ひとすじ 17

〜はじめのつぶやき〜
御用だ、御用だ~・・・・って終わらなかった。とほほ。終わるつもりだったのに。マッハで書いているのに。

BGM:May’n ユズレナヒ想い
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夜陰に紛れて、三番隊は三本木周辺まで来るとあっという間に闇の中に溶けて行った。
伊庭達のいる茶屋はそう大きな店ではない。

一軒の店が連なった一角にあるのは幸いなことで、裏手も通りになっていると路地づたいに逃げられる確率も低い。

いつも踏み込むのは一番隊だが、今回は山口と相田の指揮で一番隊は裏へと回った。犬矢来が弧を描く塀沿いに屈みこんで合図に備える。二番隊の隊士が表の閉じられた戸口を叩いた。

「へぇ、どなたはんどす?」
「新撰組だ」

茶屋だけに、入口は板戸で締め切ることはない。夜中にこっそりと帰って行く客もいるのだ。まして、今は四つになるかという時刻だ。新撰組では門限の時間だが、花街ではどこぞの帰り足の客や、店じまいをした後のお店者などが忍んでくる時間である。
両脇から勢いよく戸口を引き開けた隊士たちは、すぐに中に雪崩れ込んだ。

「大人しくすれば店の者には手を出さない!神妙にしろ」
「なんでや!なんで新撰組が……」

怒声と悲鳴が入り混じり、草鞋ばきのまま隊士達が中へと踏み込んだ。
二階から慌ただしく走り回る音がする。誰かが二階だと叫ぶ声が聞こえた。

「屋根づたいに逃げることはできんぞ!!」

茶屋と隣の家とは構造上、屋根づたいには容易に逃げられなくなっている。二階から不逞浪士達の半数が刀を手に駆け下りてきた。

小じんまりした茶屋の中がたちまち混乱に陥る。脇差をそれぞれに構えた隊士達は、応戦をしても誰が伊庭なのかわからないために、相手を打ち倒さないように難しい加減を強いられていた。

それがわからない浪士達は、新撰組の者達の腕前がその程度と勝手に判断し、逃げ切れると考えたのか、闘いながらばらばらと茶屋からなんとか抜け出すと巧みな誘導の元に、空地まで誘いこまれていった。

隊士達もこれといった手傷を受けないままに、三番隊の一部が茶屋に残り、後の者達は包囲網を狭めながら空地へと向かった。
草のなびく空地まで来て近藤と総司の姿を見つけた浪士達は、初めて自分達が誘い込まれたことを悟った。

「ちっくしょう!!ここまでわざと追いたてやがったな!!」
「いっそ、狭い茶屋より戦いやすいわ!目に物見せてくれる!」

口々に勇ましいことを叫んだ浪士達は、次々に抜刀した。中には脇差を構えたまま二刀流を気取るものさえいる。先程の茶屋の中での攻防で新撰組の腕前たるやこの程度、と思い込んだのだろう。

「この中に伊庭兵衛殿はいますか」

総司の声に、浪士達がざわっと動いた。風が吹いて草原が割れて行くように、浪士達の視線を集めた中ほどにそれらしき男がいた。

がっしりとした体つきに、えらのあたりからの刀傷。

二番隊を率いて空地に来ていた永倉が前に進み出た。

「久しぶりだな。伊庭さん」
「新八か。俺が京にいる間にいつ出てくるのかと待ちくたびれたぜ」
「そりゃあ、待たせちまって悪かったな」

軽口を利き合う二人は敵同士とは思えない気安さが漂う。浪士達は、伊庭の知人がいるのならこのまま押し切って逃げることもできるのではないかと一瞬、それぞれに刀の構えが乱れた。

「まったく、やっぱり田舎者の集まりじゃ、ぼろが出ていけねぇな」

のんびりした口調で伊庭が両袖を奴のように払うと、夜目にはわからぬくらいの早さで大刀を抜き払い、近くにいた浪士三名をあっという間に斬り倒した。

「伊庭さん!」
「アンタ、裏切るのか!!」

ざわっと浪士達が一斉に伊庭の方へと向きなおった。彼らにとっては最も中心人物とも言える伊庭が裏切るとは想像もできなかったに違いない。

しかし、伊庭は面倒臭そうに刀についた血のりを振り払った。

「俺は、お前らがどうなろうと知ったこっちゃねぇよ。世の中が荒れてくれば荒れるほど、武士が堕落すれば堕落するほど色んな動きが出てきて俺の仕事が増える。それだけのことよ」
「貴様!!」

伊庭の言葉に斬りかかった浪士二人が、瞬く間に崩れ落ちる。隊士達が取り囲む中、彼等が手を下さないうちに五名の浪士が斬り倒されている。
平然とした顔で、伊庭は永倉に向かって足を動かした。

「何だよ?俺ぁ、お前の手伝いをしてやってんだぜ?」

永倉と向かい合った伊庭から、じりじりと浪士達が後退していく。
一人が大刀を振り回して叫んだ。

「冗談じゃねぇ!俺達はこんなところで死ぬためにやって来たんじゃねぇ!!」

その男がくるりと身を翻して、隊士達の間に斬りかかったのを合図に浪士達と一番隊、二番隊との斬り合いが始まった。
平然とそれを振り返って見た伊庭は、呆れ返った。

「あーあ。しょうがねぇなぁ」
「伊庭さん。数馬を殺したのはあんただな」

近藤と総司の背後には、セイに連れてこられた新之助と祐の姿がある。暗闇の中に浮かび上がる白装束に気づいた伊庭は、永倉が言うことに得心がいったようだ。

「ああ。数馬か。あいつは惜しいことをした。よく働いて使い勝手もよかったんだがなぁ。飼い主の手を噛む様な犬にはしつけが必要だろ?」

数馬を犬呼ばわりした伊庭に、新之助が刀に手をかけて走り出そうとした。セイと総司に止められて、踏みとどまったものの、そのまま飛び出していれば先程の浪士達同様に、一瞬で地に伏していただろう。

「アンタには随分世話になった頃もあったなぁ。伊庭さん」
「おう。お前も数馬も可愛がってやったのになぁ」
「伊庭兵衛!!父、坪井数馬の一子、新之助!父の仇だ!」

一見、なんでもない会話に見えて、互いに間合いと呼吸を計っていた伊庭と永倉。

しかし、そんなことは欠片もわからない新之助が総司とセイの手を振り切って名乗りを上げた。永倉の隣に立った新之助をかばうように近藤が怒鳴った。

「伊庭兵衛!新撰組局長、近藤勇である!坪井数馬が敵討ち、しかと見届けに参った!」

じり、とわずかに伊庭が腰を落とした。

「犬ころ一匹、しかも三年も前のことに随分なことじゃねぇか。え?天下の新撰組の局長殿まで出張ってくるってな、よぅ!!」

最後の一呼吸で永倉の隣に来ていた新之助に向かって、きらりと一刀が振り下ろされる。セイの手から離れた祐が、新之助に向かって駆け出した。

 

– 続く –