ひとすじ 1

〜はじめのつぶやき〜
まっ、そんなに長くはならないとおもいますけどっ。なんたって、主役は本命じゃないんで(笑

BGM:ケツメイシ   涙
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「……っ、父上っ」
「新之助。泣いてはなりませぬ。父上は志のため、お国のために命をかけられたのです」

着古した着物を幾度も丁寧に手をかけてものを身に纏い、総髪ながら小ざっぱりとした姿が、血にまみれて戸板の上に横たわっている。
周囲からはひそひそと囁く声と疎ましげな視線をうけてもなお、新之助の母であり、横たわった男の妻女である坪内祐は、夫である坪内数馬の亡き骸を前に涙にくれる新之助に厳しいともいえる言葉をかけた。

武士の子が涙する姿など、許されはしないのだ。

「は、母上っ、父上はどうしてっ」

涙に濡れた顔で祐を見上げた新之助には応えず、祐は数馬をこの手狭な町屋まで運んできてくれた者達に礼としていくばくかを包み、清めの酒と塩を持たせた。

たとえ、どれほど貧しくとも、数馬の面目を潰すような真似はすまい。
そう心に固く決めてきた祐だけに、涙一つ見せずに、数馬を運び込んだ者達へも丁寧に礼を述べて、それから数馬の体を拭き清め、白装束へと着替えさせた。

線香を手向け、手を合わせた祐は近い寺へ数馬の葬儀を頼むために、己の着物の幾枚かを質に流して金を工面した。

京にある小さな寺の一つに数馬を葬った祐は全てを終えた後、仏間に数馬の位牌を置いた。武士の子らしく、涙を堪えて背後に座っていた新之助を振り返ると、祐は数馬の形見である刀を新之助に差しだした。

「新之助」
「はい、母上」
「そなたは父の仇を討ちたいと思いますか?」

静かに見据える母の顔に、新之助はきっと目をあげた。
新之助の脳裏には数馬が、常々新之助に言って聞かせていた言葉が甦る。

「よいか?新之助。時代は変わり、世も武士も全てが変わった。しかし、私はこう思うのだ。お前や母上が健やかに暮らせる世であること。それを守るの が武士であるとな。形が変わり、いずれ武士という立場も無くなるやもしれぬ。だが、それでも心映えは変わらずにいろ。事、ある場合は潔く、そして母を守り 人々を守る者になりなさい」

幼かった新之助には、武士であることが揺らぐかもしれない世の中など考えられはしなかった。それだけ、世の中の仕組みが浸透し、そして日常であったのだから。
特に、父である数馬の姿を見て育った新之助にとっては、世の武士がいくら変わり果てて行こうとも、貫きたい 武士の心は父と共にあった。

「母上は、父上の仇が誰なのかご存知なのですか」

まっすぐに見つめる瞳に、祐は躊躇わずに頷いた。

「よいですか、新之助。父上はかつてのご友人に討たれたのです」

坪内新之助。まだ十二という幼い姿であり、またすでに藩を離れた数馬にとって、お上に認められることのない仇打ちを心に刻むのはこの時からだった。

 

 

 

新之助は、両手に抱えきれないほどの本を抱えて、うろうろと幹部棟から隊士棟へと唯一頼りになると思っている姿を探し求めて、歩きまわっていた。

「おっ、見習い!どうした?」

行く先々で先輩隊士達の声がかかり、そのたびに騙されて、納戸から勘定方の部屋、監察方の離れや幹部棟の端から端までを歩きまわる新之助は、半ばくたびれきって渡り廊下の片隅でしゃがみこんでしまった。

「おや。笠井さんでしたっけ。どうしました?」

目の前に屈みこんで、頭を逆さにした総司が新之助の顔を覗きこんだ。隊の幹部であり、一番隊の組長の姿に慌てて新之助はその場に座りなおして手をついた。

「お疲れ様でございます。沖田先生」
「はい。お疲れ様です。どうしたんです?こんなところで」

新之助は、頼りになるセイの次にいく分まともだと思われる総司にセイを探しているのだと言った。気安く目の前に屈みこんだ総司は、とても鬼と呼ばれる人の姿とは見えない。

「神谷さんがどうしても見つからなくて、行く先々で皆様が教えてくださるのですが、行き違ってしまうらしく……」

途方に暮れきった新之助の口調に、総司がははぁと、破顔した。
あのセイの事だから、確かにあちこちとくるくる動き回っているのは確かだろうし、そこにかけて隊士達があれこれと嘘を吹きこんで新之助を屯所中追いかけまわさせたのだろう。

羽織の袖口に両手を差し入れた総司が膝を抱えたまま頷いた。

「わかりました。神谷さんを見つければいいんですね?」

こくりと頷いた新之助に、総司は立ち上がると新之助が床の上に投げたしてしまった本の山を重ね直して、新之助の腕に戻した。一瞬、総司のような大幹部に持たせるわけには、と思って慌てた新之助だったが、何事もなかったように腕の中に落とされた本の重みに憮然としてしまう。

こんな人たちが自分を手伝ってくれるはずがないのだと思い返した。
そんな新之助にひょいひょいと手招きして総司は幹部棟へと歩いて行く。慌てて新之助はその後ろ姿を追いかけた。

「あの人の後をついて行くのは大変でしょう。あちこち移動して回るし」
「はいっ。ああ、いえ、屯所の中を歩き回ることも私のようなものには鍛錬になりますから!」

ようやく元服を迎えようかという、まるで初めて会った頃のセイのような新之助に、目を細めた総司はくすくすと笑った。

―― 昔、貴方によく似た人がいたんですよねぇ

「あのう、何か私は失礼なことを申しましたでしょうか?」

何か、自分がおかしなことを言ったのか、粗相があったのかと怯えた新之助に総司は軽く首を振った。

「いえいえ。貴方によく似た人の事を思い出したんですよ。ほら、そのへんにいるでしょう?」

総司が指差すと、局長室と副長室の前庭に当たる場所を丁寧に掃き清めていたセイが振り返った。

「沖田先生!笠井さんも。どうしたんですか?」
「神谷さんを探していたんですよ。笠井さんが伊東参謀か誰かにたくさん本を持たされたものの、どこにどう仕舞えばいいのかわからなくてね」

にこにこと庭下駄をはいてセイの傍に近寄って行く総司に、新之助は唖然として眺めていた。まるで見てきたかのように言うところに驚いたのだ。
確かに、自分は内海に伊東の部屋で収まらなくなった本を納戸へと仕舞うように言いつかり、その途中で近藤、土方と行き合ってしまい、次々と持つべき本が増えてしまった。

この本の多さも新之助がしゃがみこんだ原因でもあった。それがどうしてわかったのだろう。
その上、この時間ならとセイの居場所をぴたりと当てた総司に不気味なものさえ感じる。にこにこ笑う姿しか屯所では見かけはしないが、市中を歩く姿を見るにつけ、町の者達は震えあがったものだ。

 

– 続く –