きて数馬は討たれることとなった。
「どうやら、仲間に立場がばれてしまい、密かに狙われたらしいです」
ひどい、と口から出そうになったが、セイにもそういうものだということもわかっていた。いうなれば間者という立場なのだ。
「でも、そこからどうして永倉先生が仇だと?」
核心にふれる疑問に総司がほろ苦い笑みを浮かべた。
「笠井さんの母上がそういったそうです。父を討ったのは友人で、新撰組に行けば真実がわかると」
「……なっ、なんでそんなこと!!」
祐は、数馬から永倉が新撰組に居ること、自分に何かあった場合は永倉を頼れといい置いていたらしい。数馬が受けていたのは藩命といっても密約でしかない。数馬に何かあっても藩が何かをしてくれるということはないのだ。
「それは、確かに藩の方々が守ってくださることはないかもしれませんけど……」
「それだけ追い詰められていたのと、永倉さんを信じていたんでしょうねぇ。きっと変わっていないと」
木刀を振り回してちゃんばらをしていた頃から互いの気質をよく知っていた二人である。後を託したこともわからなくはない。
「でも……、でも永倉先生がそんなご友人を斬るなんて考えられません!」
セイが断固として主張するのは、隊に居る誰もがそうだろう。総司がにこやかに頷いた。
「ええ。永倉さんじゃありませんよ」
「沖田先生?!」
「ですから、私達の仕事なんです」
総司は、床机に手をついて何気ないように空を仰ぎながら周囲へと目を走らせた。
「神谷さんは、今までどおり笠井さんを小姓として働かせてください」
「は?」
「今、笠井さんが道を過って脱走したりしたらそれこそ、事態は最悪の方向へ向かってしまいます。皆が永倉さんと笠井さんのために駆け回っていますから、準備ができるまで今までどおりに働けるように常に一緒にいて上げてください」
監視の意味もこめて、笠井から離れるなといった総司にセイは難しい顔になった。自分も何か探索に出るとか何かがあるのかと思っていたが、今までどおりに働くようにと言われてほんの少しだけ落胆しかけた。
しかし、監視しながら今までどおりに新之助を働かせるのはセイにしかできないことである。
「承知しました」
「報告は私へで構いません。土方さんもそこはわかっていますから」
「沖田先生へですか?」
「だって、貴女が土方さんへ報告しているところなんて、笠井さんが目にしやすいでしょう?」
それに引き換え、総司と一緒にいることが多いセイがふざけあう中でどんな話をしていようと、聞き耳を立てるものなど居ないだろう。
「できないと言ってもやってもらいますけどね?」
「そんなこと言いません!」
「それから隠し事もしないでくださいね?」
ぎくっ、とセイの顔が引きつった。にっこりと笑っているのに、総司の目だけが笑っていなくてそれが余計に怖い。
「えっと……、それはもちろん……」
「本当ですね?もし嘘だったら……」
じりじりと総司にじにり寄られて、セイはそのまま後ろへと下がり、床机の端ぎりぎりまで追い詰められる。総司が床机についた手の下に、セイの手を押さえ込んだ。じぃっと間近でセイの顔を覗きこむと、約束しましたよ?と恐ろしくにこやかな総司がもう一度繰り返した。
その恐ろしさにセイがこくこくと頷くと、ようやく開放されたセイは間近に迫られた動悸が収まらず、お茶に手を伸ばした。あやうく、茶碗をお手玉にしそうになって、総司に助けられてしまう。
「まったく、本当に貴女は目が離せませんよ」
恥ずかしさと、どこか嬉しさが混じって、真っ赤になった顔が収まるまでセイは総司と共に茶店に居座ることになった。
夜になって、土方の夕餉も終わりセイが小部屋で片づけをしていると、斉藤に抱えられた新之助が戻ってきた。
「清三郎、すまんが面倒をみてやってくれ」
今まで、セイは局長室で休んでおり、新之助は一人小部屋で休んでいたが、今夜からはセイも小部屋で休むつもりで二人分の床の支度を済ませてあった。
その一つに新之助を休ませると、泥酔状態の新之助が苦しげに酒臭い息を吐いた。
「沖田さんから話は聞いたか?」
「はい。何かお酒の席で笠井さんはお話されましたか?」
「いや、ほとんどがわかっていることばかりだ。あまり詳しくは聞かされていないようだな」
「そんな、詳しく知らずにどうやって仇を討てと……」
「それも自分で調べろということなのだろう。まあ、今わかることなどたかが知れているさ」
斉藤はぽん、とセイの月代に手を置いて軽く撫でた。急にどうしたのかと目を丸くしたセイに、薄ら酒に酔った斉藤がそっぽを向いた。
「よかったな」
「なにがですか?」
「笠井に皆が肩入れするのは、永倉さんもそうだろうが、ヤツがアンタに似ているからだ。アンタがまだ入りたての頃の姿によく似ているから、皆、つい助けてしまう。もちろん、笠井が一生懸命だったこともあるが、な」
―― お前が頑張ってきた後ろにはちゃんと道が続いている
よほど照れくさかったのか、言うだけ言って斉藤が逃げるように隊士棟へと去っていった。じわりとセイの目に涙が浮かびそうになって、ぐいっと拳で拭うと、新之助のために水桶と手拭の支度をしてやった。
– 続く –